第三十五話 先輩、頑張る
「ミアさん、この動き、私も最初苦手だったから、一緒に練習しよ!」
稽古場で、ノエルが、ミアに、そう明るく声をかけていた。
「べ、別に、一人でできますから」
「そう言わずに! 先輩として、ちゃんと教えたいから!」
あたしは、その様子を、少し離れた場所から、興味深く見守っていた。
(ノエルも、いつの間にか、先輩ヅラするようになったんやな)
*
「ノエル先輩、その動き方、なんか違う気がします」
「え、そうかな。もう一回、見本見せるね」
「もういいです、自分でやります」
「そんな、遠慮しないで」
「遠慮じゃなくて、単純にノエル先輩の教え方が下手なだけです」
「うっ」
ノエルが、思いのほか的確な指摘に、少しよろめいた。
*
休憩中、あたしは、思わず、口を挟んでしまった。
「ノエル、そんな時は、こう言い返すの。『あなたも最初は下手だったでしょ』って」
「そんな、直接的なこと言えないですよ」
「なんでや。的確な例えで返すのが、一番効くんやで」
「ヴィクトリアさんの真似は、私には無理です……」
「まるで、初心者にいきなり『黄金の後方宙返り台詞回し』教えようとする指導者やな、あたし」
「なんですか、その必殺技みたいな名前」
*
数日後、ミアが、珍しく、自分から相談を持ちかけてきた。
「あの、ノエル先輩の言ってた発声法、もう一回、教えてもらえますか」
「え、いいの?」
「べ、別に、他に聞く人いないだけです」
「嬉しい! もちろん教えるよ!」
ノエルが、嬉しそうに、丁寧に教え始めた。ミアは、口では文句を言いながらも、素直に、その指導を受け入れていた。
*
その様子を見て、あたしは、少し感慨深い気持ちになった。
「なんか、先輩後輩の絆、育ってきとるやんか」
「絆とか、大げさです」
ミアが、すかさずそう否定した。
「いや、大げさやないやろ。この前まで、あんな刺々しかったのに」
「刺々しくなんかありません」
「うちのツンデレラは今日も絶好調やわ」
「変なあだ名つけないでください!」
*
その日の帰り際、ノエルが、あたしに、こっそり耳打ちしてきた。
「ミアさん、最近、少しずつ心開いてくれてる気がします」
「せやろな。ノエルの根気強さの勝利やで」
「ヴィクトリアさんのおかげでもありますよ。最初に、あの子の扱い方、教えてくれたので」
「あたしは、何も教えてへんけどな」
「いえ、背中で教えてくれてます、色々」
「背中で語るとか、まるで無言で歩き方だけ見せてくる、謎の武道家やんか」
あたしは、そう突っ込みながらも、まんざらでもない気持ちで、稽古場を後にした。
銀月座の先輩後輩関係は、今日も、それぞれのやり方で、少しずつ育っているようだった。




