第五十三話 それぞれの練習風景
フェスに向けて、各自、個人練習に励む日々が始まった。
「ミア、舞台美術の絵、任せたで」
「別に、任されたくて描いてるわけじゃないですけど」
ミアは、そう言いながらも、丁寧に、舞台背景の下絵を描き進めていた。
「これ、めっちゃええやんか!」
「そんなに褒めなくていいです」
「褒めたいから褒めとるんよ」
「照れます」
「今、素直に照れたやろ」
「照れてません」
*
一方、ノエルは、発声練習に、余念がなかった。
「あ、え、い、う、え、お、あお!」
「ノエル、なんかその発声、逆に不安になるんやけど」
「感動シーン用の、新しい発声法なんです!」
「感動シーンに、そんな独特な発声、必要か?」
「必要です! たぶん!」
「たぶんて」
*
アメリアは、いつも通り、静かに、台本を読み込んでいた。
「アメリア、あんたの練習、いつも地味やな」
「地味でも、確実に積み上げてるつもりよ」
「地味って言われて怒らんとこ、あんたの余裕感じるわ」
「怒る気力も、もったいないから使わないだけ」
「その言い方、なんか含みあるな」
「気のせいよ」
*
あたし自身は、鏡の前で、これまでの人生で一番、気合いの入った発声練習をしていた。
「愛とは、かくも残酷なものね……」
その様子を、遠くから見ていたガスが、ぼそりと呟いた。
「相変わらず、無駄に気合い入ってるな」
「無駄て! これは大事な練習や!」
「その練習、本番で毎回、噛んでるだろ」
「今の練習と本番の失敗、話が別や!」
*
「みんな、それぞれのやり方で、頑張ってるんやな」
あたしは、稽古場全体を見渡しながら、そう呟いた。
「あなたも、その中に入ってるつもりなのね」
アメリアが、そう茶化してきた。
「入ってるに決まってるやろ」
「その練習、本番の失敗率、下がる見込みあるの?」
「……たぶん、変わらんと思う」
「正直ね」
あたしたちは、そのやり取りに、揃って笑った。
こうして、それぞれのペースで、フェスへの準備は、少しずつ、しかし確実に、進んでいくのだった。




