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第11話 手の試し

【前回までのあらすじ】

王宮の夜会で、妹ミレイユは「北の雪の茶は、お姉様が家の種と配合を盗んでつくった、まねもの」と言いふらした。

クラウスは「取り消せ」と言い、ミレイユに「植物の手を、ここで見せてもらおうか」と迫った。

そこへ王宮薬師長のエルマーが現れ、翌日、陛下の前で、二人の手を見せることになった。


王宮での「手の試し」のお話です。

次の日の昼。


北の城から、五日の旅をしてきた王都。

その王宮の中に、私はいた。


王宮の薬草園は、大きなガラスの建物だった。

中には、見たこともない草木が、ぎっしりと並んでいた。


でも、試しの場所は、そこではなかった。


エルマー様に案内されたのは、薬草園の奥の、長い石の階段を下りた先。

地下の、冷たい部屋だった。


部屋といっても、広い。

城の大広間の半分ほどもあって、太い石の柱が、二列に並んでいる。

昔は、王宮の氷を、冬じゅうしまっておく蔵だったのだという。


天井近くに、小さな明かり取りの窓が、いくつか。

石の壁に、うっすらと霜がついている。


私は、入り口で、足が止まった。


――地下室と、同じ。


格子こそないけれど。

石の冷たさも、窓から落ちる細い光も、あの部屋と、そっくりだった。


息が、うまく吸えなくなった。


「リーゼ」


うしろから、クラウス様の声がした。


「扉は、俺が押さえておく。誰にも、閉めさせない」


クラウス様は、本当に、重い木の扉に手をかけて、そのまま立っていた。


私は、ゆっくりと、息を吐いた。


扉は、開いている。

この部屋には、鍵はかからない。


「……大丈夫です」


◇


私たちのうしろから、階段を、人々が、ぞろぞろと下りてきた。


国王陛下。王太子殿下。

ゆうべの夜会で、あの場にいた貴族たち。

話を聞きつけて、ついてきた人たちも、少なくなかった。


ドレスのすそを持ち上げて、階段を下りてきた令嬢が、部屋に入るなり、肩をすくめた。


「なに、ここ……寒いわ」

「息が、白いじゃないの」


毛皮の襟を、かき合わせる人。

柱のかげで、手に息を吹きかける人。


広い部屋が、あっというまに、人でいっぱいになった。


最後に下りてきたのが、父と、継母と、ミレイユだった。


継母は、霜のついた壁を見て、顔をしかめた。

私のほうは、一度も見なかった。


ミレイユは、きれいな絵つきの鉢を、胸にかかえていた。


「陛下。わたしが植物の手で育てた、畑の土です。この土で、わたしの手を、お見せいたしますわ」


屋敷の畑の、私の土だった。


部屋のまんなかには、石の台が一つ。

その上に、土の入った鉢が、一つだけ置いてあった。


「ここは、王宮の『雪月草の室』じゃ」


エルマー様が言った。


「雪月草という花がある。光の届かぬ、寒い場所でしか芽吹かぬ。それも、ふつうの土では、どんな植物の手の者がまいても、芽を出さん。この王宮でも、もう二十年あまり、誰も咲かせたことがない」


エルマー様は、小さな紙包みを開いた。


中には、青い、小さな種。


私は、息をのんだ。


――母の、青い種。


「だが、今日は、雪月草を咲かせろとは言わん」


エルマー様は、ミレイユのかかえた鉢を、ちらりと見た。


「その鉢は、しまっておかれよ。土は、こちらで用意した」


ミレイユの顔から、さっと血の気が引いた。


「で、でも、わたしは、自分の畑の土で、と……」


「植物の手なら、どの土でも、芽は出せるはずじゃ。自分の土でなければ芽が出せぬ手など、聞いたことがない」


エルマー様は、静かに言った。

それから、台の上の鉢を指さした。


「ミレイユ嬢には、この鉢で、こちらのカモミールの種を、芽吹かせてもらう。土は、王宮の薬草園のふつうの土じゃ。植物の手を持つ者なら、この寒さでも、日が暮れるまでには芽が出る」


