第二十八話 アメリアの過去
「なあ、アメリアって、前は違う劇団にいたんでしょ」
稽古の合間、あたしは、前々から気になっていたことを、ついに尋ねてみた。
「よく知ってるわね」
「バロウがちらっと言ってたわ。ギスギスした人間関係に嫌気が差して、うちに来たって」
「まあ、そうね」
「どんなんだったのよ、それ」
アメリアは、少し遠い目をしながら、話し始めた。
「もっと大きい劇団でね。主演の座を巡って、毎回、裏で足の引っ張り合いがすごかったの」
「まるで、椅子取りゲームで椅子の数より人数の方が多い状態がずっと続いとる感じか」
「それに近いわね」
「地獄やんか! 生き地獄やんか!」
*
「先輩女優なんて、私の衣装に、こっそり針仕込んでたこともあったし」
「針て! どんな寿司職人の意地悪や!」
「寿司職人は関係ないでしょ」
「ネタと違う仕込みしてくるって話やろ」
「いや、そういう言葉遊びの話でもないんだけど」
*
「あと、共演者に、本番中だけわざと台本と違うこと言われたりもしたわね」
「アドリブテロやんか、それ」
「アドリブテロ」
「不意打ちで台本にないこと言われたら、こっちはパニックになるやろ。まるで、レースの途中で急にコースの矢印だけ変えられる感じや」
「例えが独特ね、相変わらず」
*
「そんなこんなで、疲れ果てて、うちに移ってきたってわけ」
「なるほどな。そら、うちに来たら、天国みたいなもんやろ」
「天国は言いすぎだけど……まあ、居心地はいいわね」
「そらそうや。うちには、足引っ張り合いなんて高尚な文化、存在せえへんもん」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる。うちにあるのは、足引っ張り合いやのうて、正々堂々とネタにし合う文化やからな」
「その言い方だと、私が針で刺されるのと、あなたたちにネタにされるの、どっちがマシか分からなくなってきたわ」
「そら、ネタにされる方がマシに決まっとるやろ!」
*
「まあ、でも」
アメリアが、少し柔らかい表情になって続けた。
「あなたのその、変な明るさに、結構救われてる部分はあるわね」
「お、なんや、素直やん」
「たまにはね」
「せやったら、これからも遠慮なく、あたしのボケに付き合うてもらうで」
「それは、もう覚悟してるわよ」
そう言い合いながら、あたしたちは、いつも通り、稽古に戻っていった。




