第六話 四分五裂
「妙なことになりましたね」
モニカの言葉に、ジャラールも不得要領な顔で頷いた。
王都守備軍がバゥト辺境伯軍を攻撃したことで、両者を同時に相手取るという事態は回避でき、ジャラールとしてはありがたい限りなのだが、何故そんなことになったのか理解できない、というのはどうも気色が悪い。
「最初はトルイ公爵家と組むつもりだったバゥト伯を罰したい気持ちはあるにしても、それはまず俺を倒してからだろうにな」
「おっしゃるとおりですね。現場の暴走ということでしょうか?」
「そうとしか考えられん。が、そうだとしても常識では考えられん」
百歩譲って、バゥト伯が日和見の態度を取っていたというのならまだわからないでもないのだが、明らかに国王の側についてジャラール軍を攻めようとしていたところへの攻撃だ。
愚かにも程がある。
「まるで、自ら滅びに向かおうとしているかのようですね」
ふとそのようなことを口にして、モニカはぎょっとした。
思えば、敵ははじめから悪手ばかり打ち続けている。
モニカを陥れたのは良いとして(本人にとっては良くはないが)、幽閉でもしておけばいいところをわざわざ他国へやってジャラールと出会わせる。
よせばいいのに攻めてきてグリュックを敗死させる。
モニカの信用を落とすためとはいえ、結果的にトルイ公を追い詰めて懐柔の道を閉ざす。
そして、せっかく味方に付いたバゥト伯を敵に回す。
打つ手打つ手がすべて裏目に出ている。
「要するに馬鹿なのだろう、と言いたいところだが……。果たしてこんな都合の良い話があるものか?」
ジャラールも薄気味悪そうな表情を浮かべている。
これまでタルタルの猛攻に独力で抗し続けてきた彼にしてみれば、強敵が突然愚かになったなどと素直に納得できるものではないのだろう。
「まあ、さすがにタルタル王は息子ほど馬鹿ではあるまいて」
冗談めかしたジャラールの言葉に、モニカは曖昧に頷いた。
このような事態を招いたそもそもの責任は国王にある、と言えなくもないが、さすがに王に対してその死を願ってはいない。
向こうがあくまでモニカの命を奪おうというのなら、黙って殺されるつもりはない、というだけの話だ。
ちなみに、あの後ジャラールはモニカに対して無理強いしてくるようなこともなく、二人の結婚問題は棚上げになっている。
彼いわく、「そなたのような女子に無理強いをして面従腹背させるなど、縄で繋いだライオンの傍らで昼寝をするようなもの」なのだとか。
随分な言われようだが、もちろんモニカとしては無理強いなどされたくはない。
「とにかく、今は相手の出方を窺うしかないか」
「そうですね。その間に、私の方でも工作を進めたいと存じますが、父に使いを送ってもよろしいでしょうか?」
モニカが自分で行くというのでなければ構わないと、ジャラールは鷹揚に頷いた。
三つ巴の対陣は、その後一月にも及んだ。
バゥト辺境伯軍は、国王軍ともジャラール軍とも一定の距離を置き、様子見に徹している。
その動向を警戒してか、国王軍もジャラール軍に本格攻勢をかけることを躊躇っており、ジャラールの側からも仕掛けかねている。
トルイ公は、娘を見捨てるつもりは無いようだが、国王を恐れるというよりも、弑逆者の汚名を着ることを恐れているようで、本拠地に腰を据えたまま動かない。
何より恐ろしいのは、首尾よく国王を討ち取ったところへ、「弑逆者を討つ」という大義名分を掲げたバウト辺境伯軍が襲い掛かってくることだ。
そうして、国王の遺児たちの中から適当な者を擁立し、王国の実権を握る――。
バゥト伯にも野心はあるにせよ、これまでは国王の座や国の実権などといった方向には向いていなかったように思われるが、目の前に好機が転がり込んで来たら、どういう動きに出るかはわかったものではない。
