第四十二話 来てもらう側になる
「なあ、セレナ」
稽古場を貸してもらったお礼を兼ねて、あたしは、その帰り道、ふと、気になっていたことを尋ねてみた。
「あんた、首都の劇団に、客演で行ったことあるんやろ。実際、どんな感じなん」
「ああ、何度かありますわ」
「華やかな話、たっぷり聞かせてもらおうか」
「……華やかとは、正直、言い難いですわね」
「え」
「主演の座を巡って、みんな必死。私も、陰口叩かれたり、稽古場で無視されたりしたこと、ありますわ」
「うわ、それ、アメリアが前におった劇団みたいな話やん」
「似たようなものかもしれませんわね。首都は、それが、もっと規模の大きい形で起きてる感じですの」
「まるで、地方の椅子取りゲームが、参加人数だけ十倍になった大会みたいな話やな」
「その大会、絶対誰も得しませんわね」
*
「あと、正直、住むのも大変ですわよ」
「そうなん?」
「人は多いし、物価も高いし。地方から出てきたばかりの子なんて、疲れ果てて帰ってく子も、少なくないですの」
「まるで、憧れの遊園地に朝から並んだのに、開園前に体力尽きて帰る客みたいな話やんか」
「その例え、地味に切ないですわね」
あたしは、その話を聞きながら、少しずつ、自分の中の「首都」のイメージが、崩れていくのを感じていた。
「華やかな生活どころか……単なる、しんどい世界やんか、それ」
「否定はしませんわ」
*
「あたし、今まで、首都に行くことだけが、成功やと思っとった」
あたしが、そう漏らすと、セレナは、少し考えるような顔をした。
「一つだけ、言わせてもらってもいいかしら」
「なんや、改まって」
「本当に価値があるのは、首都に行くことじゃなくて、首都からわざわざ、あなたを見に来る人を作ることだと思いますの」
「……それ、どういうことや」
「私、こう見えて、首都から、私を見にわざわざ足を運んでくれる方が、何人かいますのよ」
「え、そうなん?」
「ええ。向こうで観た演技を気に入って、こっちの舞台まで、追いかけてきてくれる方が」
「マジか。それ、まるで、行列のできるラーメン屋の支店じゃなくて、本店にわざわざ通う客がおるみたいな話やんか」
「なぜ食べ物の話になりますの」
「あたしの中で、一番の褒め言葉やねん、それ」
*
その一言に、あたしは、思わず、大きな衝撃を受けた。
(そんな発想、今まで、一回もなかったわ……)
首都に行くことばかりを考えていた。だが、行かなくても、自分のところに、人が来てくれるくらいになる。そういう道も、あったのだ。
「あんた、ようそんな考え方できるな」
「経験から学んだだけですわ」
「あたし、今まで、視野が狭かったんかもしれんな」
「まあ、それに気づけただけでも、収穫じゃありませんこと?」
「なんや、今日はやたら含蓄あることばっかり言うやんか。柄にもない」
「柄にもない、は失礼ですわよ、ホホホ」
セレナは、そう言いながら、内心では、少し複雑な気持ちを抱えていた。
今言ったことは、決して嘘でも、方便でもない。心から、そう思っている。だが、それと同時に、この話がきっかけで、ヴィクトリアが、まだしばらく、こうして近くにいてくれるかもしれない。そのことに対する、誰にも言えない安堵も、確かに、胸の中にあった。
*
翌日、あたしは、稽古の合間、アメリアに、思い切って、こんな疑問をぶつけてみた。
「なあ、アメリア。あたしって、女優として頂点極めたくて首都目指しとるんかな。それとも、首都に行きたいだけで、たまたま今の手段が女優なんかな」
「急に、哲学的なこと聞くのね」
「セレナの話聞いてから、ずっと考えとってん」
「あなたの場合、たぶん、両方じゃない?」
「両方て、都合よすぎひん、それ」
「都合よくても、事実は事実でしょ」
*
「まあ、確かに、首都のキラキラした生活には憧れとる。それは否定せえへん」
「素直ね」
「けど、演技そのものも、好きなんは、間違いないねん」
「その割に、セリフ、よく噛んでるけど」
「噛むのと好きなのは別問題や!」
「まるで、料理下手な人が『料理は好きです』って言い張ってるみたいね」
「その例え、あたしの十八番、勝手に使うな!」
「最近、あなたの影響で、つい」
「またそのパターンかい!」
*
「でも、正直な話」
あたしは、少し真剣な顔で、続けた。
「首都に行けたら、それだけで満足してしまう自分も、想像できるんよな。演技の中身より、行けたっていう結果の方に、酔ってしまいそうで」
「それは、ちょっと分かる気がするわ」
「セレナは、首都で通用する実力あるのに、地方におる。あれ、たぶん、行くこと自体が目的やないからやろな」
「そうかもしれないわね」
「あたしは、まだ、そこまで割り切れてへん」
*
「まあ、でも」
アメリアが、少し柔らかい表情で言った。
「今すぐ答え出さなくてもいいんじゃない? 演じることも、首都への憧れも、両方抱えたまま、ゆっくり進めば」
「それ、なんか、めっちゃまともなアドバイスやな」
「たまにはね」
「ずっとその調子でおってくれや」
「調子に乗らないでよ」
あたしは、そのやり取りに、思わず笑ってしまった。答えは出なかったが、少なくとも、この葛藤を抱えたまま進んでいくことだけは、腹に落ちた気がした。
首都に行くことだけが、道じゃないのかもしれない。
いつか、首都から、あたしを見に来る人を作る。そんな道も、あるのかもしれない。
まだ、はっきりした答えには程遠かったが、少なくとも、選択肢が一つ増えたことだけは、確かだった。




