第四十一話 稽古場、貸します
「大変や、劇場の屋根、雨漏りしとる!」
ある朝、稽古場に入るなり、あたしは、天井から滴り落ちる水滴を見て、そう声を上げた。
「昨日の嵐のせいだな。修理、しばらくかかりそうだ」
バロウが、困った顔で、天井を見上げた。
「稽古場、使えなくなるってこと?」
「そういうことになる」
「うちの劇団、ほんま何かとトラブル多いな。呪われてるんちゃう?」
「お前のせいだって説の方が濃厚だけどな」
「なんでや! あたしは疫病神か!」
*
途方に暮れていたところ、思わぬところから、救いの手が差し伸べられた。
「聞きましたわ、雨漏りの件」
セレナが、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。
「耳が早いな、あんた」
「業界の噂は、すぐ回りますのよ。もしよければ、うちの稽古場、使ってくださいまし」
「え、ええんか?」
「その代わり、また合同稽古みたいな形にできれば、こちらとしても嬉しいですし」
「まるで、渡りに船どころか、豪華客船が突然迎えに来た気分やわ」
「大げさですわね、ホホホ」
バロウが、その申し出に、ほっとした様子で頷いた。
「助かるよ、本当に」
「バロウ、あんたも一言くらい気の利いたこと言えや」
「いや、普通に感謝の言葉だっただろ、今の」
「地味すぎるんよ」
*
その日から、しばらくの間、銀月座は、金翼座の稽古場を間借りすることになった。
「広いなあ、ここ!」
あたしは、金翼座の稽古場の広さに、思わず声を上げた。
「うちの稽古場、あなたたちの倍以上ありますもの」
「うらやましいわ、こんな環境で稽古できるん」
「その代わり、格式やしきたりも、あなたのところの倍以上ありますけどね」
「それはそれで、しんどそうやな。まるで、豪邸に住んどるけど、家訓が壁一面に貼ってあるみたいな話やろ」
「家訓、貼ってませんわよ、さすがに」
「例えの話や」
*
稽古の合間、ミアが、金翼座の設備を、興味深そうに見て回っていた。
「衣装部屋まで、こんなに広いんですね」
「羨ましいか?」
「別に、羨ましくなんかないです」
「その顔で言われても、説得力ないで」
「うるさいです」
「まるで、鼻血出てるのに『ただの汗です』って言い張っとる子供やな」
「例えられなくていいです」
その様子を見て、セレナが、小さく笑った。
「賑やかな子たちですのね」
「まあ、うちの劇団、そういうとこあるからな」
「あんたのとこの子ら、みんな上品すぎて、逆に緊張するわ」
「あら、それは光栄ですわ」
「褒めてへんのやけどな、それ」
*
稽古場を借りている間、あたしとセレナは、これまでより、少し話す機会が増えた。
「こうやって、あんたと一緒に過ごす時間、増えたな」
「そうですわね」
「悪い気はせえへんわ」
「私も、同じ気持ちですわ」
その返事に、あたしは、少し意外な気持ちになった。
「あれ、今、ホホホ言わへんかったな」
「た、たまにはそういう日もありますのよ、ホホホ」
「今更取り繕っても遅いで」
*
数日後、劇場の修理が終わり、銀月座は、無事、自分たちの稽古場に戻ることができた。
「世話になったな、セレナ」
「困った時はお互い様ですわ」
「今度は、うちが力になれることあったら、遠慮なく言うてな」
「ええ。その時は、頼らせていただきますわ」
「まあ、うちにできることなんて、賑やかしくらいしかないけどな」
「それが結構、貴重なものだったりしますのよ」
「なんや、今日は素直やな。調子狂うわ」
そう言葉を交わしながら、あたしは、セレナとの距離が、また少しだけ、縮まった気がしていた。
その帰り道、二人で並んで歩きながら、あたしは、ふと、これまで聞いたことのなかった話を、セレナに尋ねてみることにした。




