第十五章 公開棚卸
店を畳むときも、最後にやるのは棚卸だ。
数えて、納得して、終わる。
夏至前日。
俺たち六人は、王都に、それぞれ別々の経路で、戻った。
城門には、シュトロームの私兵がさりげなく配置され、商人会会長の印籠が、出入りの目を逸らさせた。
翌朝、王宮の謁見の間。
俺は、八冊のノートを抱え、エプロンと長靴の格好で、王女の前に立った。
謁見の間は、貴族と、武官と、聖職者で埋まっていた。
その中に、黒田が、いた。
彼は、最前列の左から三番目の席に、悠然と座っていた。
俺と目が合うと、彼は薄く笑い、軽く手を上げた。
「殿下」
俺が、最初に呼んだ。
王女は、玉座から立ち上がり、俺を見つめた。
彼女の目は、最初に俺を見たときと、もう、まったく別の色だった。
苛立ちでも、戸惑いでもなかった。
覚悟、だった。
「タドコロ。話しなさい」
俺は、ノートを、王女の前の長机に並べた。
一冊目から、八冊目まで。
それから、もう一冊、王宮の主任司書官が「俺の名前で」提出した、偽の帳面を、その横に置いた。
「これが、俺の書いたノートです」
「……」
「これが、俺の名で出された、偽の帳面です」
「……」
「両者は、字が似ています。が、決定的に、違います」
「どこが違う」
「インクと、筆圧と、紙の質、です」
俺は、ノートの一冊目の表紙を、ゆっくりと開いた。
次に、偽の帳面の表紙を、開いた。
二つを並べると、誰の目にも、紙の色合いが微妙に違うのが、分かった。
「俺のノートの紙は、八年前から、同じ問屋で買っているものです」
「……」
「街の北側、屋根が緑の、古い紙屋です」
「……」
「偽の帳面の紙は、王宮御用達の、白さの強い、新しい紙です」
「……」
「インクも、俺は、一冊目から最後まで、植物系の、青みの強い黒を使っています」
「……」
「偽の帳面のインクは、油性の、紫がかった黒です」
「……」
「筆圧は、俺は、八年やっていて、すべての頁、ほぼ同じです」
「……」
「偽の帳面の筆圧は、頁ごとに、ばらついています。書きためた人が一人ではない、ということです」
俺の声は、淡々としていた。
謁見の間が、静まり返っていた。
黒田は、最前列で、もう、笑っていなかった。
「殿下」
「うむ」
「もう一つ、決定的な違いが、あります」
「言いなさい」
「俺のノートには、どの頁にも、必ず、最後に『本日、平常』か『現状、平常ならず』のどちらかが書いてあります」
「……」
「偽の帳面には、その一行が、ありません」
「なぜ無いのが、決定的なんだ」
「『平常』を書いているのは、俺だけだからです。それを書く癖を持つのは、俺だけです。八年やってきた癖は、誰にも、模倣できません」
俺の言葉が終わったとき、謁見の間に長い長い沈黙があった。
王女は玉座の肘掛けを、ゆっくりと握った。
握りしめる音が、石壁にはっきりと響いた。
「黒田卿」
「殿下」
「答えなさい」
「殿下、これは誤解……」
「答えなさい、と言った」
黒田は立ち上がった。
立ち上がりながら、彼は俺の方を見た。
眼鏡の奥の目が、十年前の加藤を切り捨てたときと同じ目だった。
俺はその目を初めて、正面から見返した。
目を逸らさなかった。
「殿下」
「うむ」
「あの男のノートに何が書いてあろうと、それはただの数字です」
「ただの数字、か」
「数字は解釈次第で、いかようにも」
「黒田卿」
「はい」
「数字を解釈で歪めてきた者の言い分は、もう聞き飽きた」
王女は玉座から、ゆっくりと階段を下りた。
そして長机の上に並ぶ、ノートと偽の帳面の前で立ち止まった。
彼女は自分の指で、偽の帳面をぱたんと閉じた。
そして俺のノートの一冊目を、自分の手で抱えた。
「これは王国の財産だ」
「……」
「タドコロが王国に持ち込んだ、最も重い財産だ」
「殿下!」
「黒田卿、答えなさい。最後の機会だ」
黒田は答えなかった。
代わりに彼は、自分の上着の内ポケットにゆっくりと手を入れた。
その手は震えていなかった。
彼が取り出したのは、黒い小さな棒状の何かだった。
俺はその瞬間、ノートに書きたい一行を頭の中で書いた。
〈黒田、最後の手段、起動〉
書いた瞬間に、彼はその黒い棒を、自分の胸に突き立てた。




