第三十話 ノエルの大役
「次の新作、ノエルに準主演やってもらおうと思ってる」
稽古前、バロウから、そう告げられた。
「え、ノエルが?」
「ああ。あの子、最近、力つけてきたからな」
あたしは、素直に喜ぼうとしたが、心の奥で、何か引っかかるものを感じていた。
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「ヴィクトリアさん、聞きました! 準主演、やらせてもらえることになりました!」
ノエルが、目を輝かせながら、報告してきた。
「おめでとう。よかったな」
「ヴィクトリアさんのおかげです!」
「あたし、別に何もしてへんけど」
「憧れの人がいたから、頑張れたんです」
その言葉に、あたしは、素直に嬉しい気持ちと、なぜか少しだけ、胸のざわつく気持ちの、両方を感じていた。
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その夜、あたしは、その複雑な感情の正体を、うまく言葉にできないまま、映え板に、こう投稿した。
『後輩の成長、嬉しい限りです』
当たり障りのない一言だったが、それすら、なんだか、自分の本心とズレている気がした。
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数日後、稽古中、ノエルの演技を見ながら、あたしは、あることに気づいた。
(うまなってる……)
以前より、明らかに、安定した演技になっている。あたしのやり方とは違う、丁寧で、堅実な芝居だった。
「なあ、アメリア」
休憩中、あたしは、思わず、隣にいたアメリアに話しかけた。
「ノエルの演技、うまなってきたと思わへん?」
「そうね、確実に成長してるわ」
「あたし、なんか、複雑な気持ちやねん」
「複雑?」
「嬉しいはずやのに、なんか、置いていかれるみたいな感覚もあってな」
アメリアは、少し考えるような顔をした。
「それ、まるで、自分が育てた盆栽が、いつの間にか自分の背より大きくなってた時の気分じゃない?」
「あんたまで例えボケ使うんかい! っていうか、それ、あたしの例えのはずやろ!」
「最近、あなたの影響で、つい」
「その影響、あんまり嬉しないわ!」
*
初日の公演、ノエルは、堂々とした演技を見せた。客席からも、大きな拍手が起きている。
「ノエルさん、良かったですね」
「うちの劇団員も、成長してますよね」
客席から聞こえてくる声に、あたしは、複雑な気持ちのまま、拍手を送っていた。
*
終演後、ノエルが、興奮気味に駆け寄ってきた。
「ヴィクトリアさん、どうでしたか!」
「良かったで。ほんまに」
「ありがとうございます!」
「けど、あんまり調子乗んなよ。あたしの立場が危うなるやんか」
あたしがそう軽口を叩くと、ノエルは、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「まだまだ、ヴィクトリアさんには敵いませんよ」
「そら、そうや。あたしが看板やからな」
あたしは、そう言い切りながらも、内心では、この先輩風を吹かせられる時間も、そう長くは続かないのかもしれない、と、うっすら感じていた。
だが、それならそれで、その時はその時、また別のボケを考えればいいだけの話だった。




