第13話 母の遺したもの
【前回までのあらすじ】
手の試しで、妹ミレイユに手がないことがばれ、リーゼの手は母から受けついだ「土の手」だとわかった。
追いつめられた伯爵家は北の城に乗りこみ、リーゼを力ずくで地下室へ連れ戻そうとした。
リーゼは自分の言葉で断り、クラウスは床を凍らせて「二度と、リーゼにふれるな」と守った。
陛下の前で、すべてが明らかになるお話です。
王宮からの呼び出しは、それから二週間後だった。
王宮の、小さな謁見の間。
正面の玉座に、国王陛下。
そのとなりに、薬師長のエルマー様。
片側に、私とクラウス様。
反対側に、父と、継母と、ミレイユ。
継母は、地味な灰色の服を着ていた。扇は持っていなかった。
◇
「陛下。その前に、ハーヴェル伯爵家より、申し立てがございます」
継母のうしろから、黒い服の男が、一歩、前に出た。
ハーヴェル伯爵家の代理人だった。伯爵家が王都でやとった、法にくわしい男。
「ヴァルトシュタイン公爵閣下と、リーゼの婚姻は、無効でございます。陛下のご命令は『植物の手の娘を』。植物の手とは、草花を育てる手。リーゼの手は、土の手。似てはおりますが、別の手でございます。ご命令にかなわぬ婚姻は、成り立ちません。よって、リーゼは、未婚の娘として、父である伯爵のもとへ戻るべきかと」
私は、息をのんだ。
――北の城でだめなら、今度は、法で。
継母が、手袋のすそをいじりながら、うすく笑った。
クラウス様は、少しも、表情を変えなかった。
「なるほど。たしかに、別の手だ」
クラウス様は、ふところから、一通の手紙を出した。
「四か月前、伯爵家から届いた、縁談の返事だ。『ハーヴェル家の娘を、嫁がせます』」
クラウス様は、手紙を、代理人の前に置いた。
「娘の名は、どこにもない。どの娘とは、書いていない。伯爵夫人、あなたは、そう言って、リーゼを送り出したそうだな」
継母の手が、止まった。
「それから、これは、王宮への婚姻の届けだ」
二枚目の紙。
いちばん下に、私の字があった。
リーゼ・ハーヴェル。
北の城に着いた夜、契約書と一緒に、名前を書いた紙。
「リーゼが、自分の手で書いた名だ。陛下の印も、押されている」
クラウス様は、代理人を見た。
「さて。そもそも、伯爵家に、植物の手の娘はいたのか」
代理人が、言葉につまった。
「ミレイユ嬢に手がないことは、エルマー殿の試しで、はっきりした。伯爵家にいたのは、はじめから、土の手の娘が一人だけだ。……そして、伯爵家の薬草畑を十年生かしてきたのは、その土の手だ。俺が望んだのは、北に畑をつくれる娘だ。それに、これ以上かなう娘はいない」
父が、目をふせた。
「それでも、この婚姻を無効にしたいなら、伯爵家は、こう言わなければならない。『植物の手の娘など、うちにはいないと知りながら、ご命令を受け、名を伏せて、別の娘を差し出した』と」
謁見の間が、しんとした。
「それは、王命をあざむいたという、告白だ。婚姻が正しいと言うなら、リーゼは、ヴァルトシュタインの者だ。……どちらでも、好きなほうを選ぶといい」
代理人の顔から、血の気が引いた。
継母が、口をひらきかけて、閉じた。
陛下が、小さく、せきばらいをした。
笑いをこらえたようにも、聞こえた。
「申し立ては、退ける。……では、公爵。調べたことを述べよ」
陛下の言葉に、クラウス様が一歩前に出た。
「はい。まず、亡きローザ夫人の遺言書についてです」
クラウス様は、一枚の古い紙を、陛下の前に差し出した。
「ローザ夫人は、亡くなる前に、生まれた村の教会に、遺言書の写しを預けておられました。手の試しのあと、エルマー殿から村の名前をうかがい、人をやって探させました」
謁見の間が、ざわっとした。
遺言書。
母が、遺言書を遺していたなんて、知らなかった。
クラウス様は、紙を読み上げた。
『屋敷の地下の作業場と、そこでつくられた土と、その土から得られるすべての利益は、娘リーゼのものとする。リーゼが十八になるまでは、夫がこれを預かり、リーゼのために使うこと。
リーゼは、わたしの家の、土の手を受けついでいる。汚れる手だけれど、恥じる手ではない。どうか、あの子の手を、あの子自身のために使わせてあげてほしい』
――汚れる手だけれど、恥じる手ではない。
胸の奥で、何かが、ほどけるような気がした。
「伯爵家にある遺言書は、書きかえられていました。作業場も、土も、利益も、すべて『伯爵家のもの』と。そして、リーゼの手についての二行は、消されていました」
「でたらめよ!」
継母が叫んだ。
「では、こちらは」
クラウス様は、もう一束、書類を出した。
「この十年分の、ハーヴェル家の帳簿です。王宮のお調べで、伯爵家から差し出させました。薬草茶の利益は、ほぼすべて、伯爵夫人とミレイユ嬢のドレスや宝石、それから、伯爵の知らない別荘の購入に使われていました。リーゼのために使われたのは、一日二回のスープとパンの代金だけです」
「別荘……?」
父が、呆然とつぶやいた。
「ドロテア。別荘とは、なんだ」
「あ、あなた、それは……」
「さらに、この半年」
クラウス様の声が、冷たくなった。
