第七話 王妃からの手紙
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(前略)
この手紙は、私が死んだら貴女に届けるようステラに託しました。
ですから、貴女がこれを読む時には私はもうこの世にいないでしょう。
あらためましてモニカ嬢、ありがとう。
心よりお礼を申し上げますわ。
憎い憎いこの国を滅ぼしてくださって。
ご存じでしょうけれど、私はメルゲン王国の王族の一人として生まれました。
優しい両親や兄弟たちに囲まれ、婚約者となった殿方も大変好ましいお方で、私は幸せ一杯な日々を過ごしていました。
この幸せが永遠に続くと、そう信じていたのです。
そう。突如としてタルタルが侵攻してきたあの日までは。
元々、メルゲンとタルタルは度々戦火を交え、決して仲の良い関係ではないということは知っていましたし、急激に国力を伸ばしてきたタルタルに対し、メルゲンが対応を誤ったのも事実でしょう。
けれど、だからといって、大切な人たちを皆殺しにされたことを許すことなどできはしません。
母の血に塗れたまま兵たちに引きずり出された私を見下ろすあの男の冷ややかな眼差しは、今日まで一日たりとも思い出さぬことはありませんでした。
そして私は、あの男の妻にされ、子を産まされることとなりました。
メルゲンの生き残りの者たちを懐柔するためだったのでしょうか、あの男は私を第一夫人――王妃に立てましたが、もちろんそんなことが慰めになろうはずもありません。
私が生んだあの男の子供・グリュックは、成長するにつれて日増しにあの男に似るようになってきました。
傲慢で身勝手、力ずくで他人を従わせることを当然の権利と考えている、あの男の出来の悪い分身。
もっとも、それは私がわざと甘やかして育てたせいもあるのでしょうけれど。
このまま大人になれば、この子はきっとタルタルを内側から滅ぼしてくれるでしょう。
そう期待していたところに、もっと格好の“滅ぼし手”が現れました。
他でもない。タルタル最大の貴族・トルイ公爵家の令嬢にしてグリュックの婚約者。
貴女のことですよ、モニカ嬢。
貴女はこの国を救うことも、逆に滅ぼすことも出来る才の持ち主。
ならば滅ぼす側に回っていただきましょう。
王太子たるグリュックがすべき仕事を貴女に押し付け、反感を抱かせつつ、グリュックを諫めてくれるよう仕向けて、グリュックの側からも貴女を憎ませる。
そうしておいて、トルイ公に反感を抱く者たちを糾合して、貴女を国外追放するよう仕向けました。
そして追放先のファーリーズで、野心家のジャラール王子と出会うよう謀っていたのですが、さすがはモニカ嬢ですね。ご自分でもジャラール殿と繋ぎを取っておられたのには驚かされました。
こちらからもジャラール王子に情報を流して、貴女とスムーズに出会えるようにし、盗賊を雇って劇的な出会いを演出する。
ステラが随分と頑張ってくれたのですが、盗賊は貴女がほとんど一人で全滅させてしまったのですってね。
まあいいでしょう。それくらいでないと、この国は滅ぼせませんから。
ジャラール王子の武勇と貴女の知恵が結び付いて脅威が生まれたところで、グリュック自ら討伐に赴くよう仕向けました。
ちょっと初陣で勝利を収めたからといって、自分に軍才があると勘違いしていた哀れな子は、あっさりと異国の土になり果てました。
ふふ、おかしなものですね。
あんな子でも、死んだと聞かされたらこの胸に穴が開いたような気がします。
母子の情? いえ、ただの感傷でしょう。
この先私は、何も知らずに私に仕えてくれている家臣たちや、無邪気に私を尊敬してくれている国民たちを、地獄へと追いやることになるのですから。
モニカ嬢、貴女はとても聡明で合理的なお人だけれど、だからこそきっと理解できないでしょうね。
タルタルの王妃の座にあり、何不自由なく、国民の尊敬を集めている私が、過去の恨みに囚われて復讐に身を焦がすなど、愚かなことだとお思いでしょう。
けれどね、モニカ嬢。人の心というものは、貴女が大好きな幾何学のように、理屈ですっぱりと割り切れるものではないのですよ。
ああ、そうそう。
理屈通りにいかないと言えば、ベルクさんの軽挙妄動には驚かされました。
貴女やトルイ公とバゥト伯との間に不信の溝を作ろうと仕向けたら、まさかあんな馬鹿なことをしでかしてくれようとは。
おかげで、貴女たちが予定よりも早い段階で孤立してしまい、危うく計画が瓦解してしまうところでした。
王都の守備隊長に、バゥト伯は裏でファーリーズと内通しているなどという出鱈目を信じ込ませて、辺境伯の軍を攻撃させ、どうにか事なきを得ましたが。
あの方が主の命令に盲従するお馬鹿さんでなかったら、この国が滅びずに済む道もあったかもしれませんね。
貴女とジャラール王子の軍、バゥト辺境伯軍、そしてあの男自らが率いるタルタル主力部隊。
三つ巴の膠着状態に陥って、いよいよ仕上げの時が来ました。
ゴールド王国が人質として差し出したグンジュ姫。
彼女もまた、タルタルとの戦で近しい人たちを亡くして恨みを抱え、復讐の機を虎視眈々と窺っていたのです。
彼女を通じてゴールド王国軍を動かし、あの男の背後を衝く。
それで勝負は決しました。
さて、もうあまり時間がありませんね。
このあたりで筆を置くことにいたしましょう。
あの男には私のしたこと全てを告白する手紙を送ってあります。
もうすぐ、怒り狂ってここへやって来ることでしょう。
ああ、これでやっとあの人に逢える。
あの人は、よくやったと私のことを褒めてくれるでしょうか。
それではモニカ嬢、これでお別れです。
あなた個人に対して恨みがあるわけではありませんが、メルゲン征服戦には貴女の父君トルイ公も兵を出していました。
そして、私の婚約者は、トルイ公の部隊との戦闘で討ち死にしたのです。
恨むのならば父君を恨んでくださいまし。
さようなら、モニカ嬢。共にタルタルを滅ぼした同志。
いずれ地獄でお会いしましょう。
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トラキナ妃の手紙を読み終えて、しばし茫然自失していたモニカは、ようやく衝撃から立ち直ると、手紙をびりびりに破り捨てた。
そして、ジャラールの部下たちの監視の目をかいくぐって逃亡、父トルイ公との合流を果たす。
ファーリーズとゴールドに奪われた領土を奪還して両軍を追い払い、反目し合う貴族諸家をまとめ上げ、バゥト王国を屈服させて、モニカが新生タルタル王国の初代女王の冠を頂いたのは、婚約破棄から実に十二年後のことであった。
――Fin.
※「トラキナ」はドレゲネのペルシャ語風読みです。
ト○トスープ先生ごめんなさいm(_ _)m
モニカが主人公と捉えると、わたたた(私の戦いはこれからですわ)エンドに見えるかと思いますが、本作は、裏主人公にして真主人公であるトラキナの復讐の物語ですので。
(なので、終始モニカ視点なのにもかかわらず、あえて三人称で描写しています)




