第三十七話 看板、新調します
「なあ、この看板、そろそろヤバない?」
劇場前を通りかかった時、あたしは、ふと、入り口の看板を見上げて、そう漏らした。
長年の風雨にさらされ、文字はところどころ剥げ落ち、「銀月座」という名前も、今や「銀 座」くらいにしか読めなくなっている。
「まるで、銀座だけの謎の高級劇団みたいな見え方しとるな」
*
その日の稽古前、あたしは、バロウに相談を持ちかけた。
「バロウ、看板、新調した方がええんちゃう」
「言われてみれば、だいぶ剥げてきたな」
「銀座だけ残っとるの、シュールすぎるやろ」
「気づいてなかったよ、そこまでとは」
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劇団員全員で、新しい看板のデザインを考えることになった。
「シンプルに、劇団名だけでいいと思います」
アメリアが、無難な案を出した。
「もっと壮大にせなあかんて! 劇団の紋章を銀色に光らせて、文字は夜空の星がきらめいてるみたいな感じにしたいんよ!」
あたしが、そう提案すると、ガスが、すかさず口を挟んだ。
「予算オーバーだ。デザイナーに発注する予算なんてないし、そんな看板、いくらすると思ってるんだ」
「まだ金額も言うてへんのに!」
「お前の『派手に』は、大抵、予算オーバーする」
「それ、実績に基づく発言やから、否定できひんのが悔しいわ」
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「私、絵を描くの得意なので、デザイン案、描いてみました!」
ノエルが、嬉々として、自作のデザイン案を見せてきた。
だが、その絵は、なぜか、劇団の紋章のはずが、微妙に不気味な生き物のような仕上がりになっていた。
「これ、なんの生き物や?」
「銀月をイメージした、神秘的な生き物のつもりです……」
「神秘の前に、まず、何の生き物か分かるようにしような」
「うっ」
「どこのダンジョンの魔物かと思ったわ。こんなん冒険者が討伐しに来るで」
「ひどい!」
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「私が描きましょうか」
ミアが、そう申し出てきた。
「ミア、絵、描けるんか」
「別に、得意ってわけじゃないですけど。学校で美術専攻してたので、少しくらいは」
そう言いながらも、ミアが描いた案は、思いのほか、シンプルで洗練されたものだった。
「これ、めっちゃセンスええやん!」
「べ、別に、普通です」
「謙遜すな、普通に上手いわ、これ」
「そんなに褒めても、何も出ませんから」
だが、その口ぶりとは裏腹に、ミアは、少し嬉しそうな顔をしていた。
*
結局、看板のデザインは、ミアの案を軸に、多少の装飾を加えたものに決まった。
「これで、しばらくは、銀座だけの謎の劇団って言われんで済むな」
「それ言ってるの、ヴィクトリアさんだけだと思います」
ノエルが、そう苦笑した。
数日後、新しい看板が、劇場の入り口に掲げられた。
「銀月座」の文字が、久しぶりに、くっきりと読める形で戻ってきた。
「ええ感じやんか」
あたしは、その看板を見上げながら、なんとなく、清々しい気持ちになっていた。
もっとも、この看板も、また何年後かには、同じように剥げていくのだろうと思うと、少しだけ、時の流れの早さを感じずにはいられなかった。




