↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/32

第12話 返してもらおう

【前回までのあらすじ】

王宮の地下で、ミレイユの植物の手を試す「手の試し」が行われた。リーゼも「同じ土で」と申し出た。

ミレイユの鉢は芽を出さず、手がないことがばれた。リーゼの土からは、誰も芽吹かせられなかった雪月草が芽を出した。

リーゼの手は「泥の手」ではなく、母から受けついだ「土の手」だった。


追いつめられた伯爵家が、北の城に乗りこんでくるお話です。

北の城に戻って、半月がたったころ。


お昼すぎに、ハーヴェル伯爵家の馬車が、城門の前にやってきた。


知らせも、約束もなしに。


◇


「奥様。ハーヴェル伯爵ご夫妻と、ミレイユ様がお見えです」


ハンスさんが、渡し場の村の畑まで、馬そりで知らせに来てくれた。

畑では、城下から通ってくる村の人たちが、いつものように、がれきを運んでいた。私の馬そりを引いてくれる厩番のトマさんと、クラウス様がつけてくれた護衛の兵士さんも、あぜ道で、それを手伝っていた。

いつもおだやかなハンスさんの声が、少しだけ、かたかった。


「旦那様は、今朝、川上の村へ、雪どけの見回りにお出かけになったばかりです。旦那様のもとへは、早馬を、すでに出してあります。ただ、遠い村ですので、お戻りは、早くても夕方になるかと。いかがなさいますか。奥様がお望みなら、旦那様のお戻りまで、城門でお待ちいただくこともできますが」


私は、手袋をはずした。


少し前の私なら、きっと、言われるままに会っていた。

それか、こわくて、どこかに隠れていたかもしれない。


でも。


――君が自分で言えるようになるまでは、俺が言う。


夜会の夜の、クラウス様の言葉を思い出した。


いつまでも、言ってもらうわけには、いかない。


「会います。応接間にお通ししてください」


ハンスさんは、一瞬、目を見開いて。

それから、深く頭を下げた。


「かしこまりました」


◇


ハンスさんの馬そりで、城下の町をぬけて、城門をくぐった。

泥のついた服を着がえる時間は、なかった。


応接間に入ると、継母が、ソファの真ん中に座っていた。


その横に、父。

少しはなれて、ミレイユ。


ミレイユは、地味な灰色のドレスを着ていた。

私と目が合うと、さっと下を向いた。


継母は、扇を閉じたまま、私をにらみつけた。


「ずいぶん、えらくなったものね、リーゼ。おかげで、ハーヴェル家は、王都じゅうの笑いものよ」


私は、継母の向かいに座った。


背すじをのばして。

手は、ひざの上で、軽く重ねて。

ダンスの先生に教わったとおりに。


「ご用件を、うかがいます」


継母の眉が、ぴくりと動いた。


「用件? 決まってるでしょう。あなた、家に帰ってきなさい」


「……」


「王宮で、あんな恥をかかされたのは、あなたのせいよ。でも、まあいいわ。過ぎたことは。あなたに手があることは、もう王都じゅうに知られてしまったんだもの。だったら、話は簡単よ」


継母は、身を乗り出した。


「地下室に戻って、また土をつくりなさい。畑が、どういうわけか、古いほうから順に、ただの土になっていくのよ。あなた、何か細工をしていったんでしょう。……まあ、いいわ。あなたが戻れば、元どおり。王宮のお調べも、『姉は土をつくって、妹が育てていた』と言えば、言いわけが立つわ」


あまりのことに、言葉が出なかった。


「公爵閣下には、離縁していただけばいいでしょう。手のある娘だとわかって嫁がせたわけじゃないんですもの、取り消しの理由なら、いくらでも立つわ」


離縁。


その言葉に、胸のどこかが、ちくりとした。


一年の約束のことを、継母は知らない。

でも、どちらにしても、私は、いつかこの城を出ていく。


そのことを、私は、しばらく考えないようにしていた。


「それに」


ミレイユが、下を向いたまま、小さな声で言った。


「お姉様がいないと、うち、本当におしまいなの。商会への借金が、すごいことになってるの……」


「リーゼ」


父が、初めて口を開いた。


「家のためだ。わかってくれ」


家のため。


その言葉を、何度聞いてきただろう。


家のために、地下室に入りなさい。

家のために、袋をもっとつくりなさい。

家のために、泥の手のことは、誰にも言わないでおきなさい。

家のために、ミレイユの代わりに嫁ぎなさい。


そして今度は、家のために、地下室に戻りなさい。


――あの家に、私の場所は、一度でもあったのだろうか。


◇


膝の上で、手を、ぎゅっとにぎった。


喉の奥で、声が、また、壁にぶつかりそうになった。


夜会の夜と、同じだった。


でも。


私は、目を閉じて、思い出した。


雪の中庭で、黒い土から、まっすぐに立った薬草の芽。

がれきの村で、歓声をあげた子どもたち。

「立派だ」と言って、カブを受け取ったクラウス様。

氷で囲まれて、王都へ向かっていった、荷車。


目を開けた。


「お断りします」


声が、出た。


小さかったけれど、ちゃんと、応接間に響いた。


「……なんですって?」


「お断りします、と言いました」


私は、まっすぐに、継母を見た。


「私は、帰りません。地下室にも、戻りません」


「この……っ」


「お継母様は、十年間、私の手を『泥の手』と呼びました。汚い、恥ずかしい、人に見せられないと。私は、それを信じていました。だから、鍵をかけられても、ごはんがなくても、私が悪いんだと思っていました」


