第25話 雪の下の道しるべ
【前回までのあらすじ】
母ローザが村に残した手紙には、「いつか、わたしの娘が、自分で選んだ人と来たら、王の道のことを教えてあげて」。
言い伝えの続き。氷の王と土の娘は、冬の大河ぞいに、凍らない道をつくっていた。土の手の土で雪のない道を、氷の手で支流の橋と崖の下の棚を。
城の地図の黒い点は、土と氷のさかいめをしめす、道しるべの石だった。
今回は、帰り道で、王の道をためしてみます。
雪見の村を出る朝、ヘルガおばあ様は、村の入り口まで、見送りに来てくれた。
「冬になったら、村の若い者を連れて、下りていくよ。石を運ぶくらいなら、まだ、できる」
「おばあ様は、無理しないでください」
「無理するもんかね。フィンが、そりを引くのさ」
フィンくんが、おばあ様のうしろで、得意そうに胸をはった。
私は、おばあ様の手を、両手で取った。
しわだらけの、小さな手。
指先に、私と同じ、とれない黒が、しみこんでいた。
「……また、来ます」
「来なくていいよ」
おばあ様は、ふいと、横を向いた。
「こっちから、行くから」
◇
帰り道は、行きとは、ちがう道をえらんだ。
森の中ではなく、大河の岸ぞいを、まっすぐ。
雪は、行きのときより、ずっと深くなっていた。
馬が、胸まで雪にうもれて、何度も止まった。
トマさんが、そりを下りて、雪をかきわけながら、馬の手綱を引いた。
「旦那様。このまま岸ぞいだと、日が暮れるまでに、森を抜けられません」
「わかっている。……リーゼ」
「はい」
クラウス様は、雪の中から頭を出している、四角い石を指さした。
行きは、雪に埋もれて、見えなかった。村を出てから、はじめて、雪の上に頭を出した道しるべだった。
「やってみよう」
◇
私は、そりを下りて、雪をかきわけた。
雪の下の、茶色い、凍った土。
昔の王の道の、帯の形。
その上に、両手を置いた。
ひやりとした。
地下室のがれきとも、渡し場の村のがれきともちがう、何百年も眠っていた土の冷たさ。
――起きて。
手のひらの下で、土が、ゆっくりと、ほどけていった。
茶色が、黒に変わる。
かたく凍っていた土が、しっとりと、やわらかくなる。
がれきを一から土にするより、ずっと、軽かった。
この土は、死んではいない。眠っていただけだ。
一歩、ずれて、また手を置く。
もう一歩。
十歩ぶん、土をつくったところで、私は、手を止めた。
息が、白かった。
ふり返ると、私がつくった、十歩ぶんの黒い土の上で、積もっていた雪が、じわじわと、溶けはじめていた。
湯気が、うっすらと、立っていた。
「……溶けてる」
トマさんが、ぽかんと口を開けた。
◇
十歩先で、土の帯は、小さな支流に、ぶつかっていた。
山から流れこむ、幅三メートルくらいの、細い川。
雪どけの水ではないけれど、冬でも、凍りきらずに、黒く流れている。
その手前に、道しるべの石が、一列。
雪をはらうと、いちばんはしの石に、字があった。
『ここより、氷』
クラウス様が、支流のふちに、しゃがんだ。
手袋を、はずす。
流れる水に、右手を、そっと入れた。
――ぴし。
小さな音がした。
クラウス様の手もとから、水の上に、白い線が走った。
線は、向こう岸まで、まっすぐ伸びて、そこから、少しずつ、横に広がっていく。
すきとおった、氷の板。
支流の上に、荷そりが一台、通れるくらいの、氷の橋がかかった。
クラウス様は、手を、水から上げた。
「……どうですか」
私は、クラウス様の顔を、のぞきこんだ。
八年前、大河を凍らせたあと、クラウス様は、何年も、眠れなくなった。
「軽い」
クラウス様は、自分の手のひらを見つめた。
「大河を、全部凍らせるのとは、ちがう。止めるための氷ではない。橋は、短い。……これなら、毎日でも、つくれる」
◇
トマさんが、手綱を引いた。
馬が、雪の中から、黒い土の帯の上に、足をのせた。
――とん。
ひづめが、しっかりと、土をとらえた。
すべらない。しずまない。
馬は、首を一度ふって、それから、すたすたと歩きだした。
そりの板が、雪のない土の上を、少しきしみながら、すべっていく。
道しるべの石の列を、こえる。
氷の橋に、そりがのる。
橋は、びくともしなかった。
石の列のおかげで、私の土のあたたかさは、氷まで届かない。
橋のはしは、溶けずに、すきとおったままだった。
そりが、向こう岸に着いた。
トマさんが、ふり返って、大声で笑った。
「旦那様! 奥様! 走りますよ、これ!」
◇
その夜は、支流のそばで、野営をした。
クラウス様は、たき火のそばで、毛布にくるまると、すぐに眠ってしまった。
手を使った日の夜は、いつも、眠る前に、自分の手を、しばらく見つめている人なのに。
今夜は、それも、しなかった。
私は、クラウス様の手に、そっとふれた。
あたたかかった。
つぎの朝、起きてみると、私がつくった十歩ぶんの土の上には、ひとかけらの雪も、積もっていなかった。
夜のあいだに降った雪は、まわり一面を、白く埋めていた。
その中に、十歩ぶんだけ、黒い道が、くっきりと、残っていた。
クラウス様が、地図を広げた。
城から、この支流まで。
それから、王都まで。
大河ぞいに、黒い点が、とぎれずに、並んでいる。
「城の地図の点を、全部たどれば、北から王都まで、つながる」
クラウス様の指が、地図の上を、ゆっくりとすべった。
「峠は、山を大きく回りこむ。雪の冬は、五日かかって、荷車は、ほとんど通れない。……川ぞいは、まっすぐだ。雪のない道なら、馬は、夜も止まらずに走れる」
「お城から、王都まで、何日、ですか」
クラウス様は、地図の上で、指を二度、三度、はかるように動かした。
「三日」
トマさんが、ひゅう、と口笛を吹いた。
帰り道は、結局、四日かかった。
途中で、道しるべを見つけるたびに、そりを止めて、地図に、印をつけていったから。
「止めるための氷」ではない氷を、クラウス様は、はじめてつくりました。
次回、「二つの手の道」。冬の、王の道づくりがはじまります。
☆何個でもいいので、つけてください!




