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赤字ラーメン店長、異世界で『棚卸の儀』を極めて魔王と元上司を屠り、元の店に凱旋する  作者: もしものべりすと


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第九章 偽りの勝利、罠の入口

数字は嘘をつかない。


 だが、数字を見せる順番は、いくらでも嘘をつける。


 全国棚卸が始まって五十二日目。


 各区からの集計が、ミラの机の上に揃った。


 俺は、その日、ミラのギルド本部に詰めて、最終集計の作業をしていた。


 窓の外は、もう薄暗かった。


 ろうそくの火を三本立て、ミラと二人、数字を一行ずつ突き合わせていった。


 最終結果が出たのは、深夜を過ぎた頃だった。


 ミラは、出てきた数字を見て、ペンを落とした。


 俺は、彼女が落としたペンを拾い、彼女の手のひらに戻した。


 戻された彼女のペンは、しばらく動かなかった。


「タドコロさん」


「はい」


「これ……」


「四割しか、ありません」


「……はい」


「帳面では、王国の備蓄量は十のはずでした。実際は、四です」


「……六、消えていますね」


「七年前から、毎月、少しずつ」


 ミラは、椅子に座り込んだ。


 彼女の細い肩が、震えていた。


 俺は、彼女の背中をそっとさすってあげたかった。


 でも、それをするのは、たぶん、俺の役割ではなかった。


 代わりに、俺はノートに書いた。


 〈王国備蓄、実数四割。消失分、累計七年〉


 書き終えると、俺はもう一冊、別のノートを取り出した。


 八年前に始まる、自分の店のノート。


 俺はその一冊目の裏表紙を開き、そこに走り書きされた数字の癖を、ミラに見せた。


「これ、見てください」


「えっと……ラーメンの売上、ですか」


「これ、毎月の差異の出方です」


「……毎月、半個ずつ消えてる」


「七年分、八十四回」


「……同じ、ですね」


「同じです、もう一つの方と」


 ミラは、ノートと国家棚卸の集計表を、見比べた。


 数字の並びの「癖」は、俺とミラの目にだけ、一致して見えた。


 誰がやったかは、もう、考えるまでもなかった。


「タドコロさん。これ、明日、殿下にご報告しましょう」


「はい」


「みんな、驚きますよ」


「驚かせるのが目的じゃないので」


「分かってます。でも」


「はい」


「あなたが、誇って、いい場面なんですよ」


「俺は、誇るのは、苦手で」


「知ってます」


 ミラは、鼻をすすった。


 でも、泣かなかった。彼女は強かった。


 俺はノートを閉じて、机の端に置いた。


 ミラに、お休みなさい、と一礼して、ギルドを後にした。


 外に出ると、王宮への帰り道に、人影が一つ、立っていた。


 黒衣に、銀縁の眼鏡。


 香水の匂いは、夜風で薄れていた。


「タドコロ君」


「……黒田、さん」


「よく頑張ったね」


「はい」


「明日の報告、楽しみにしているよ」


「はい」


 黒田は、薄く笑って、夜の通りへ消えた。


 その背中は、急ぐ様子もなかった。


 俺は、しばらく、彼の消えた方角を見ていた。


 ノートを開いた。


 〈黒田、深夜のギルド前、通過。意図、不明〉


 書きながら、俺は気づいていた。


 彼は、今夜俺の集計が出ることを、知っていた。


 翌朝、王宮の謁見の間に、俺は呼ばれた。


 手元には、ミラと俺で作った正本の集計報告書。


 王女の前で、俺はそれを開こうとした。


 その瞬間、横から、もう一冊、別の報告書が差し出された。


 差し出したのは、王宮の主任司書官だった。


 主任司書官の手には、俺のノートとほとんど同じ大きさの帳面が握られていた。


 表紙に、見覚えのない、しかし俺の字に酷似した、「田所健太」のサイン。


 王女が、その帳面を開いた。


 俺は、ようやく、何が起きているか分かった。


 帳面の中身は、俺の集計とは、まるで違う数字だった。


 いや、数字の並びだけは似ている。けれど、結論が違う。


 その帳面には、「王国の備蓄消失は、七年前ではなく一年前から始まり、ここ三カ月で急激に進んだ」と記されていた。


 そして、最終頁に、こう書いてあった。


 〈最近三カ月で、これだけの量を抜いたのは、城の補給管理を任された者である〉


 王女の指が、その一行で止まった。


 俺は何も言わなかった。


 反論する材料は、いくらでもあった。


 でも、それを今ここで言っても、王女が即座に信じる保証は、なかった。


「タドコロ。これは……お前の字、なのか」


「俺の字に、似ています」


「お前が書いたのか」


「いいえ」


「なら、誰だ」


「黒田卿、です」


 俺がそう言った瞬間、謁見の間の扉が開いた。


 入ってきたのは、当の本人。


 黒田は、顔を曇らせて、深々と一礼した。


「殿下。タドコロ君を、許してやってください」


「許す?」


「彼は、現場上がりです。中央の重圧に、耐えられなかったのでしょう。罪を、私の名に擦り付けたのは、彼の弱さです」


 黒田の声は、気の毒そうに震えていた。


 演技の上手さは、十年前から変わっていなかった。


 俺は、ノートを胸に押しつけた。


 でも、それも、衛士に取り上げられた。


「捕えなさい」


 王女の声は、もはや、最初の招待のときと変わらなかった。


 冷たく、容赦がなかった。


 俺は、長靴の底を擦りながら、抵抗せずに連行された。


 最後に振り返ったとき、王女の机の上には、俺のノートと、偽の帳面と、黒田の細い指が、並んでいた。

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