第五十九話 金翼座の舞台に立つ
本番当日、金翼座の劇場は、銀月座とは比べ物にならないほど、豪華な内装だった。
「ここで、あたし、大丈夫なんかな……」
あたしは、楽屋の鏡の前で、少し弱気になっていた。
「今更、緊張してますの?」
セレナが、そう声をかけてきた。
「今更やないわ。むしろ、今が一番、緊張のピークやで」
「らしくないですわね」
「らしくなくてもええやろ、こういう時は!」
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本番、あたしの出番は、物語の中盤、コミカルな空気を作る役どころだった。
「まあ、あなたのことよ。任せておけば大丈夫でしょう」
セレナの、その一言を背に、あたしは、舞台へと足を踏み出した。
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金翼座の格式高い舞台の上で、あたしは、いつも通り、思い切って、演技をぶつけた。
「愛とは、かくも残酷なものね……」
そのセリフを、あえて、大仰に、そして少し外して言ってみせた。すると、客席から、思わぬ笑いが起きた。
「セリフ噛んでるぞー!」
いつものヤジが、この格式高い舞台でも、しっかり飛んできた。金翼座の常連客の中にも、噂を聞いて楽しみにしていた人がいたらしい。
「噛んでへんわ!誰がやねん!」
その切り返しに、客席が、どっと沸いた。
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舞台袖で見ていたセレナの後輩たちが、驚いた顔をしていた。
「本当に、あんな感じの人が、うちの舞台に出るんですね……」
「でも、なんか、客席の空気、いつもより柔らかくなってません?」
その反応に、セレナは、満足そうに、小さく頷いていた。
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あたしの出番が終わり、舞台袖に戻ると、共演した金翼座の劇団員たちが、口々に、声をかけてきた。
「すごく良かったです!」
「あんな自由な演技、初めて見ました」
「自由て、単に台本から逸脱しとるだけやと思うけどな」
「それも含めて、魅力的でした」
あたしは、その言葉に、少し面食らいながらも、素直に嬉しくなった。
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終演後、セレナが、あたしのもとに、駆け寄ってきた。
「どうでしたの、初めての、うちの舞台は」
「緊張したけど……楽しかったわ、正直」
「それは、良かったですわ」
「あんたの劇団、格式高いだけやなくて、みんな優しいんやな」
「私が、そう育てましたのよ」
「今、地味に自慢してきたな」
「事実ですもの、ホホホ」
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その夜、あたしは、この日のことを、映え板に投稿した。
『初めて、他の劇団の舞台に立ちました。緊張したけど、楽しかったです』
コメントは、すぐについた。
『金翼座の舞台に立つの、想像できなかったです』
『格式高い舞台でも、いつも通りだったんですね』
『でも、なんか、いい経験になったみたいで良かったです』
「せやろ。あたし、どこに行っても、あたしのままやからな」
あたしは、そう呟きながら、この日の経験を、静かに、胸の中にしまい込んだ。
こうして、あたしは、また一つ、新しい舞台を、自分のものにしていった。




