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第162話 ネクサス大学 第一回研究発表会 2022.12

 開校から一カ月後、ネクサス大学アメリカ校区にて


 司会のコモンが言う

「ただいまより、ネクサス大学 第一回研究発表会を開催いたします。」


 リリィ学長が壇上に立つと、天空ダンジョンの大講堂がしんと静まり返った。


 普段はどこか飄々とした雰囲気を纏う彼女だが、今日ばかりは違う。白衣の裾をわずかに揺らしながら、正面のスクリーンに映し出された一枚の画像——深宇宙を切り裂くように迫る巨大な岩塊——を、静かな目で見つめていた。


「皆さんに現状をお伝えします」


 その声は凪いでいた。嵐の前の海のように。


「観測データによれば、問題の隕石は12個、大小ありますが、平均して直径およそ八十キロメートル。衝突まで、残り三年と少し。もし何も手を打たなければ、地球上のあらゆる生命が存続できなくなります」


 講堂の空気が重くなる。


 リリィは続けた。


「ネクサス大学では、天空ダンジョンなので魔素があります。つまり、皆様のアバターが魔法を行使できるということです。ネクサス大学内ではどこでも研究フィールドとして魔法を活用できます。そして、各校区が、それぞれの強みを活かした研究に取り組みます。今日は、その内容を共有したいと思います。第一回研究発表会です。ジャック、あなたから説明を。」


【アメリカ校】


ジャックは、軽く肩をすくめて立ち上がった。いつもの調子で口を開く。

「まずアメリカ校区ですが、俺が講師で、アーロンが特別講師ってことになった。研究テーマは、AIゴーレムの宇宙展開だ。」


 ざわっ、と講堂が揺れた。


「宇宙空間で自律稼働できるAIゴーレムを作る。操縦者なしで判断して、動いて、戦える。まあ、平たく言えば巨大ロボットアニメの機体だ。つまりガ〇ダムだ」


 ジャックが笑うと、学生たちの数人がくすりと笑い、残りは目を輝かせた。


「研究課題は三つ。AIゴーレムの巨大化——どこまで大きく作れるか。硬化——どれほどの強度を持たせられるか。そして高速化——宇宙での機動をどう確保するか。うまくいけば、直接ぶつかって隕石を砕けるかもしれない。もちろん、砕いた破片が地球に降ってきたら本末転倒だから、その後の処理まで含めて考えてる」


 コモンが隣でメモを走らせながら、小声でつぶやいた。


「……アーロンが特別講師って、あの人、ゴーレム工学の第一人者じゃ……」


「そ」とジャックは短く答えて座った。「だから俺が頼んだ」


【インド校】

次のスライドが切り替わる。幾何学的な光の網、無数の線が折り重なる巨大な図形。


リリィ

「インド校のテーマは、魔法陣工学です。研究課題は、魔法陣の限界への挑戦です。どこまで大きくできるか。どこまで小さくできるか。そして——なぜ魔法陣はそもそも機能するのか、という根本的な問いも並行して追っていきます。」


「目標は——隕石よりも大きな魔法陣の展開です。それが実現できれば、転移魔法陣によって巨大隕石を太陽系外に転移できるかもしれない」


 リリィは一拍置いた。


「"かもしれない"が多い話ですが、それが研究というものです」


【日本校】


「グネル。日本校の話は、あなたにしてもらいましょうか」


グネル

「はい。えっと、日本校区のテーマはダンジョンコア部門です。テーマは、ダンジョンコアで作れる世界の限界を探ること。それに尽きます」


 グネルは静かに、しかし確かな熱を持って話し始めた。


「ダンジョンコアが生み出す異空間は、内側にはかなり大きな広がりを持てます。もしその広がりを巨大隕石を飲み込めるほどのスケールに拡張できれば——隕石をダンジョンの内側に閉じ込めることができます。つまり、ダンジョンを罠として使う、ってことです」


