第四十五話 ミア、舞台に立つ
「ミア、今度の新作、あなたも端役だけど、初めて舞台に立つことになったな」
配役発表の後、あたしは、ミアに、そう声をかけた。
「べ、別に、緊張なんてしてませんから」
「聞いてもないのに、先に否定するの、逆に怪しいわ」
「うるさいです」
*
稽古が進むにつれ、ミアの様子は、明らかにおかしくなっていった。
「ミア、セリフ、また飛んでるわよ」
「わ、分かってます! 今のはわざとです!」
「わざとで飛ばすセリフて、意味分からんわ」
「うるさいです!」
*
「ミアさん、緊張してるなら、正直に言っていいんですよ」
ノエルが、優しくそう声をかけた。
「してません! 絶対にしてません!」
その否定の声が、あまりにも大きく、稽古場中に響き渡った。
「今の声量、緊張の証拠やろ」
「違います!」
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本番前日、あたしは、ミアの様子を見に、こっそり楽屋を覗いてみた。
ミアは、鏡の前で、ぶつぶつと、セリフを繰り返し練習していた。
「大丈夫か、ミア」
「べ、別に、暇だったから練習してただけです」
「暇な人間、鏡に向かって百回もセリフ繰り返さへんやろ」
「数えてたんですか」
「廊下から聞こえてきたんよ、ずっと」
ミアは、真っ赤になって、俯いた。
「……緊張、してます」
「やっと素直になったな」
「今のは、聞かなかったことにしてください」
「もう聞いてもうたわ」
*
本番当日、ミアは、明らかに、いつもより顔色が悪かった。
「ミア、深呼吸して」
「し、してます」
「してないでしょ、それ、息止まってるじゃない」
「うるさいです」
あたしは、そんなミアの肩を、軽く叩いた。
「大丈夫や。噛んでもキレたらええ。それも、うちの劇団のスタイルやからな」
「そんな無責任なアドバイス、いりません」
「無責任やないで。実体験に基づいた、貴重な助言や」
「その実体験、自慢することじゃないですよ」
「今のミア、ツンデレやのうてツンドラやわ。永久凍土並みの冷たさや」
「例えられても嬉しくないです」
*
本番、ミアは、緊張のあまり、案の定、途中でセリフを、盛大に噛んだ。
「あ……あの、その……」
一瞬、稽古場が静まり返る。
「頑張れー!」
客席から、あたしの声が飛んだ。
「うるさい先輩ですね!」
ミアが、思わず、素で言い返した。客席が、どっと沸いた。
*
舞台袖に戻ってきたミアは、まだ、少し顔を赤くしていた。
「なんで、あんな野次飛ばしたんですか」
「せやかて、緊張してる後輩を見捨てられへんやろ」
「見捨てるどころか、余計緊張させられました」
「結果、キレてくれたやん。あれが、うちの劇団の洗礼や」
「洗礼、いらなかったです」
そう言いながらも、ミアの表情は、どこか、達成感に満ちているように見えた。
「まあ、初舞台、お疲れさん」
「……ありがとうございます」
「素直やん、珍しく」
「今のは、聞かなかったことにしてください」
「もう聞いてもうたわ」
あたしたちは、そんなやり取りを繰り返しながら、いつも通り、賑やかに、その日を締めくくった。




