魔法と呪いは夜に目覚める
おそらくあと1話で、説明ターンが終わります(>_<)
ここだけは、長くても省きたくなかったのでお付き合いいただけると幸いです(;;)o,☆
僕の情けない姿を見て、的場さんはもう一度、小さく首を横に振って、深いため息をついた。的場さんの背後で気まずそうに突っ立っている八雲に視線を向けると、
「チップスターかと思ったのに」
と愚痴をこぼしながら、非常に居心地の悪そうな顔でキッチンへとぼとぼ引き返して行った。
…チップスター?
「あれ、ど、どうしたんですか?」
予想外の来訪者の出現に、あからさまに動揺した声で尋ねてしまった。僕の間抜けな質問に、的場さんは呆れ果てた表情で僕と、キッチンに向かった八雲の背中を交互に見る。
「君たちの声や物音が、廊下まで盛大に響いていたからね」
「あっ、…すみま…」
「いや。謝罪を要求するために足を運んだのではない。そもそもこのアパートは壁が薄いし、八雲のあの雑な開閉音は日常茶飯事だから慣れている。ただ、なんだか今日は様子が違うんじゃないかと思ってね」
思わずドキリとした僕は、すかさず話を逸らそうと、慌てて口を開いた。
「いや、僕の部屋のエアコンが壊れちゃって、それで八雲の部屋に涼みに来てたんですよ。あはは……。ねっ、八雲」
八雲はチップスターをネットで箱買いしていたらしく、その届け物がようやく届いたのだとと勘違いしていたらしい。彼はすっかり肩を落とし、僕の方など一瞥もくれずに、冷蔵庫の中身を漁り始めていた。…大量のチップスターが見えた気がするが、見なかったことにしよう。
「そんな世間話はどうでもいい。私が知りたいのは、何を深刻に話し込んでいたのか、だ」
的場さんは、かけていたメガネのブリッジをグイッと押し上げ、それから胸の前で腕を組んだ。最悪の展開だ。的場さんに有馬くんに関する一連のゴタゴタを知られたら、間違いなく…確実に怒られる。だが、一度この人のセンサーに引っかかってしまったが最後、もう逃げることはできない。
観念してすべて白状するまで問いが続くことを、過去の経験から嫌というほど知っていた。僕の沈黙と挙動不審な態度が長引くにつれ、部屋の空気は言いようのない重圧に包まれていく。何とかしなければと僕が必死に言葉を探していると、
「律樹が呪いに接触してるよ」
「呪い?」
あっさりと八雲によって暴露された。思わず両手で頭を抱え込んだ。
的場さんは分かりやすく興味を示し、「続きは?」とこちらに視線を移した。
「あっ…そんな大したことじゃないんですけど…」
余計な一言を挟んだ八雲を睨みつけると、八雲はペロッと舌を出して挑発してきた。
「問題をいたずらに先送りしたところで、根本的な解決にはならない。包み隠さず話しなさい。」
的場さんは、硬いフローリングに腰を下ろし、八雲のベッドがある方、僕の真正面に座った。もはや逃げ道は完全に断たれたことを悟った僕は、観念してすべてを打ち明ける決意を固めた。
☆
「はあ……………………」
窓の外のセミの声は、いつの間にかどこか切なさを帯びたヒグラシの合唱へと移り変わっていた。そのヒグラシの鳴き声にも負けないくらい深く大きなため息を、的場さんはゆっくりと吐き出した。ローテーブルに両肘をつき、碇ゲンドウのような体勢で深く考え込んでいた。両鍛え上げられた両腕の筋肉はほどよく引き締まっており、とても見栄えがいい。
…じゃなくて。今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。的場さんは少し体勢を崩した。
「律樹」
「は、ひゃいっ」
「事態は、私たちが想像している以上に深刻化しているようだ。君がただの悪夢だと片付けようとしている駅での粘土人間に関する件だが、おそらくそれは紛れもない現実だ」
室内にぴんと張り詰めた緊張が走る。
「現実……?いや、僕は確かに自分のベッドで眠っていたはず…」
「律樹。君は血肉を持った本当の人間ではないのだよ。君は金星のかけらから形作られた魔法使いだろう。それに、君は昨日、眠りにつくまでの記憶もない」
的場さんは声のトーンをぐっと落とし、言葉を選びながら慎重に話を続けた。僕の背中がヒヤリとし、手がしびれる。この手の感覚も、本物では、ない…。
「僕が魔法使いであることは知ってます。人間じゃないってことも……。でも、それが今の状況と何か結びつくんですか?」
「君は人間ではないから、本当の意味で眠ることはないし、この地球上の生物学的な睡眠も必要ない。私たちはあくまで”振り”をしているだけ。感覚を味わい楽しんでいるだけ。私が自らの肉体を日夜鍛え上げていることもそれと同義だ。これはお分かりかな?」
「はい…」
はい、と言いつつ、一拍遅れてその言葉の意味を理解をしたことに、僕だけが気づいていた。どうやら僕は、地球という惑星の在り方に浸りすぎていたみたいだ。