「ただ、問題は、宇宙空間でどうダンジョンコアを展開するか。重力も大気もない環境で、コアが機能するのかどうか。そもそもそんなことが可能なのか。可能だとすれば、何が条件になるのか——それを一から研究しています。」


---


【オーストラリア校】


マーガレット

「オーストラリア校区は、環境魔法工学部門ですニャ」


 スライドに映し出されたのは、青く輝く球体——宇宙空間に浮かぶ、巨大な水の塊だった。


「発想の出発点は、海面上昇の問題ですニャ。近年、海水面は年々上がり続けている。ならば、海水を宇宙に送り出すことで二つの問題を同時に解決できないか——というアイデアから始まりましたニャ」


 スライドを進める。


「海水を宇宙に送り凍結させ、隕石を上回るほどの巨大な氷の塊を作る。それをロケットなどで制御して、隕石の軌道に配置し、衝突させることで進路を変える——これが研究の核心ですニャ。これを『海水の月』と呼んでいますニャ」


 マーガレットがしっぽを揺らしながら静かに言った。


「スケールが途方もない。海水をどうやって宇宙に運ぶか。宇宙エレベーターで送れるのか?氷をどうやって集めるのか。完成した『海水の月』にロケットは付くのか?どう制御するか。解かなければならない問題が山積みですが、オーストラリア校の学生たちは意気軒昂ですニャ。」


【南アフリカ校】


ギルスが立ち上がる

「南アフリカ校区は、魔法新素材・エネルギー工学部門です。テーマは——核爆発の封印です。核爆弾が爆発する際に発生する熱——それを結界で閉じ込め、高温プラズマの巨大な塊として維持する。それを隕石にぶつけることで、隕石を分解させる計画です。」


「結界でプラズマを閉じ込めることができるのか?通常の結界では、あの温度に耐えられない。だから魔法新素材の研究が必要になる。どんな素材なら、どんな結界なら、あの熱を内側に保てるのか。それを研究しています。」


【イギリス校】


 最後のスライドは、不思議なことに——何も映っていなかった。


 真っ白な画面だけが、大講堂に浮かんでいる。


ホー博士が一歩出て言う。

「イギリス校のテーマは、宇宙の真理の探究です。」


「研究は、問いを立てることから始まります。空間とは何か。その問いに対して、何をどのように研究すれば答えに近づけるか——まず学生たち自身に考えさせることが、最初の授業でした。


 次の問いは、この天空ダンジョンは、なぜ飛行機にぶつからないのか。現実には存在するのに、現実の物体をすり抜けている。これは本当に"幻"なのか。


 そして、地球全体が天空ダンジョンの中に入れば、隕石が素通りするのではないか——です」


「地球が幻になれば、隕石はぶつからない。これが、イギリス校の当面の研究課題です。」


 説明が終わり、スライドが消えた。


 講堂はしばらく沈黙していた。


 リリィは全員の顔を、ゆっくりと見回した。

「六つの校区が、六つの方向から、一つの問題に挑んでいます。どれが正解かはまだ誰にもわからない。ひょっとしたら、どれも部分的にしか機能しないかもしれない。あるいは組み合わせることで、初めて答えになるかもしれない。」


 リリィは微笑んだ。学長としてではなく、一人の研究者として。


「皆さんが、その組み合わせを考えてくれることを、私は期待しています。」


司会のコモンが言う。

「第一回研究会は、これで終わります。」


 講堂を出たあと、リリィ、ジャック、コモン、マモル、マーガレットの五人は、天空ダンジョンの回廊に並んで立った。


 眼下には、雲の切れ間から都市が見えた。まるで何も知らないかのように。


「……三年か」ジャックがつぶやいた。


「三年と少し」とコモンが訂正する。


「大して変わらないだろ」


「変わります」


 リリィは何も言わなかった。ただ地球を見て、それから空を——隕石がやがてやってくるはずの、深い宇宙の暗闇を——静かに見上げた。

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