第六十四話 あたしなりの答え
みんなが帰った後、あたしは、一人、稽古場に残って、これまでのことを、ゆっくりと振り返っていた。
「憧れの首都に行くための手段として、女優をやっとるんか。それとも、女優として頂点を極めるために、首都に行きたいんか」
あの日、アメリアに投げかけた問い。答えは、まだ、出ていなかった。
*
「一人で何ブツブツ言うてますの」
いつの間にか、セレナが、稽古場の入り口に立っていた。
「うわ、いつからおったんや」
「今来ましたわ。何か、考え事?」
「まあ、ちょっとな」
「珍しいですわね、あなたが悩むなんて」
「悩む時くらいあるやろ、あたしにも」
「常に自信満々な印象しかありませんでしたけど」
「その印象、地味に傷つくんやけどな」
*
「あたし、結局、キラキラした首都の生活に憧れて、そのために女優やってるだけなんか。それとも、女優としてもっと上、目指したくて、その先に首都があるだけなんか。まだ、よう分からんままなんよな」
「それ、今、答えを出さなければいけませんの?」
「せやんな。アメリアにも、同じこと言われたわ」
「彼女、良いこと言いますわね」
「あんたも、彼女推しなんかい」
「そういう話ではないと思いますけど」
*
「一つだけ、言わせてもらってもいいかしら」
セレナが、そう言うと、あたしは、少し身構えた。
「なんや」
「首都の生活だけが目的なら、あなた、もっと違うやり方、選んでたはずですわ」
「例えば?」
「玉の輿とか」
「なんでや!」
「あら、真剣に検討したことないんですの?」
「そんな人生設計、思いついた瞬間に自分にビンタしたいレベルやわ!」
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「あなたが、あんなに稽古熱心で、あんなに舞台に立つことに、命賭けてるみたいに見えるの。あれは、演技そのものが、好きだからだと思いますわ」
その言葉に、あたしは、思わず、頬が熱くなるのを感じた。
「な、なんや、急に、まともなこと言うから、調子狂うやんか」
「照れてますの?」
「て、照れてへんわ!」
「顔、赤いですけど」
「照明のせいや!」
稽古場の照明は、いつもと変わらない、ただの白い光だった。
*
「まあ、結局」
あたしは、少し咳払いをしてから、続けた。
「演技も好きやし、首都への憧れも、まだ捨てきれてへん。その両方、抱えたまま、やっていくしかないんかもな」
「それで、いいと思いますわ」
「あんたに認めてもらえると、なんか、安心するわ」
「私は、あなたの何でもないですけど」
「何でもないのに、こんな時間まで、付き合ってくれとるやんか」
「それは、まあ……推しの悩みくらい、聞きますわよ」
その一言に、あたしは、思わず、聞き返した。
「今、推しって言うたな」
「言いましたわ。それは、否定しません」
「そこは開き直るんかい!」
「推しの定義に、恥ずかしがる要素、特にありませんし」
「その言い方、なんかツンデレの新形態やな」
「ツンデレとは、また違う気がしますけど」
あたしは、少し、頬が熱くなるのを感じた。「推し」という言葉自体は、そこまで重い意味を持たないはずなのに、セレナの口から、真顔で言われると、なぜか、妙に照れくさかった。
「あたしが、あんたの推しって、それ、なんか、こそばゆいわ」
「今更ですの? 前々からそう言ってましたけど」
「あんたまで、その言い方、ミアと似てきとるで」
「彼女の影響ですわ、たぶん」
「うちの劇団、影響力すごいな、逆に」
*
「まあ、なんにせよ」
あたしは、窓の外の、夜の街を、しばらく眺めた。照れ隠しに、もう一度、咳払いをする。
「今のあたしのままで、ゆっくり進んでいくことにするわ」
「それが、一番、あなたらしいと思いますわ」
「らしいって、便利な言葉やな」
「便利だけど、事実ですわよ」
あたしたちは、そのやり取りに、揃って笑いながら、稽古場を後にした。
答えは、まだ、はっきりとは出ていない。だが、それでいいのだと、あたしは、今は、そう思えるようになっていた。
もっとも、今日の照れくささだけは、しばらく、忘れられそうになかった。