「つまりだ。君は何らかの偶発的なきっかけによって、結界内部へと自力で侵入し、更に魔法も使っている」
「結界…?」
今度は八雲が驚きを隠せない声色で会話の輪に割り込んできた。
「結界に入るには本来、専用の鍵が不可欠じゃないの?鍵なしで魔物の作った結界に入るなんてできないはずじゃん」
「その通りだ。通常、呪いが呪いを呼び寄せ、形を成すと、その形を成した魔物は周囲に独自の結界を作り、さらに新しい呪いを引き込んで大きくなろうとする。呪いに呼ばれていない私たちは、そもそも結界そのものが見えないし、足を踏み入れることもできない、しかし今回の…」
八雲は、「じゃあ、なんで」と首を傾げ、話を遮るように更なる疑問をぶつけた。
「俺らがキャッツアイに鍵の生成を頼まないと、強制的に結界に扉を作る手段が無いじゃん。なんで律樹はそれをしないで入れたわけ?俺、全然分かんないんだけど」
「だから…」
「待って待って。キャッツアイって、何?」
的場さんが話を続けようと口を開きかけたが、その前に疑問が抑えきれず、今度は僕が、思わず手を挙げて遮ってしまった。
「え?律樹、扉作る時どうやってんの?」
「僕は、鍵職人に連絡して、鍵の生成をしてもらってるよ。そもそも”キャッツアイ”なんて言葉、今初めて聞いたんだけど…あ、あれ、やばい?」
僕たちはこの地球で魔法を使って戦う時、的場さんの言うように、対象となる敵の結界内部へ侵入するためには強制的に扉を作る必要がある。
結界を作る特徴ががあるのは、この惑星特有のものである。なぜなら、この惑星の存在はそれぞれ形を持ち、"個"という強い概念があるためだ。
僕らの中にも、故郷の惑星によっては形を持つ存在はいるが、ずっと一つの形状に固執して存在し続けることは稀であり、ある時は気体になり、ある時は液体へと形を変える存在がほとんどだ。それと比較すると、この地球の存在は、この地球の言葉で言う”一生”の間、その”個”の形を決して手放そうとはしない。僕らに”死”という明確な概念は存在しないが(しいて似たような現象を挙げるとすれば超新星爆発くらいのものかな?もっとも、すぐに別の形で生まれ変わるけど…)、彼らには“個”としての決定的な死が訪れる。
そして、肉体の死を迎えて初めて、彼らは期待や粒子へと還り、僕らの存在の在り方に少しだけ近づくことになる。
こういったわけで僕らはこの地球に来た時、対地球用の魔法の使い方のレクチャーを受けこの惑星へと送り込まれたという経緯がある。僕らの惑星では別に必ず鍵が必要、というわけではなく、状況次第ではあったのだが、地球の存在は”個”という概念があるため、地球で発生した結界に対応するためにはどうしても鍵が必要不可欠となるのだ。
僕らはこの地球という惑星上では、街に設立される魔法使い専用の電話ボックスに入り、それぞれの惑星の鍵職人に依頼する。
この専用電話ボックスは、この惑星の時間における0時を境に受付が開始され、その時間帯にだけ出現する。魔法使いだけが見える仕組みになっており、受付時間が近づくと、近くの看板やポスターの文字などが変化して『どこに電話ボックスを設置してほしいか』の連絡が飛び込んでくる仕組みだ。
僕らは言葉に出して場所を指定し、鍵の生成を依頼する__というのがこれまでの依頼手順だ。
ただ、ここまでの流れは当然のルーティンとしてこなしていたものの、鍵職人がその後実際どうやって鍵を作ってくれているのかは分かんないし、知ろうとも思わなかった。的場さんは目を大きく見張り、小さな声で、「あ、有り得ない…」と絶句した。
不思議と嫌味な響きはなく、純粋に魔法のルールや文化的なギャップに心底驚愕しているのが伝わってきた。
「すまない。今のは私の独り言だ。どうか気にしないでくれ。君には何ら落ち度はない…。というか、いったい君の上司はどういう教育を…」
そもそも僕の惑星の場合、上司とか部下とかの権力構造の概念自体が正直理解できない。みんな一緒だもんなあ。
ひとしきり的場さんが愚痴をこぼした後、自身の唇に人差し指を当ててしばし考え込み、改めて説明を始めた。
「しかし今回の律樹の件は異例だ。…まず、まずだが、私たちが扉を作るには、鍵が必要だね。受付時間は夜中の0時からだ。理由はわかるかな?」
「この惑星では、魔法と呪いの力が真夜中の0時を境にして一斉に目を覚ますからですよね?」
「! そうだ。さらに詳しく説明するなら、この惑星特有の性質として、魔法が使えるパラレルと、呪い、そして人の目には見えないもの……例えばこの地球で妖怪と呼ばれる存在が住むパラレルや、妖精と呼ばれる者たちの住むパラレルなどの多種多様な存在が、普段は綺麗に住み分けを行っているのが、この惑星の大きな特徴だ。だが、真夜中の0時が訪れた瞬間、それらのパラレルの境界線が極めて曖昧になる。だから、呪いの増幅するスピードも速まり、魔法も100パーセント解放できる。
_そして、最もパラレルが入り乱れるのは日蝕。」