継母が、父の袖を、ぎゅっとつかんだ。


試されるのは、ミレイユだけ。

ミレイユが芽を出せなければ、それで終わる。

でも、出せなかったら、継母は、きっと、こう言う。――あの子は、緊張していただけ。北の茶は、やっぱり、リーゼが持ち出したもの。


それでは、何も変わらない。


「……あの」


気がつくと、声が出ていた。


部屋じゅうの目が、私に集まった。


「私にも、やらせてください。妹と、同じ土で。同じ種で」


「リーゼ! 何を勝手に――」


継母の声を、エルマー様が、片手を上げて止めた。


「公爵夫人。あなたの手は、種を芽吹かせる手かね」


「いいえ」


私は、首を横に振った。


「私の手は、種には、何もできません。でも、土を、育つ土にすることはできます。地下室で、十年、そうしてきました」


エルマー様は、しばらく、私を見ていた。


それから、うなずいた。


「よかろう。同じ条件じゃ。――同じ土を、もう一鉢、持ってまいれ」


若い薬師さんが、走って部屋を出ていった。

すぐに、同じ薬草園の土を入れた、同じ鉢を、かかえて戻ってきた。


◇


先に、ミレイユが種をまいた。


指で土に穴をあけて、種を落として、土をかぶせる。

手が、ぶるぶると震えていた。


それから、私の番だった。


鉢の前に、立つ。


乾いた、白っぽい土。

王宮の薬草園の、ふつうの土。


私は、手袋をはずした。


あかぎれだらけの手が、みんなの目の前に出る。


貴族たちが、ざわざわとささやいた。


――汚い仕事は、汚い場所でするものよ。


継母の声が、頭の中で響いた。


ふと、顔を上げると、扉のところで、クラウス様が、こちらを見ていた。


何も言わなかった。

ただ、小さく、うなずいた。


私は、鉢の土に、両手を置いた。


目を閉じる。


手のひらの下で、乾いた土が、しっとりと湿っていく。

ぎゅっと固まっていた粒が、ほろほろとほどけていく。


部屋の中が、しんと静まりかえった。


目を開けると、鉢の中の土は、黒くて、やわらかくなっていた。


ほんのりと、湯気が立っていた。


となりの、ミレイユの鉢の、白っぽい土と、まるで、ちがう色。


誰かが、「なんと……」と、かすれた声をもらした。


◇


「……つちの、て」


エルマー様が、ふるえる声でつぶやいた。


「土の手じゃ。まさか、本当に……」


エルマー様は、杖を落としそうになりながら、台に近づいてきた。

黒い土に、そっと指を入れる。


「あたたかい。凍らぬ土じゃ。しかも、王宮の薬草園のどの土よりも、肥えておる。言い伝えのとおり……」


私は、ミレイユと同じ、カモミールの種を、黒い土にまいた。


それを見とどけてから、エルマー様は、紙包みの中から、青い種を一つ、私に差し出した。


「公爵夫人。いや――リーゼ殿。もう一つ、この種も、その土に」


私は、種を受け取った。


鉢のすみに、指で小さな穴をあけて、種を落とす。

土をかぶせて、手のひらで、そっと押さえる。


「ここで、大きくなってね」


◇


それから、待った。


一時間。


私の鉢から、カモミールの芽が、ぽつ、ぽつと、顔を出した。


二時間。


ミレイユの鉢は、何も変わらなかった。


ミレイユは、何度も鉢をのぞきこんで、何度も土をさわった。


三時間目。


私の土が、かすかに、もりあがった。


部屋じゅうの人が、身を乗り出した。


土が、ぽろりとくずれて。

その下から、小さな、青みがかった芽が、顔を出した。


この王宮で、二十年あまり、誰も芽吹かせられなかった、雪月草。


◇


「――決まりじゃな」


エルマー様が、静かに言った。


「ミレイユ嬢。あなたには、植物の手はない。これまで人前で芽を出させてきたのは、姉君の土の力じゃな」


