カギの生成機”キャッツ・アイ”
「はい。そこも僕がこの惑星に飛んでくるまでに、的場さんのいうところの上司に教わりました!」
「そうか。あとでその優秀な上司の名前を教えてくれるかな。積もる話が山ほどあるのでね」
「は、はい、いつか…」
まずい。僕の上司が絶対怒られる。ごめん、上司!
「前提は理解しているようだから、本題の鍵の生成プロセスの説明に移ろうか。鍵は、鍵職人に依頼した後、いわば”キャッツアイ”と呼ばれるシステムのようなものに対して、一種のプロンプトのようなデータを送りそれをもとにして自動的に生成されるものなのだよ」
「えっ、てっきり僕、鍵職人が一から作ってるんだと思ってました…。生成?作るんじゃないんですか?あっ!もしかしてそのキャッツアイに鍵職人の熟練の上司が何人か控えている、みたいな……?すみません、全然想像つかないや」
「キャッツアイにはあらゆる豊富な資源が集まっていて、このコロニーのあちこちに漂うかけらや星屑など、そのほとんどはあそこに集められていると噂する者もいる。現状、キャッツアイには独自の明確な意志を持つ存在はいないと言われているよ。この地球で言う、生成AIのようなものだ。キャッツアイには膨大なデータベースを保持していて、正確性が非常に高いため、鍵生成の大部分はあそこで自動処理される。惑星の多くはまず1度キャッツアイで大まかな型を作った後、それぞれの惑星の鍵職人により精密に仕上げてもらうのだ。なぜなら、鍵の精度が不完全だと、結界に対して干渉できる領域が限られてしまったり、そもそも入れないなんてことがあるからね。鍵職人というのは、そのキャッツアイが作り出した粗削りな鍵を、より完璧なものへと昇華させるための職人だ」
「なるほど、き、9.9割理解いたしました」
「無理にすべてを飲み込もうとしなくてもいい。これだけの情報を一気に詰め込んだのだから、混乱するのも無理はない。第一、君の前任の魔法使いの報連相が壊滅的だったことこそが一番の問題だ」
どうやら僕が目を回しているのを察してくれたらしく、フォローまで入れてくれた。的場さんはエアコンの冷気が直撃しているせいで綺麗に整えられたセンター分けの髪が乱れかけているのを丁寧に櫛で直しつつ、さらに話を続けた。
相変わらずそんな的場さんの様子を見てもエアコンの冷風を一向に弱めようとしない八雲は、家の模型の中身をなにやらいじっているようだった。
「さて、キャッツアイの基本的な仕組みについての説明はこれくらいにして、先ほどの話に戻ろうか」
的場さんはもう一度、丁寧にセットされた髪に櫛を通すと、ローテーブルの上に無造作に置かれていたエアコンのリモコンを手に取り、「ピッピッ」と温度設定と風量設定を変えた。まもなくエアコンのゴーっという煩わしい駆動音は消え、代わりに外のヒグラシの鳴き声が穏やかに部屋の中へと流れ込んできた。
「まず、サトルといいう少年に干渉しているのは、おそらく狐のふりをした、そこまで強力ではない別ののろいだろう。そしてサトルは何らかのタイミングで、その呪いがサトルに干渉するため決定的な条件を満たしてしまった」
「そんな…」
的場さんが再び僕に鋭い視線を向けた。
「律樹。君自身、本当の原因がどこにあるのかは、もう薄々気づいているはずだよ。」
八雲もまた、じっと僕を見据えていた。彼らの無言のプレッシャーに晒され、僕はまたしても言葉に詰まり、沈黙がその場を支配した。
「原因は…」
しばらくの沈黙に耐えかねたように息を吐きだすと、僕はようやく腹を括った。
「原因は、おそらく僕自身に対する彼の執着だと思います。」
「うん、私もそのように考えている。律樹がこの件を最初から明確な問題として直視するのをためらっているのも、そして彼の0歪んだ好意を認めることに恐怖心を抱いているのも理解できるが…おそらくこれが原因だと考えるのがスムーズだ。サトルは君に対して相当な熱量で想いを寄せている。君にストーカーをしてしまうほどに」
僕が見ないように、波風を立てずにやり過ごそうと必死で隠してきた部分が容赦なく明るみに晒されていくことに恐怖を覚えつつも、不思議とこの重大な状況を誰かと共有できていることへの大きな安心感も同時に芽生えていた。
なんだか狭まっていた視野が一気に開けたような、画面の彩度がバッと数段階上がったかのような感覚だった。
「そもそも、律樹って普段はそんなに周りに遠慮して自分の魅力をわざわざ抑え込むようなタチじゃないのに、なんで今回に限ってそんなメンドクサイ隠し方をしてたわけ?」
八雲が不思議そうに尋ねた。
「まあ、私たちにとって本来の母なる惑星のかけらとは異なる異質なかけらが自分の中に同居しているということ自体がまずイレギュラーだし、この不慣れな惑星に放り込まれたことも、本来はないことだ。こんなイレギュラーが重なっているのだ。自身の性質や本領が思うように発揮できなくなるのは、仕方のないことだよ。
私の推測にすぎないが、サトルという人間は次に、君に対して何かしらのアクションを起こしてくるはずだ。君はどのような選択をするにせよ、彼との衝突を避けるのは不可能だろう」
