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赤字ラーメン店長、異世界で『棚卸の儀』を極めて魔王と元上司を屠り、元の店に凱旋する  作者: もしものべりすと


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第五章 冒険者ギルドの受付嬢

ミラの受付台には、書類が山になっていた。


 数字が、合わないからだった。


 城の料理長の代理を任された俺は、その日、王女の使いとして冒険者ギルドへ向かわされた。


 目的は、ギルド側で滞っているらしい食材の発注書のやり直し、ということだった。


 どうも食材庫の混乱は王城だけではなく、街の流通網全体にまで及んでいたらしい。


 ギルドの建物は、石造りの三階建てだった。


 入口の上に、剣と斧の交差した紋章。


 俺はエプロン姿のまま、扉を押した。


「いらっしゃ……いらっしゃい、ますか?」


 受付台の奥で、俺と同年代に見える女性が顔を上げた。


 灰色がかった金髪を後ろで束ねて、細い指でペンを握っている。


 彼女の机の上に、紙の山。山の高さは、彼女の頭より高かった。


「ミラ・ヘルメスです。受付、第三窓口」


「田所、健太、です。城の使いで」


「ええ、伺っています。発注書のことですよね」


「はい」


 ミラは、机の山の中から一冊の帳面を抜き出した。


 冒険者の依頼料、素材の買取額、ギルドの倉庫在庫、街の各店からの注文書。


 ぐちゃぐちゃに混ざっていた。


 俺はエプロンの紐を結び直して、彼女の向かいの椅子に座らせてもらった。


「これ、見てもいいですか」


「あ、はい。どうぞ。でも、ぐちゃぐちゃで」


「ぐちゃぐちゃでも、数字は数字なので」


 俺はノートを開き、彼女の帳面の数字を、種別ごとに別の頁に書き写し始めた。


 冒険者への支払いは緑、ギルドの収入は青、倉庫在庫は赤。八年やってきた色分けの癖だった。


「タドコロさん、すごい速さですね」


「いえ」


「あの、お茶、いれます」


「ありがとうございます」


 ミラはお茶をいれてくれた。


 彼女がカップを置いた瞬間、俺はペンを止めた。


「あの、ミラさん」


「はい」


「この、冒険者払い、毎週水曜の午後に集中してませんか」


「あ、はい。週一の精算日なので」


「水曜の午後三時から五時の間、ギルド長代理がここに来ますよね」


「……どうしてご存じで」


「数字の癖です」


 俺はもう一頁、別の表を作った。


 水曜の午後だけ、毎週、現金の出金額が、決まった割合で多くなっていた。


 冒険者一人あたり五シルバー。週平均、二十人。約百シルバー。


 その百シルバーが、毎週、必ず、ある一つの口座に流れ込んでいた。


「これは……ギルド長代理のサインがある経費口座、ですね」


「はい、彼の出張費です」


「水曜午後三時から五時、ギルドの建物の中ですよね、彼」


「あ、確かに……」


 ミラの顔が、ゆっくりと白くなった。


 彼女は紙を二枚並べ、俺の指差す数字を、震える指で何度も追いかけた。


「これ……三年分、ですよね」


「たぶん、累計で千四百シルバー以上です」


「それ、新人冒険者、何人分の年収ですか」


「家族のいる中堅冒険者なら、十二人分くらい、です」


 ミラの目に、涙が滲んだ。


 彼女の喉が、こくりと動いた。


 でも、彼女は泣かなかった。代わりに、ペンを握り直した。


「タドコロさん、これ、コピーを作っておきます」


「はい」


「あなたがすごい、と、言わせてください」


「いえ」


「本当に、ありがとう」


 俺は、何と答えていいか分からなかった。


 代わりに、ノートにこう書いた。


 〈ミラさん、泣かない。強い〉


 書きながら、彼女に少しだけ、聞きたいことがあった。


「あの、ミラさん」


「はい」


「水曜の午後、ギルド長代理さんに、いつも、誰が会いに来ます?」


「えっと……黒衣の貴族の方が、たまに」


「黒田、と名乗っていませんか」


「……はい。経営顧問卿のクロダ・ジン様です」


 俺はペンを置いた。


 ノートの一頁目に戻り、八年前の、店を始める前の最後の日付に指を当てた。


 〈黒田の最後の出勤日。記録、確認済み〉


 その日付の、ちょうど一週間後の頁に、新しい行を書き加えた。


 〈黒田、こちら側でも稼業継続中〉


「タドコロさん、どうかしました?」


「いえ」


「顔色、悪いですよ」


「数字を見すぎたんだと思います」


 俺は静かに微笑んだ。


 ミラは、不思議そうに首を傾げてから、俺のためにお茶のおかわりを淹れてくれた。


 その湯気は、寸胴鍋のあの夜の湯気とは、ちがう、まっすぐな湯気だった。

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