第四十六話 アメリア、元同僚に会う
興行街を歩いていた時、アメリアが、急に足を止めた。
「どうしたん」
「あそこにいるの、前の劇団の先輩よ」
あたしは、アメリアの視線の先を見た。上品な身なりの女性が、こちらに気づいて、わざとらしく大きく手を振りながら、近づいてきた。
「あら、アメリアじゃない。お久しぶり」
「お久しぶりです」
アメリアの声が、いつもより、少し硬くなっているのが分かった。
*
「今、どちらの劇団に?」
「銀月座、というところに」
「銀月座……ああ、あの、女優がセリフ噛んで客席にキレるので有名な」
「せや、それあたしです」
あたしが、思わず割り込むと、先輩女優は、あからさまに値踏みするような目で、あたしを見た。
「まあ、噂は本当だったのね。想像より、こう言うのもなんだけど、地味な子ね」
「初対面で値踏みしてくるん、清々しいくらいのマイペースやな」
「あら、失礼だったかしら。もちろん、悪気はないのよ」
「悪気なくその発言できる方が、逆に才能やと思うわ」
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「アメリアも、大変な劇団に移ったのね」
先輩女優が、大袈裟にため息をつきながら、そう言った。
「大変どころか、ここに来てから、毎日楽しいです」
「へえ、そう。まあ、ハードルが下がれば、何でも楽しく見えるものよね」
「まるで、針のむしろから、日向ぼっこできる縁側に引っ越した気分ですわ」
あたしが、思わず口を挟むと、先輩女優は、ぽかんとした顔をした。
「な、何の話?」
「アメリアが前の劇団で、大変な目に遭ってた話です」
「アメリア、そんなこと言いふらしてるの?」
「言いふらしてはいないですけど、否定もしません」
アメリアが、意外にも、きっぱりとそう言った。
*
「衣装に針、仕込まれたこともあったんでしょ」
あたしが、さらに追い打ちをかけるように言うと、先輩女優の顔が、みるみる青ざめた。
「そ、それは、その、若気の至りというか」
「若気の至りで済む話ちゃうと思うで、それ。まるで、殺人未遂を『ちょっとした事故』で片付けるレベルの言い換えやわ」
「殺人未遂は言いすぎでしょう!」
「言いすぎついでに聞くけど、他にも何かやってたんちゃう?」
「な、なんのことよ」
「その反応、絶対他にもあるやろ」
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「アメリア、あなた、こんなガラの悪い子とつるんでるの?」
先輩女優が、話を逸らすように、そう言った。
「ガラ悪いて。あたし、これでも一応、看板女優やねんけどな」
「看板女優が、こんな下品な喧嘩の仕方する?」
「品より実益や。あんたみたいに、上品な顔して裏で針仕込む方が、よっぽど下品やと思うけどな」
その一言に、先輩女優は、言葉に詰まった。
「ち、ちょっと、こんなところで言わないでよ」
「うるさい野次馬女優には、ちょうどええ薬やと思いますけど」
「野次馬て!」
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結局、先輩女優は、それ以上何も言えず、そそくさとその場を去っていった。去り際、聞こえるように、こう呟くのが聞こえた。
「本当に、変な劇団に移ったものね……」
「今の、聞こえるように言うたやろ!」
あたしが、その背中に向かって叫んだが、先輩女優は、振り返らずに足を速めるだけだった。
*
「なんか、あっさり退散したな」
「あなたの追い打ちが、地味に効いてたと思うわよ」
「地味て、直球で刺しにいったつもりやったんやけどな」
アメリアは、その様子に、思わず笑い出した。
「あなたといると、こういう時、変に心強いわね」
「せやろ。あたしのボケと突っ込みで、大抵の相手はひるむからな」
「ボケてる自覚あるのね」
「自覚あるとこが、あたしの強みや」
「にしても、殺人未遂って例えは、さすがに大げさすぎたと思うわよ」
「言葉のインパクトが大事なんよ、こういう時は」
二人で笑い合いながら、あたしたちは、そのまま、稽古場への道を歩いていった。
過去の嫌な記憶も、今のこの賑やかさの前では、あまり大した意味を持たないもののように、アメリアには思えているようだった。




