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第161話 定例会議 2022年11月

【ニューヨーク拠点・会議室】


秋風が窓を叩く2022年11月のニューヨーク。温かいコーヒーの香りが漂う会議室にはいつものメンバーが集まっていた。リリィが居住まいを正し、全員を見渡して口を開いた。


「皆さん、本当にお疲れ様でした。ネクサス大学の開校という一大プロジェクトを無事に乗り越えられたわね。それでは、11月の定例会議を始めましょう」


ジャックがコーヒーカップを置きながら笑った。

「ああ。準備は大変だったが、開校初日の各キャンパスの初授業、どれも個性的で面白かったな」


マモルも目を輝かせる。

「ええ! ガルドさんのスパルタな実技指導も、マーガレットさんの規格外の計画発表も、世界中から集まった学生たちは度肝を抜かれていましたね」


「規格外は余計ニャ」テーブルの端でマーガレットが尻尾をぴしりと振った。「あれは完璧なプレゼンニャ」


「……そうですね。完璧でした」マモルが微笑みながら訂正する。


---


【ネクサス大学の現状】


コモンが空中に魔法スクリーンを展開する。


「世界六カ国から集まった学生たちは、自動翻訳システムとアバターを通じた天空キャンパスの環境にすっかり適応している。初期の混乱は収まり、今はそれぞれの専門分野の基礎研究に熱心に取り組んでいる」


「混乱、というのは具体的にはどんな?」マモルが聞いた。


「主に言語の問題だ。自動翻訳は精度が高いが、専門用語の翻訳に微妙なズレが生じることがあった。魔法系の術式名称を工学的な数式に置き換える際、学生同士の間で議論が起きたケースもある。ただ、それ自体が学習になっていた。互いの概念体系を理解しようとするプロセスが、むしろ交流を深めた」


「それは面白いわね」リリィが頷く。「摩擦が、対話の入口になった」


「南アフリカ校とインド校の学生たちが自主的に勉強会を始めたという報告も来ている。核プラズマの封印技術と、質量転移の数学的モデルの間に、何か共通の原理があるのではないかという仮説を立てて検証しているらしい」


「学生主導の研究が、もう動き出しているのね」と、リリィは静かに目を細めて頷いた。


リリィが頷く。

「基礎が身についてきたなら、そろそろ次のステップに進むわよ。開校から一カ月後となる来月、『第一回研究発表会』を開催しましょう」


ガルドが腕を組む。「いよいよ、本題に入るってわけか」


「ええ」リリィは少し表情を引き締めた。


「地球に向かっている平均直径80キロの巨大隕石群12個……衝突まで残り三年と少しという事実を、全学生に突きつけます」


しばらく、沈黙があった。


マモルが息を呑む。「そんな絶望的な事実を突きつけたら、学生たちはパニックになりませんか?」


「ただ絶望させるわけじゃないわ」リリィが静かに言う。「アメリカ校のAIゴーレム、オーストラリア校の海水の月、南アフリカ校の核爆発の封印など、各校区がそれぞれの強みを活かしてどう隕石に対抗するか、具体的な研究テーマを与えて考えさせるのよ。彼ら自身の足で地球を守る当事者意識を持ってもらうための試練よ」


「スパルタな学長だな」ジャックが苦笑する。


「彼らは子供じゃないわ」リリィの声は穏やかだったが、揺るぎがなかった。「世界中の優秀な若者が、自分たちの未来のために集まってきた。真実を知る権利がある。そして、真実を知った上で何をするかを選ぶ権利も」


「……俺たちが最初にこの話を知ったときと、同じだな」マモルがぽつりと言った。


誰も即座に答えなかった。秋風が窓を叩く音だけが続く。


「同じよ」リリィが静かに言った。「だから、信じられる」


---


【宇宙防衛の進捗】


「だが、俺たちも負けてはいられないぞ」ジャックが表情を切り替え、スクリーンを操作した。赤道直下の海上プラットフォームの映像が映し出される。


「エクアドル沖のアース・ポート建設と、静止軌道上からのケーブル展開は順調だ。ワームの内臓にミスリルとシリコンを加えて作った新素材のワイヤーは、耐久性も強度も完璧だ。このままいけば年明けには本格稼働が見えてくる」


