第18話 毒のうわさ
【前回までのあらすじ】
ブラント商会は、北への麦を三倍の値にした。リーゼたちは、がれきの跡をカブと豆の畑にして、借金を増やさずに冬をこす算段をつけた。
妹ミレイユからの手紙には、「商会の人が、北の雪の茶の見本を配っている」。
その夜、王都から早馬が来る。「北の雪の茶で、貴族の娘が倒れた」。
今回は、つらい回です。でも、北の人たちは泣き寝入りしません。
倒れたのは、王都の男爵家の、十四歳のお嬢様だった。
お茶会で、北の雪の茶を飲んだあと、急に、胸が苦しいと言って、気を失った。
三日たって、目はさめた。命は、助かった。
でも、うわさは、命よりも速く、王都じゅうに広がった。
――北の雪の茶は、毒だ。
――がれきの土で育てた草なんて、何がまざっているか、わからない。
◇
それから、注文が、止まった。
王都で茶を売ってくれている商会から、一日に一通ずつ、手紙が来た。
「しばらく、雪の茶の仕入れを、見合わせます」
「お客様が、こわがっておられまして」
五通目で、私は、手紙を開けるのをやめた。
私は、自分の手を見た。
がれきの土。泥の手。
地下室で、十年、継母に言われつづけた言葉が、また、のどの奥から上がってきた。
――汚い手。
「リーゼ」
クラウス様が、私の手を取った。
「茶を、エルマー殿に送ろう。王宮の薬師長が調べれば、毒かどうかは、はっきりする」
「……はい」
「それと、倒れた家に、北から見舞いを出す。逃げているように見られるのが、いちばんまずい」
クラウス様の手は、ひんやりとしていて、それが、少しだけ、ありがたかった。
◇
見舞いの手紙と、北の薬草のはちみつ漬けを、早馬で、男爵家に送った。
半月後、それは、封を切られないまま、送り返されてくることになる。
早馬を見送った夜、部屋で、私は、お茶を淹れる手を、止めてしまった。
ポットの中で、カモミールと、レモンバームと、雪月草が、ゆれていた。
「……もしかして」
「リーゼ」
「もしかして、私の土に、何か、あったのかもしれません。がれきの中に、私の知らない、悪いものがまざっていて」
「ない」
クラウス様は、私の手から、ポットを取った。
それから、自分で、カップにお茶をそそいで、ひと息に飲んだ。
「一年半、毎晩、君の茶を飲んできた。毒なら、俺は、とっくに死んでいる」
クラウス様は、空のカップを、私の前に置いた。
「もう一杯」
私は、笑おうとして、うまく笑えなくて。
でも、もう一杯、淹れた。
◇
その週の荷車は、予定どおり、王都へ出た。
荷は、雪の茶ではなく、冬のカブと豆と、摘みたての薬草。
とれたての野菜や薬草は、夏の道を何日も運ぶと、しおれて、くさってしまう。
だから、クラウス様の氷の板を荷台に敷いて、その上に、かごを並べる。
氷で冷やしておけば、王都に着いても、とれたてのまま売れる。北の野菜が王都で高く売れるのは、そのおかげだった。
いつもどおりなら、峠をこえて、五日で王都に着く。氷の板は、それまで、ぎりぎりもつ。
荷車の御者は、厩番のトマさんだった。
二十歳になったばかりの、背の高い青年だ。
八年前、クラウス様の氷で、両足の指をなくした人だ。
それでも、北の荷車は、自分が走らせると言ってゆずらない。
「行ってきます、奥様。いい値で売ってきますよ」
トマさんは、帽子をちょっと上げて、笑った。
◇
トマさんが戻ってきたのは、十二日後だった。
いつもなら、行きに五日、帰りに五日。
二日、おそい。
荷車の荷台には、かごが、出たときのまま、積まれていた。
中の薬草は、茶色く、しおれていた。
カブも、豆も、ぶよぶよにやわらかくなって、すっぱいにおいがした。
「……峠の、関所で」
トマさんは、荷車から下りると、そのまま、地面にひざをついた。
「荷の調べだと言って、五日、止められました。毒の茶を積んでいるかもしれないから、全部のかごを、ひとつずつ調べると。……でも、誰も、かごを開けなかった。ただ、関所の横に、荷車を置いておけと言われて」
トマさんの声が、ふるえた。
「氷の板が、とけていくのが、わかるんです。一日目は、まだ冷たかった。三日目に、水になった。五日目には、かごの底から、汁がたれていた」
トマさんは、こぶしで、膝をたたいた。
「旦那様の氷なのに。奥様の土なのに。おれが、運んでいたのに」
大きな体の人が、子どもみたいに、泣いていた。
◇
その夜、大広間で、ハンスさんが言った。
「北から王都へ行く荷は、みんな、峠の関所を通らなければなりません。ほかに、道がないのです」
ハンスさんは、指を一本ずつ折った。
「関所の持ち主は、南のレーヴェンタール侯爵家。王妃様の、兄上の家です。
王様の、親せきの家ですから、北の公爵家でも、うかつに文句は言えません。
でも、関所で荷を調べる役は、侯爵家が、ブラント商会に、まかせております」
「……じゃあ、トマさんの荷を止めたのは」
「商会の者でございます。麦を三倍にした、あの商会です」
広間が、しんとした。
「侯爵家と、商会は、ずっと、昔から、手を組んでおります」
クラウス様は、何も言わなかった。
ただ、クラウス様の座っている椅子の脚のまわりに、うっすらと、霜が降りていた。
昼間だった。クラウス様は、眠ってなどいない。
それでも、氷が、こぼれていた。
私は、そっと、クラウス様の手に、自分の手を重ねた。
霜は、少しずつ、とけていった。
「氷の板を、もっと厚くする」
クラウス様が、ようやく言った。
「十日もつ板を、つくる。……俺の手なら、できる」
「でも、それは、毎週、全部の荷車にですか」
クラウス様は、答えなかった。
十日もつ氷を、毎週、何台分も。
それがどれだけ手を使うことか、私には、わかっていた。
八年前、手を使いすぎたクラウス様は、それから毎晩、自分の氷で凍えるようになったのだ。
「……一度だけに、してください」
私は、クラウス様の手を、にぎった。
「一度だけ。そのあいだに、ほかのやり方を、考えます。みんなで」
トマさんの涙、書いていて、こちらも泣きそうでした。
でも、ここから北の人たちは、ひとつずつ、取り返していきます。
次回、「ブラント商会」。いよいよ、敵の顔が見えます。
☆何個でもいいので、つけてください!