「そっか……。でも、心のどこかでは、こうなること、分かってた気がします。それに、実は彼との出生図を合わせてみたんです。この地球に来た時の僕の星回りと、彼が生まれた時の星回りを」
「てことは、やっぱり律樹は気づいてたんじゃん。サトルの歪みをさ。知らなかったなんて言い訳、やっぱり最初から無理あると思ったんだよねえ」
「うるさいなあ」
八雲が茶々を入れてきくる。だが、本当のことをこうして包み隠さず共有できて、僕以外にもこの件を知る誰かいると思えるだけで、胸のつかえが下りるような気がしたし、からかってくる八雲さえ、少し、愛おしく思えるようになっていた。
「とりあえずアクションがあるまで様子見だ。私の読みでは、おそらく小物の集まりだから、結界そのものは完全に安定しきっていない。だからこそ先日、律樹は鍵なしで結界内部に入ることができたのだろうと見ている」
「えっ、なんで。もう魔法使ったほうがいいんじゃないの?原因も、対応が必要そうなことも分かったし」
八雲が目を丸くして異議を唱える。的場さんはそれに静かに首を振ってこう返した。
「呪いが結界を形成し切る前に、魔法を使ってこちらから仕掛けるのはリスクが高い」
「え、なんで?結界できちゃったほうが困るじゃん」
僕もこれには八雲と同じ意見だ。まだ弱いうちに、芽の段階で摘んでおいたほうがはるかに労力が少なくて済むし、大掛かりな技をわざわざ使う必要もない。なのになぜ、わざわざ結界が完成し、多くの人間の呪いや負の感情が蓄積されるのを待ってから動こうとするのか…。僕らは揃って傾げるしかなかった。
「これはあくまで私のこれまでの経験に基づく戦い方だ。
理由としては3つほど挙げておこう。
まず第1に.呪いが十分に集まりきらないうちに小手先で戦っても、いくらでも湧いて出てきてきりがない。私たちの惑星では、こんなに高頻度で呪いが発生することなどまずないから、君たちはどうしても都度排除したくなる気持ちは分かるがね。この地球という場所では呪いの発生頻度が文字通り異常なんだ。いちいちすべて個別に対応していたのでは手間がかかりすぎる。
第2に、呪いが完全な結界をなす前、つまりまだ不安定に肥大化していく途上の段階で戦いを始めると、結界の構造が不安定になっているせいで、本来なら呪いの影響を受けるはずのない人間まで巻き込んでしまう可能性がある。
第3に、私たち魔法使いが決壊の内部でチームを組んで戦うとき、必然的に"時間の歪み"を生じさせることになる。星々の配置を無理やり私たちに有利な位置に操作するためには、このコロニー内に一時的な特異点を作り出さなければならない。もし結界そのものが安定していない状態でそんな真似をすれば、戦いがズルズルと長期化することが見込まれ、予想以上に多くの時間を要することになる。
これが1番まずい。この特異点はやがて周囲の重力を集め始める。その重力は星々を集め、星がまた星を呼ぶ。互いの引力によって引き付け合い、最悪の場合、その結界内にブラックホールが出現してしまう危険性だってゼロではない。私はそれを何としても避けたい。
そして。対照的に、呪いがひとつの結界を成し終えたタイミングを見計らって戦えば、どうだろう?効率は上がり、結界が安定していることで、無関係な人間が巻き込まれる心配もほぼない。チーム一丸となり、魔法を発動させるのも容易になる。何より短時間でさっさと片付けることができるのだ」
うん。効率はいいのかもしれない。的場さんの説明を聞く限り、このアプローチが現時点で最善の選択なのだろうと、頭では理解しているものの、感情のほうがどうしても追いついていかない。やっぱり納得しきれない部分があった。
「頭でも理解してないでしょ」
「はあ?」
「なんか"頭では理解できるが…。"みたいな顔してたから」
…。
「とりあえず。僕は正直、的場さんのそのやり方には同意できないです。だって、結界ができるまでの間に、呪いがどんどん伝染していってしまうんですよ?その過程でもし争いが起きちゃったら……」
「千草が言いそうな言葉だな」
八雲が呟く。
「他に、方法はないんでしょうか…」
「先ほども話したが、他に方法があるなら私も喜んでそっちを選んでいる。事実、私の惑星の魔法使いたちはずっとそうしてきた。
…だが、この地球という場所はあまりにも不可思議な現象が多すぎる。通常のセオリーや判断基準では到底間に合わないのだよ。
それに、この惑星にはなぜ"地球のかけらの魔法使い”がいない?私は千草やツバメと探し回っているがいまだに手掛かりすら掴めない。これほど荒れ果てた様子や凶悪な存在が多いわけでもないにも関わらず、なぜか呪いが形を成すまでのスピードが異常に早い。通常、呪いが形を成し、魔物となるまでは、地球の時間で最低でも半年はかかるはずだ。だが、ここ最近私たちが直面している魔物との戦いはどうだ。そもそも呪いが形を成すまでに2週間すら待たない。このスピードは、よほど荒廃しきった星でなければ本来ありえないはずだ。このアンバランスさが、どうにも私には気持ちが悪くてならないのだ」
確かに、僕らがこうしてこの地に集められているのも、本来であれば"地球のかけらの魔法使い"が僕らを呼び寄せたはずなのに、肝心の魔法使いがどこにも姿を見せないのだ___。




