第十六話 スカウトが来るらしい
「今日の客席に、グランディアの劇団関係者が来てるらしいですよ」
開演前、ノエルが、興奮気味にそう耳打ちしてきた。
「え、ほんまに?」
「バロウさんが、知り合い経由でそう聞いたって」
あたしは、思わず鏡の前で、姿勢を正した。
「今日は、いつも以上に気合い入れんとな」
*
本番、あたしは、これまで以上に、感情を込めて演じた。
「愛とは、かくも残酷なものね……」
声の震わせ方、視線の運び方、細部まで意識して作り込む。
「セリフ噛んでるぞー!」
いつものヤジが飛んできたが、今日ばかりは、あたしは涼しい顔で受け流した。
「噛んでいないわ。動揺なんて、この程度で見せるようでは、女優は務まらないもの」
客席が、一瞬、静まり返った。
「なんか、今日クールやな」
「いつもと違う」
あたしは、心の中で、確信していた。
(これや。これがスカウトに響く演技や)
*
終演後、バロウが、少し困った顔で近づいてきた。
「なあ、ヴィクトリア」
「どうでした! 今日の演技!」
「いや、その、スカウトの件だけど」
「はい!」
「よくよく聞いたら、来てたのは、グランディアの劇団関係者じゃなくて、劇場の空調設備の点検業者だったらしい」
「……は?」
「業者の制服が、劇団関係者の格好と、たまたま似てたみたいでな」
あたしは、しばらく、言葉が出てこなかった。
「点検業者て」
「まあ、空調は無事、点検されたらしい」
「そんな報告、誰も求めてへんわ!」
*
その夜、あたしは、映え板に、複雑な気持ちのまま投稿した。
『今日は、いつもより力を入れて演じました。誰かに届いたなら嬉しい』
コメントは、すぐについた。
『空調点検業者さんには届いたと思います』
『劇場、快適な温度になってそうですね』
『今日だけ演技が変に硬かった理由、分かりました』
「誰が空調に向けて演技したんじゃ! せめて『いい演技でした、心が温かくなりました』くらいの感想よこせ!」
あたしは、思わずそう打ち込んでしまった。
*
翌日、稽古中、ノエルが、慰めるように言った。
「残念でしたね、スカウトの件」
「まあ、次があるから」
「その切り替えの早さ、逆にすごいです」
「あたしは、いつだって前を向いてる女だから」
あたしは、そう言い切りながらも、内心では、少しだけ、へこんでいる自分がいることに気づいていた。
だが、それを認めるのは、性に合わない。
結局、その日も、いつも通りの稽古が、いつも通りに続いていった。
首都への道は、今日もまだ、遠いままだった。




