第五十五話 本番直前、大惨事
フェス本番当日、朝から、あたしは、嫌な予感に包まれていた。
「なんか、喉の調子、悪いんやけど」
起きてすぐ、あたしは、声のかすれに気づいた。
「よりによって、今日か……」
*
劇場に着くと、さらに、追加のトラブルが待っていた。
「衣装、ボタンが取れてる!」
ノエルが、慌てた様子で、そう報告してきた。
「え、いつからそんな状態やったんよ」
「昨日までは、大丈夫だったはずなんですが……」
「はずて! 今日、本番やのに!」
*
「落ち着いてください」
ミアが、冷静に、そう声をかけてきた。
「ボタンなら、応急処置します。裁縫道具、持ってきてるので」
「ミア、そんなもんまで持ち歩いとるんか」
「備えあれば憂いなし、です」
ミアの手際の良さに、あたしは、素直に感心した。
「ありがとうな、ミア」
「べ、別に、これくらい、大したことじゃないです」
「今、素直に感謝したら、素直じゃない返事、返ってきたわ」
「それが私です」
*
「喉の方は、どうするの」
アメリアが、心配そうに、そう尋ねてきた。
「分からん。声、あんまり出んくなってきてる」
「無理に出そうとしたら、余計悪化するわよ」
「けど、本番、あと少しやで」
その時、バロウが、蜂蜜を持って、駆け込んできた。
「これ、飲んどけ。喉に効くらしい」
「バロウ、こういう時だけ頼りになるやんか」
「こういう時だけって、失礼だな」
*
なんとか喉の調子を整え、衣装の応急処置も終えたところで、開演の時間が迫ってきた。
「本当に、色々あった一日やな」
「まだ本番、始まってもいないけどね」
アメリアの、その一言に、あたしは、思わず苦笑した。
「せやな。本番前から、もうこんなんやったら、本番中、何が起きるやら」
「あまり、フラグ立てないでほしいんだけど」
「フラグて! あたしの人生、フラグ回収率百パーセントやぞ!」
*
舞台袖で、あたしは、深呼吸をしながら、これまでの騒動を振り返った。
喉の不調、衣装の不備、それぞれに対応してくれた仲間たち。
「なんか、今日だけで、うちの劇団らしさ、全部詰まってたな」
「ある意味、本番前の余興として、悪くなかったかもしれないわね」
アメリアが、そう笑った。
「余興て、こっちは本気で焦ってたんやけどな」
「その焦り方も、含めて、うちの劇団らしさでしょ」
その言葉に、あたしは、少しだけ、気持ちが軽くなった。
「よし、いくで、みんな」
「はい!」
劇団員全員の、揃った返事を背に、あたしたちは、いよいよ、フェスの舞台へと、足を踏み出していった。