「伯爵夫人は、リーゼの土でできた畑の薬草茶を、『植物の手の令嬢の茶』と名づけて、十二の貴族の家と一年ぶんの約束をし、前金を受け取っています。ところが、畑は、古いものから順に、何も育たなくなった。十二家のうち九家が、すでに、前金を返せと訴え出ています」
謁見の間の貴族たちが、顔を見合わせた。
その中の何人かは、苦い顔をしていた。
「伯爵夫人。リーゼの手についての二行を、なぜ消したのですか」
継母は、くちびるをふるわせた。
それから、ほとんど叫ぶように言った。
「だって……泥の手よ!? 泥まみれで、くさくて、がれきの山に這いつくばって! あんなものが、伯爵家の娘の手だなんて、誰が言えるの! 植物の手のミレイユの、お姉さんが、泥の手だなんて!」
謁見の間が、しんとした。
「それに、あんな子に、手柄なんて、わたすものですか。畑は、もう、どこもかしこも、あの子の土でできていた。あの子がいなくても、困らないはずだったのよ……!」
――ああ。
継母は、最後まで、知らなかったのだ。
私の土が、三年で力を使いきることも。
十年間、私の袋の土を毎年足していたから、畑が生きていたことも。
知ろうとも、しなかった。
◇
「ハーヴェル伯爵夫人」
陛下が、静かに口を開いた。
「遺言書の偽造。娘の財産の横領。手のある娘を、十年にわたって地下に閉じこめ、その手柄を偽り、手を偽った娘を王家の茶会に出した。さらに、余が「植物の手の娘を」と命じた縁談に、植物の手の娘などいないと知りながら、名を伏せて、リーゼを差し出した。そのうえ、公爵家の城で、公爵夫人を力ずくで連れ去ろうとした」
継母が、がくりと膝をついた。
「――ハーヴェル家に、以下を命じる」
陛下の声が、謁見の間に響いた。
「ひとつ。ローザ夫人の遺言書のとおり、作業場と、薬草畑と、そこから得たすべての利益を、リーゼ・ヴァルトシュタインに返すこと」
「ひとつ。この十年で奪った利益を、伯爵家の財産から、リーゼに返すこと。前金を払った十二家への返金も、伯爵家が払うこと。足りぬ分は、別荘と、宝石と、ドレスを売って払うこと」
「ひとつ。ドロテアは、北の修道院にて、その罪をつぐなうこと」
「ひとつ。伯爵は、家の監督をおこたった責任を取り、爵位を子爵に下げる」
父が、床に手をついた。
「ミレイユ」
陛下が、ミレイユを見た。
ミレイユは、びくりと肩をふるわせた。
「そなたは、幼いうちから、母に言われるまま、偽りの手を名乗ってきた。罪には問わぬ。だが、手を偽った娘を、迎えたいと言う家は、当分なかろう」
陛下は、少しだけ、ため息をついた。
「母と一緒に修道院へ行くか。父と一緒に子爵家に残るか。自分で選ぶがよい」
ミレイユは、長いあいだ、黙っていた。
それから、震える声で言った。
「……残ります」
ミレイユは、顔を上げた。
「残って、この家を……わたしのやり方で、立てなおしてみます。お姉様の土も、お母様の言いつけもなしで。手がなくても、できることがあるか」
継母が、信じられないものを見るような目で、ミレイユを見た。
ミレイユは、母親のほうを見なかった。
◇
謁見のあと、私は、一度だけ、ハーヴェルの屋敷に戻った。
石の階段を下りる。
地下室の扉には、もう、鍵はかかっていなかった。
がれきの落とし口は、板でふさがれていた。
棚の鉢は、ほとんど、茶色く枯れていた。
でも。
格子窓のすぐ下の鉢で、レモンバームが、一株だけ、細い葉を、まだ緑色に残していた。
ミレイユが落として割った、あの鉢の子だった。
「……がんばったね」
私は、鉢を両手で抱えた。
それから、階段を上がった。
屋敷の外に出る。
春の日差しが、まぶしかった。
鉢を、日なたに置いた。
レモンバームの細い葉が、日差しを受けて、少しだけ、ゆれた。
十年間、格子窓の細い光しか知らなかった子に、初めて、まるごとの空を見せた。
◇
うしろに、人の気配がした。
ふり返ると、父が立っていた。
「……リーゼ。すまなかった」
父は、深く、頭を下げた。
「私は、地下室に下りるのが、こわかった。泥だらけのおまえを見たら、ローザを思い出す。それで、ずっと、見ないふりをした」
母が生きていたころ、父は、よく笑う人だった。
泥だらけの母と私を見て、「二人そろって、もぐらみたいだな」と笑ったこともあった。
「お父様。陛下は、屋敷の薬草畑を、私に返すとおっしゃいました。でも、私は、いりません」
父が、顔を上げた。
「あの畑は、私が手を当てに来ないかぎり、全部、ただの土に戻ります。東の畑から、順番に。……私は、もう、来ません。北には、私の土を待っている村がありますから」
「……ああ」
「それから」
私は、少し迷ってから、言った。
「ミレイユが、家のことをやりたいと言ったら、止めないであげてください。あの子、お茶会で、貴族の家の名前と顔を、誰よりもたくさん覚えていますから」
父は、黙って、うなずいた。
私は、それ以上、何も言わなかった。
許したわけじゃない。
たぶん、これからも、ずっと許さないと思う。
でも、もう、この家のことで、泣かなくていい。
それだけで、十分だった。
決着です。
「汚れる手だけれど、恥じる手ではない」。お母様は、ちゃんとリーゼの手を知っていました。
物語も、残りわずか。次回、契約の「一年」が近づいてきます。
☆何個でもいいので、つけてください!




