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勝利を約束された女  作者: 中原九尾


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第十六話 スカウトが来るらしい

「今日の客席に、グランディアの劇団関係者が来てるらしいですよ」


 開演前、ノエルが、興奮気味にそう耳打ちしてきた。


「え、ほんまに?」


「バロウさんが、知り合い経由でそう聞いたって」


 あたしは、思わず鏡の前で、姿勢を正した。


「今日は、いつも以上に気合い入れんとな」



 本番、あたしは、これまで以上に、感情を込めて演じた。


「愛とは、かくも残酷なものね……」


 声の震わせ方、視線の運び方、細部まで意識して作り込む。


「セリフ噛んでるぞー!」


 いつものヤジが飛んできたが、今日ばかりは、あたしは涼しい顔で受け流した。


「噛んでいないわ。動揺なんて、この程度で見せるようでは、女優は務まらないもの」


 客席が、一瞬、静まり返った。


「なんか、今日クールやな」


「いつもと違う」


 あたしは、心の中で、確信していた。


(これや。これがスカウトに響く演技や)



 終演後、バロウが、少し困った顔で近づいてきた。


「なあ、ヴィクトリア」


「どうでした! 今日の演技!」


「いや、その、スカウトの件だけど」


「はい!」


「よくよく聞いたら、来てたのは、グランディアの劇団関係者じゃなくて、劇場の空調設備の点検業者だったらしい」


「……は?」


「業者の制服が、劇団関係者の格好と、たまたま似てたみたいでな」


 あたしは、しばらく、言葉が出てこなかった。


「点検業者て」


「まあ、空調は無事、点検されたらしい」


「そんな報告、誰も求めてへんわ!」



 その夜、あたしは、映え板に、複雑な気持ちのまま投稿した。


『今日は、いつもより力を入れて演じました。誰かに届いたなら嬉しい』


 コメントは、すぐについた。


『空調点検業者さんには届いたと思います』

『劇場、快適な温度になってそうですね』

『今日だけ演技が変に硬かった理由、分かりました』


「誰が空調に向けて演技したんじゃ! せめて『いい演技でした、心が温かくなりました』くらいの感想よこせ!」


 あたしは、思わずそう打ち込んでしまった。



 翌日、稽古中、ノエルが、慰めるように言った。


「残念でしたね、スカウトの件」


「まあ、次があるから」


「その切り替えの早さ、逆にすごいです」


「あたしは、いつだって前を向いてる女だから」


 あたしは、そう言い切りながらも、内心では、少しだけ、へこんでいる自分がいることに気づいていた。


 だが、それを認めるのは、性に合わない。


 結局、その日も、いつも通りの稽古が、いつも通りに続いていった。


 首都への道は、今日もまだ、遠いままだった。

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