第三十一話 ガスの過去
「なあ、ガス」
舞台の片付けをしている最中、あたしは、ふと声をかけた。
「なんだ」
「最近、みんなうまなってきてると思わへん? ノエルも、アメリアも」
「そうだな」
「あたしも、負けてられへんわ」
「お前は相変わらずだけどな」
「うっさいわ」
*
「そういえば、ガスって、昔から裏方志望やったん?」
あたしが、何気なくそう尋ねると、ガスは、少し珍しい間を置いてから、答えた。
「いや、昔は、役者やってた」
「え、ガスが!?」
あたしは、思わず声を上げた。
「まるで、猫がいきなり犬の真似してたって言われるくらいの驚きやわ」
「その例え、失礼すぎるだろ」
「悪気はないんよ、ほんまに」
*
「若い頃、それなりに真剣にやってたんだけどな」
「それで、なんで裏方に?」
「本番中、緊張しすぎて、毎回、台詞が全部飛んでた」
「全部?」
「全部だ。台本一枚分、丸ごと頭から消える」
「まるで、本番だけ記憶喪失になる不運な役者やんか」
「その例え、そのままな気がするけど」
「細かいこと気にすなや」
*
「ある日の本番、あまりに緊張しすぎて、セリフの代わりに、小道具の説明を延々と語り出したことがあってな」
「小道具の説明?」
「『この剣は、鍛冶職人が三日三晩かけて作った一品で――』みたいな感じで」
「ガイド付きツアーやんか、それ!」
「客も、ぽかんとしてたよ」
「それで、もう役者は無理やと」
「まあ、そうだな。それより、道具の手入れとか、裏方の仕事の方が、性に合ってると気づいた」
*
「今の方が、幸せそうやな」
あたしがそう言うと、ガスは、珍しく、少しだけ表情を緩めた。
「まあな。表に出ずに、支える方が、俺には合ってる」
「意外と、深い話やったな」
「深くはない。ただの、昔の失敗談だ」
「いや、深いで。ガスの中では、あたし史上一番の長台詞やったし」
「そんなに喋ったつもりはないけどな」
「うちの劇団、ほんまに変わった経歴の奴ばっかりやな」
「お前が言うな」
「あたしは変わってへんし、普通の勝利の女やし」
「一番変わってるのはお前だと思うけどな」
あたしは、その一言に、思わず言い返せず、代わりに、少し不貞腐れた顔をしてみせた。