「年明け、か」ガルドが静かに言った。「となると、2023年中にはレーザー衛星の大量配備が始められる」


「その通りだ」ジャックが頷く。「今は4基体制だが、エレベーターが本格稼働すれば資材搬入のペースが桁違いに上がる。来年末までに20基以上の配備を目標にしている」


コモンが補足する。「エレベーターが稼働すれば、高出力レーザー迎撃衛星などを大量に宇宙空間へ配置できるようになる。隕石の迎撃体制が一気に整うはずだ。現在の4基では、12個すべてに対応するには明らかに不足している。20基でも、シミュレーション上ではギリギリの数字だ」


「20基でギリギリ……」ガルドが息を吐く。


「だからこそ、ネクサス大学の研究も重要になる」コモンが続けた。「既存の迎撃技術を超える何かが、学生たちの研究から生まれるかもしれない。ATLASも引き続き観測を続けているが、12個のうち3個については木星の重力影響で軌道が変動する可能性がある。最悪のシナリオも想定しながら動く必要がある」


「ATLASの観測精度はどうだ?」ガルドが問う。


「改良版への換装から半年が経過し、安定している。軌道予測の精度も向上した。ただし、隕石群の相互引力による軌道への影響は、まだ計算モデルに不確定要素が残る。」


「改良の余地ありね」リリィが苦笑した。


---


【地上の状況】


「地上の災害対策やシェルターの状況はどう?」リリィが尋ねる。


コモンが画面を切り替えた。「地震対策のプレートダンジョンも、タイフーン対策のクジラゴーレムたちも安定して稼働中だ。特にタイフーンシーズンの東南アジアでは、クジラゴーレムによる台風の勢力分散が初めて実用水準で機能した。現地の気象機関から正式な協力要請が来ている」


「具体的には?」ガルドが聞いた。


「フィリピンとベトナムの気象局が、クジラゴーレムの運用に関するデータ共有を求めてきている。今後は観測データを双方向で共有することで、台風予測の精度向上にも繋げられるかもしれない」


「シェルターダンジョンの方はどうだ?」ガルドが問う。


「AIゴーレムたちがオーナーのカスタマイズ要望に順次対応している。ダンジョン間の転移門リンクの申請も増えており、地下の富裕層コミュニティも独自の発展を始めているな。4月の段階で農作物の融通という話があったが、今月に入って独自の通貨体系を設けようという動きが出てきた」


「通貨体系?」リリィが眉を上げた。


「地上の法定通貨とは別に、シェルター間の取引用に独自のポイントシステムを設けたいというオーナー側の提案だ。介入するかどうかは、もう少し様子を見てから判断したい」


「そうね。急いで規制する必要はないわ。ただ、透明性だけは確保させておいて」


「了解した」


---


【締めくくり】


リリィは立ち上がり、力強く全員を見渡した。


「地上を固め、宇宙への道を作り、そして未来の地球を守る人材を育てる。私たちのやってきたことが、すべて巨大隕石の迎撃という一つの目標に向かって集束しつつあるわ。来月の第一回研究発表会は、その試金石になる。楽しみにしながら引き続き全力でいきましょう!」


「了解!」全員の声が力強く響き渡った。


---


「ニャ~! 会議が終わったなら、秋の味覚のお祭りニャ!」


ずっと静かにしていたマーガレットが、尻尾を揺らして立ち上がった。「マモルが、日本の『焼き芋』と『栗ご飯』を用意してくれてるニャ! 焼き芋は蜜が出るまで焼いたやつがいいニャ!」


「わかってますよ。石焼き芋で、ちゃんと蜜が滲んでるやつです」マモルが笑いながら立ち上がった。「栗ご飯は土鍋で炊いたやつで、炊きたてです」


「ニャオ!!」マーガレットが一瞬で椅子から飛び降り、キッチンの方へ走り出した。


ガルドが静かに立ち上がりながら、ぽつりと言った。「……栗ご飯、嫌いじゃない」


「知ってますよ」マモルが笑った。「去年の秋も、おかわりしてたじゃないですか」


ガルドが一瞬だけ固まり、それからそっぽを向いた。「覚えていたのか」


「全部覚えてますよ。ガルドさんの好きなものは、全部把握してます」


ジャックが腹を抱えて笑い、コモンが小さく微笑んだ。リリィはその光景を眺めながら、温かいコーヒーを一口飲んだ。


秋の深まりを感じるニューヨークの拠点に、温かな笑い声が響き渡っていた。来月、学生たちに巨大隕石の真実を告げるという重い仕事を前にしながらも、今夜だけは焼き芋の甘い香りと仲間の笑い声が、すべてを包んでいた。

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