ミレイユが、その場に、へたりこんだ。


「ち、ちがうの……お母様が……お母様が、そうしろって……」


「ミレイユ!」


継母が、悲鳴のような声をあげた。


国王陛下が、ゆっくりと、継母のほうを向いた。


「ハーヴェル伯爵夫人。この十年、王都で評判の『ハーヴェルの薬草茶』の土は、誰の手でつくられたものか」


継母は、答えなかった。

答えられなかった。


「……この件は、あらためて、王宮で調べさせる。伯爵家の者は、追って沙汰を待て」


◇


人々が地下の部屋を出ていったあと。


エルマー様が、私の前に来た。

その目に、涙がにじんでいた。


「ゆうべ、夜会で、あなたの手を見た。あかぎれと、爪の黒さ。それから、雪月草の香りがした。昔、たった一度だけかいだことのある香りじゃった」


ドレスの胸元にしのばせていた、あの匂い袋だ。


「あなたの母上は、ローザといいはしなかったか」


「……はい。母を、ご存じなのですか」


「わしの、薬師の弟子じゃった。若いころ、北の村から王都へ出てきて、一年だけ、この王宮の薬草園で、わしのもとで薬草を学んでおった。そして、一度だけ、この部屋で、自分の土に、雪月草を咲かせてみせた」


エルマー様は、青い芽を見つめた。


「ローザの家は、北のはずれの村で、何百年も、土の手を受けついできた家じゃった。めったに生まれぬ手でな。世の中では、もう言い伝えだと思われておる」


エルマー様は、クラウス様のほうを向いた。


「公爵閣下。古い言い伝えを、ご存じか。『昔、氷の手を持つ王が、自分の氷で凍え死にかけたとき、北の村の、土の手の娘が、凍らぬ土に雪月草を咲かせ、その茶で救った』」


クラウス様が、目を見開いた。


「その王が、のちに、北の守りとなって、ヴァルトシュタインの名をもらった。……閣下の、ご先祖じゃ」


地下の部屋が、しんとした。


私は、クラウス様を見た。


クラウス様も、私を見ていた。


あの夜。

回廊で凍えていたクラウス様に、母の缶の底の、青い花びらを一枚入れて淹れた、お茶。


「……偶然、だったんです」


声が、震えた。


「母が、寒い夜に淹れてくれたお茶を、そのまま、淹れただけで」


「偶然でも、かまわん」


エルマー様は、やさしく笑った。


「凍えている者を見て、放っておけなかった。それが、何百年たっても、変わらんかったということじゃ」


◇


帰りぎわ、エルマー様は、芽を出した雪月草の鉢を、私に持たせてくれた。


「この鉢は、あなたが、北の城へ持って帰りなされ」


「でも、王宮の、二十年ぶりの雪月草なのに」


「わしの手もとに置いても、育てられん。芽を出したのは、あなたの土じゃからな。土が弱れば、あなたが手を置いてやればいい」


エルマー様は、鉢の中の、小さな青い芽を見下ろした。


「ただ、この子は、光の届かぬ、寒い場所でしか育たん。それだけは、気をつけてやってくだされ」


「……城には、そんな場所はないかもしれません。氷室は、荷を出し入れするので、毎日開けますし」


私が、鉢を見つめながら言うと。


となりで、クラウス様が、少しだけ、黙りこんだ。


「……リーゼ。北に戻ったら、その鉢を、俺に預けてくれないか」


「クラウス様に?」


「心当たりの場所がある。……光が入らず、一年じゅう、凍えている場所だ」


クラウス様は、それ以上、何も言わなかった。

ミレイユのうそが、ついにばれました。

そして、リーゼの「泥の手」には、ちゃんとした名前がありました。


次回、追いつめられた伯爵家が、北の城に乗りこんできます。


☆何個でもいいので、つけてください!

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