そんなわけで一月あまり。
ジャラール軍は他国の領内に侵入しているわけだが、この辺りは元々ファーリーズ領だった地域であり、また戦災復興に尽力したモニカに対する感謝の念も強いため、兵糧に苦労するようなこともなかった。
その間、モニカは父・トルイ公を通じて、国内に宣伝文書をばら撒いた。
一に、彼女が不正を行い国庫金を私したというのは、君側の奸どものでっち上げであり、彼女は清廉潔白の身である。
二に、グリュック王子が武運拙く敗死したのは戦場の習いであり、徒に仇討ちなどと言い立てるのは、かえって武人の誉れに対する侮辱である。
三に、モニカもトルイ公も、国王陛下に対しては害意など一片も無い。ただ君側の奸を憎むのみである。
所詮は建前とはいえ、正当性を主張しておくことには重要な意味がある。
トルイ公との間で使者をやり取りし、貴族たちの情報を得たところ、どうやらトルイ公が次期国王の外戚になることに対する反感はあっても、本気で潰したいとまで願っている者はそう多くはなさそうだった。
何より、精強な公爵家軍の矢面に立ちたいとは誰も思っていない。
そして、グリュックの死によって浮上した王太子候補たちとモニカの縁組という線はほぼあり得ず、各王子の母方の実家と、娘を送り込みたい貴族たちによる熾烈な勢力争いが始まって、状況は混沌を極めているようだ。
停滞した状況は、新たな勢力の介入により一気に動いた。
東方でタルタルに圧迫されていたゴールド王国が、この機に乗じて積極攻勢に出たのだ。
モニカが父を通じて得た情報によると、ゴールド王国にタルタルの状況を知らせて軍事介入を促したのは、かの国から人質として送り込まれタルタル王の側室の一人となっていたグンジュ姫という女性だという。
ゴールド王国は、タルタルの侵攻に抗い続けて来た名将チンワージオを送り込んで来た。
神速の勢いで軍を進めたチンワージオ将軍は、国王軍の背後を衝き、これを一気に壊滅させた。
タルタル王はごくわずかの手勢と共に王都に逃げ込んで立て籠もったが、ほどなくして、国王自らの手でトラキナ妃を斬り、自身も自害して果てた、という情報が駆け巡った。
この知らせを受けたバゥト辺境伯は、「バゥト王国」を名乗って独立を宣言。
かくして精強を誇ったタルタル王国は、ゴールド王国とファーリーズ王国、バゥト王国が領土を奪い合い、残る領土内で王族・貴族が相争うという修羅の地と化した。
モニカは、タルタル領の切り取りを進めるジャラールの手中で、彼の求婚をのらりくらりと躱す日々を送っていた。
そんなある日、モニカの許を一人の女性が訪れた。
トラキナ妃の侍女・ステラである。
「あなた、無事だったのね」
国王が自害した後、王都は幾度か主を変え、その度に多くの血が流されたと聞く。
ステラに対して言いたいことはもちろんあるが、死ねばよかったのにと思うほど、モニカも意地の悪い人間ではない。
「おかげさまをもちまして。モニカ様にはさぞお恨みのことと存じますが、恥を忍んでまかり越しましたのは、王妃様から文を託されたからでございます」
ステラはトラキナ妃の印章で蝋封が施された手紙を取り出し、モニカに手渡した。
「そう。王妃様のことはとても残念です。文は後でゆっくり読ませていただくわ。あなたは、たしかファーリーズの出身だったわね。これから故郷へ帰るの?」
モニカが尋ねると、ステラはゆっくりと首を振った。
「いえ。もう身寄りもおりませんので。これからは王妃様のご冥福を祈りながら、各地を旅したいと存じます」
「そうなのね。どうか達者で」
「はい。モニカ様もご健勝で」
深々と頭を下げ、部屋を辞するステラを見送ってから、モニカは王妃からの手紙を読み始めた。
「な、な……」
読み進めるうちに、モニカは言葉を失い、その場にがっくりと崩れ落ちた。