継母の顔が、こわばった。


「それから、畑のことです。細工なんて、していません。私の土も、作物を育てるたびに、力を作物にわたしていきます。三年もすれば、ただの土に戻ります。本当は、畑に手を当てれば、それだけで、土はまた生きかえるんです。でも、私は、地下室から出してもらえなかった。だから、毎年、袋の土を足すしかなかった。十年間、ずっと」


継母が、ぽかんと口を開けた。


「言おうとしたことは、何度もありました。でも、お継母様は、『泥の手が口を出さないで』と言いました」


自分の声が、ふるえているのがわかった。

でも、止まらなかった。


「私の手は、泥の手じゃありません。北の人たちは、この手を、宝だと言ってくれました。もう、あの部屋のためには使いません。北の畑と、北の人たちのために使います。それが、私の、自分で決めたことです」


◇


応接間が、しんと静まりかえった。


継母は、口をぱくぱくさせていた。

父は、うつむいたまま、動かなかった。


ミレイユが、顔を上げて、私を見た。


その目は、怒っているのでも、笑っているのでもなかった。

ただ、知らない人を見るような目だった。


長い沈黙のあと、口を開いたのは、父だった。


「……地下室でなくても、いい」


継母が、父を見た。


「屋敷の、二階の、日の当たる部屋を用意する。鍵も、かけない。食事も、皆と同じ席でとればいい」


父は、私の顔を見なかった。

テーブルの上の、冷めた紅茶を見ていた。


「お断りします」


「……では、屋敷に住まなくてもいい。この城にいたままでいい」


父の声が、少しずつ、小さくなっていった。


「三年に一度でいい。畑に、手を当てに来てくれれば」


三年に一度。


それなら、と、一瞬だけ、思ってしまった自分がいた。


でも、あの畑で育った薬草は、十年間、ずっと、ミレイユの手柄だった。

私が手を当てに行けば、また、同じことになる。

家のために、と言われて。


「お断りします」


父は、何か言いかけて、黙った。


ハンスさんが、そっと、紅茶をいれなおしてくれた。


それから、話は、同じところを、何度もまわった。

継母が声を荒げ、父がなだめ、ミレイユが借金の話をくりかえし、私は、そのたびに、首を横に振った。


お昼すぎに始まった話は、日がかたむいても、終わらなかった。

窓の外が、だんだん、夕焼けの色に変わっていった。


二杯目の紅茶が、すっかり冷めたころ。


継母が、扇を、ばしんと閉じた。


「……口で言ってもわからないなら、しかたないわね」


継母は、扉のほうへ、声をはりあげた。


「お前たち! この子を、馬車へ運びなさい!」


扉が開いて、ハーヴェル家の従者が、二人、入ってきた。

屋敷で、がれきの荷車を引いていた男たちだった。


「お待ちください、奥様に何を――」


ハンスさんが、前に出た。

でも、従者の一人に肩を押されて、よろめいた。


「リーゼ」


父が、立ち上がった。


「家に帰るんだ。娘を連れ戻すのは、親のつとめだ」


従者の太い手が、私の両腕を、つかんだ。


ソファから、引きずり上げられる。


――地下室に、戻される。


十年間の、鍵の音が、耳の奥で鳴った。


◇


ぴしり、と、音がした。


足もとの床が、一瞬で、真っ白に凍りついた。


霜が、床をはって、従者たちの靴を、つつみこむ。

二人は、足を床に縫いとめられて、動けなくなった。


「――その手を、はなせ」


扉のところに、クラウス様が立っていた。


肩で、息をしていた。

軍服の肩に、雪が残っている。

ハンスさんの早馬を受けて、川上の村から、馬を飛ばしてきたのだ。


従者たちは、あわてて、私の腕から手をはなした。


「困るな」


クラウス様は、凍った床の上を、まっすぐに歩いてきた。


「契約にないことは。……リーゼとの契約には、こう書いてある。『一年のあいだ、公爵夫人として、この城で暮らす』。まだ、一年たっていない」

私のとなりに来て、私の肩を、そっと引きよせた。


「けがは」


「……ありません」


「そうか」


クラウス様は、私の顔を見た。


「言えたのか」


「はい。自分で、言えました。……でも、連れていかれそうになって」


「ああ。だから、ここからは、俺が言う」


クラウス様は、父のほうを向いた。


「ハーヴェル伯爵。リーゼは、もう、ハーヴェル家の娘ではない。ヴァルトシュタイン公爵夫人だ。公爵家の城で、公爵夫人に手をかけた。それが、どういうことか、わかっているのか」


父の顔が、真っ青になった。


「リーゼの答えは、聞いたとおりだ。お引き取り願おう」


足もとの霜が、ぴしぴしと、ソファの脚をはいのぼった。


「二度と、リーゼにふれるな。次は、靴だけではすまさない」


それから、継母を見た。


「伯爵夫人。王宮のお調べは、あなたが思っているより、ずっと先まで進んでいる。俺も、手を貸している。――亡きローザ夫人の遺言書について、近いうちに、陛下の前で話を聞かせてもらうことになるだろう」


継母の顔から、すうっと、血の気が引いていった。

リーゼ、初めて自分の言葉で「お断りします」と言えました。

夜会の夜には声が出なかったリーゼの、成長の回でした。

そして、力ずくで連れ戻そうとした家族から、クラウス様が守りました。


次回、陛下の前で、すべてが明らかになります。


☆何個でもいいので、つけてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。