第24話 王の道
【前回までのあらすじ】
雪見の村で、リーゼは祖母ヘルガと、小さな土の手を持つ少年フィンに会った。
村には「土の手を外に出してはならない」という決まりがあった。母ローザは、王都で出会った若い伯爵と恋をして、反対を押しきって村を出たのだった。
「あの子は、手を、自分で選んだ人のために使いたかったんだよ」。ヘルガは、ローザが置いていったものを見せると言った。
今回は、言い伝えの、本当の中身のお話です。
つぎの朝、ヘルガおばあ様は、たんすの奥から、小さな包みを出してきた。
色のあせた、青い布。
ほどくと、中に、手紙が一通、入っていた。
「ローザが、村を出ていく朝に、この家の戸口に置いていった。わたしは、二十年、開けたきりだったよ」
おばあ様は、手紙を、私にさしだした。
◇
『お母さんへ
さよならを言うと、また、けんかになるから、手紙にします。
わたしは、村の決まりを、まちがっているとは思いません。
外に出た土の手が、どうなったか。お母さんが、何度も話してくれたから。
でも、村の古い記録にある、いちばん最初の土の手の娘は、自分で選んで、村を出たのでしょう。
氷の手の王様といっしょに。
そして、二人で、王の道をつくった。
わたしも、自分で選びます。
いつか、わたしの娘が、自分で選んだ人と来たら、王の道のことを、教えてあげてください。
外に出た土の手の、こわい話と、いっしょに。
ローザ』
◇
字が、にじんだ。
私の涙のせいだった。
「……王の道」
クラウス様が、低い声で言った。
「言い伝えの、続きか」
「そうだよ」
おばあ様は、うなずいた。
「王宮の人たちが知っているのは、半分だけさ。氷の手の王様が、自分の氷で凍えかけて、土の手の娘が、雪月草のお茶で救った。……そこまでだろう」
クラウス様と、私は、顔を見合わせた。
王宮の、薬草園の地下の部屋で、エルマー様が話してくれたのは、そこまでだった。
「村の記録には、そのあとが書いてある」
おばあ様は、窓の外の、白い大河を見た。
「二人は、冬の大河ぞいに、北から王都まで、荷車が走れる道をつくったんだよ。雪の冬でも、凍らない道を」
◇
おばあ様は、杖をついて、私たちを、村のはずれへ連れていった。
大河の岸。
雪が、ひざの上まで積もっていた。
「フィン、ここを掘っておくれ」
フィンくんが、木のシャベルで、雪をどけていく。
雪の下から、土が出てきた。
ふつうの、茶色い土だった。
かたく凍って、私の土のような、しっとりした黒さは、どこにもない。
でも。
「……形が」
私は、しゃがんで、土の上に手を置いた。
岸に沿って、まっすぐ。
荷車がすれちがえるくらいの幅で、土が、まわりより、少しだけ、もりあがっていた。
帯のように。どこまでも。
「これが、王の道の、なれのはてさ」
おばあ様が言った。
「土の手の土は、凍らない。ほんのり、あたたかい。それを、こうやって、帯みたいに岸に敷くと、降った雪が、その上だけ溶ける。冬じゅう、雪のない、黒い道になる。馬の足も、すべらない」
――私の土は、凍らない。
一年半前の冬、城の中庭で、私の土から、湯気が立っていたのを思い出した。
「でも、川岸には、崖がある。山から大河へ流れこむ支流が、道を横切っている。土の道は、水の上には敷けない。土の道だけじゃ、つながらない」
おばあ様は、クラウス様のほうを向いた。
「そこを、氷の手の王様が、つないだんだよ。大河は凍らせない。道を横切る支流の上にだけ、氷の橋をかけた。崖の下には、川の上に、氷の棚をつくって、ぐるっと回れるようにした。それから、吹きだまりで土の道が埋まらないように、風上に、氷の垣根を立てた」
クラウス様は、だまって、大河を見ていた。
「道をつくるのは、土の手。道をつなぐのと、守るのは、氷の手。……どちらか一人じゃ、どこかで、切れる」
おばあ様は、杖の先で、川上の、村のほうをさした。
「道は、この村から、はじまってる。土の手の娘は、この村の娘だったからね。冬になると、村の土の手が、川ぞいに下りていって、道をつくりなおした。村の薬草も、この道で、王都へ下りていったのさ」
クラウス様は、しばらく、何も言わなかった。
それから、低い声で言った。
「ヴァルトシュタインの家では、氷の手は、止めるための手だと教わってきた。川を凍らせて、攻めてくる者を止める。その手柄で、領地をもらった、と」
クラウス様は、自分の右手を、見下ろした。
「……最初の一人は、道を、つないでいたのか」
「そうさ」
おばあ様は、あっさりと言った。
「止めるのは、あとから、そうなっただけだよ。土の手の娘がいなくなって、道がつくれなくなったからね。残った氷の手に、できることが、それしかなかった」
クラウス様の指が、ゆっくりと、にぎられた。
◇
「ひとつ、わからないことがあります」
私は、言った。
「私の土は、あたたかいです。氷の橋とくっついたら、橋のほうが、溶けてしまいませんか」
おばあ様は、にやりと笑った。
「ローザの娘だね。いいところに気がつく」
おばあ様は、杖の先で、雪をつついた。
フィンくんが、そこを掘る。
石が、出てきた。
私のひざくらいの、四角い石が、一列、岸から川のほうへ、並んでいた。
「土と氷は、くっつけない。土の道が、氷の橋に出るところには、こうして、石を一列ならべて、すきまをあける。あたたかさが、氷まで、届かないようにね」
おばあ様は、いちばんはしの石の雪をはらった。
字が、きざんであった。
こちらは、半分ほど、読めた。
『ここより、氷』
私は、息をのんだ。
雪の森の中で見つけた、「土」の石。
「……道しるべ」
クラウス様が、つぶやいた。
「城の地図の点は、村の名でも、砦でもなかった。土と氷の、さかいめの印だ」
「二人がいなくなってから、村は、土の手を、外に出さなくなった。土の手がいなけりゃ、道は、つくりなおせない」
おばあ様が言った。
「岸の土は、何年もかけて、眠っちまった。雪の下に埋もれて、残ったのは、道しるべの石だけさ」
◇
風が、大河の上を、吹きわたっていった。
私は、凍った茶色い土の上で、手をにぎった。
「つくりなおせば、生きかえります」
声が、少し、ふるえた。
「私の土は、ただの土に戻っても、もう一度、ふれれば」
クラウス様が、私のとなりに、しゃがんだ。
そして、凍った土の上の、私の手に、自分の手を重ねた。
「峠を、通らない道だ」
「はい」
「関所も、通らない」
「はい」
おばあ様が、うしろで、ふん、と鼻を鳴らした。
そっぽを向いた横顔で、杖をにぎる手が、少しだけ、ふるえていた。
次回、「雪の下の道しるべ」。帰り道で、ためしてみます。
☆何個でもいいので、つけてください!




