星たちの作戦会議1
いやな夢で目が覚めた。
有馬くんが、正体の知れない魔物に襲われ、僕が有馬くんを必死に助け出そうともがく夢だ。
夢の中の僕は炎を操っていた。魔法の源は有馬くんに牙を剥く魔物に対する僕の”怒り”だった。
有馬くんに飛びかかり、その顔を喰らおうとする光景を目の当たりにした時、僕は偽物と、誰かの美しさを奪う行為が許せなかった。
夢の中の僕はなにかの声に導かれ、鍵も扉も無しに魔物の結界へと足を踏み入れた。
その声は、必死で救いを求めており、少女の声にも、少年の声にも聞こえたし、大人の声にも聞こえた。何を訴えていたかは定かではないが、とにかく一刻を争う切迫感に満ちていた。
不思議な夢…。
目を覚ますと、僕は自分のベッドの上に横たわっていた。
この厳しい暑さの季節、寝る前は必ずエアコンをつける。(そうでないと、この肉体から不快な汗がとめどなく噴き出してくるのだ。)
しかし、昨夜はどうやらつけ忘れてしまっていたようだ。寝汗でシャツが肌に張り付く不快感を覚えつつ、僕はむくりと起き上がる。
時刻を確認すべくスマホに目をやると、今日は日曜日で、時刻はすでに13時だった。昨日は何時に眠りについたのだろうか。いつものルーティンから23時と過程すると……。
なんて長い時間眠っていたんだ。
13時の、太陽の位置がピークに差し掛かろうとしている今、自室はまるでサウナのように熱気に包まれている。
窓こそ一応開いているものの、よく熱中症で倒れずに済んだものだ、と、くらくらする頭を押さえながらキッチンへ向かった。
昨日一日掃除をしていなかったからか、床がざらついていて気持ちが悪く、さっさとエアコンをつけて掃除を済ませ、快適な空間を取り戻したかった。
「エアコン…エアコン」、と呟きながらリモコンを探す。リビングテーブルの隅に、それは置いてあった。すぐに手に取り、強風で一気に冷やそうとボタンを押す。
このアパートは決して新築でもなければ、備え付けのエアコンも最新ではない。涼しくなるのに最初は少し温風が流れ込んでくるので、まずは23度設定で一気に冷やし、室温が下がったところで27度の弱冷房に切り替えるのが僕のやり方だ。
今日も同じ手法を取ろうと、幾度となくボタンを連打するが、一向に送風口から風が流れてくる気配はない。
「あっつ……。」
頬と背中には冷たいのか生温かいのかわからないような汗が絶えず伝え落ちている。
何度操作しても冷風はおろか、あのうんざりする温風すらも流れないので、仕方がない…。修理に関しては、こういうのは的場さんが得意なので、的場さんに修理依頼を出してもらうことにする。僕は諦めて先にシャワーを浴びることにした。
バスルームへ続く廊下は比較的風通しがよく、自慢の桃色の髪の毛がゆらゆらとなびく程度には風が通っていた。ベッド脇の窓の外には大切に僕が育てている緑が美しく生い茂り、お気に入りの細かいバラの刺繍が施されたシアーカーテンが、葉をかすめた日差しの反射を映しながら静かに揺れている。外からは自転車を漕ぐ音が聞こえ、向かいの一軒家に住むおじさんが、敷布団を布団叩きでバンバン叩く音が和やかだった。
☆
シャワーを浴びて入念にスキンケアを済ませた後、ヘアオイルで髪を整え、控えめな小粒のラメ入りの薔薇の香りがするシッカロールを軽くはたくと、心地よい香りに包まれる。やはり汗を流した後の風は格別に気持ちがいい。
キッチンへと向かった僕は、とりあえずミネラルウォーターで乾ききった喉を潤した。
「誰かいたら、誰かの部屋で涼んじゃお…」
スマホを開いてチャットを確認する。
そもそも僕らはそれぞれ異なる惑星からやって来て、たまたまこの地球に集められただけなので、最初から交友があったわけではない。
この頃(といっても、この地球に到着してからは割とすぐだけど)チャットを頻繁に使うようになってから、徐々に交流が深まってきた。もろもろの連絡は基本的にこのチャットで完結させている。
誰かが外出するとき、グループチャットで報告し合うのがルールとなっており、今チャットを確認すると、的場さん(土星のかけらの魔法使い)と八雲(冥王星のかけらの魔法使い)の2人を除いて、全員が外出中だということが分かった。昨日の時点で各々の予定は共有されていたため予想はしていたが、よりによって僕が得意でない2人が、この危機的状況の中に残っていた。ちなみにスケジュールの共有を提案したのは的場さんだ。(さすがです)
エアコンの故障というハプニング発生時に今選べる選択肢はなかなか緊張感のある選択肢だが、僕の中でどっちの部屋にお邪魔するかは、既に決まっていた。
☆
「……ということで、八雲に相談があるんだけど。」
「…………。なんで僕なのかな。」
「いや、相談しやすいよなって、思っ、て……。」
ミンミンゼミの鳴き声がけたたましく響く日。気温は30度近くに達している。
僕はそんな日にわざわざ冥王星のかけらの魔法使い___日本での名前を時雨八雲の部屋に、訪れていた。
今すぐ事件が起きそうというわけではないが、最近の有馬くんは変なものが憑いているし、女の姿の僕への熱視線も日増しに強くなっている気がしてならない。色々と妙な出来事ことも重なるため、似たような事例に直面しがちな八雲に知恵を借りに来た…というのが、表向きの建前だ。
実のところは単にエアコンの効いた部屋を借りたいだけだ。
相談事は大抵、木星のかけらの魔法使いである千草や水星のかけらの魔法使いのツバメ、火星のかけらの魔法使いであるみなみなどに持ちかけるのだが、あいにく今日は3人とも不在であり、その他の魔法使いも出払っている。八雲以外を考えると、消去法で頼れるのは土星のかけらの魔法使いである的場さんしかいないため、ひじょーに消極的な選択で八雲の元に訪れたのである。
わざわざ相談の体裁を取り繕ったのは、八雲という魔法使いが、明確な用事がないと決して部屋に入れてくれないからに他ならない。現に、経緯を長々と話しているにも関わらず、まだ部屋先から1歩も入れてもらえていない。)
頼りたくて来ている訳では無いが、背に腹は代えられず、渋々僕の抱える問題を差し出す羽目になっていた。
ひとしきりこれまでの経緯を話し終えると、
「分かってると思うけど、僕の解決方法は律樹に合わないよ」
と、彼は言った。彼は僕の訪問に驚きつつも、意外と最後まで耳を傾けてくれた。少なくとも関心はあるらしい。
早く部屋に入れてほしいんだけどな。せっかくの薔薇の良い香りが汗と混ざってしまう前に。
「あっ…うん。それは分かってる。八雲の意見を全て採用するつもりはないんだよね。あくまでひとつの参考にさせてもらおうと思って」
「へえ」
八雲は、うーん、と考える素振りを見せたあと、視線を2、3度きょろきょろ泳がせ、「まあ、話なら聞いてやるか」と、ようやく部屋の中へと案内してくれた。
わずかな冷風で暑さをしのいでいた僕は、入室するやいなや、天国…とウットリした。彼の部屋を見たことも、足を踏み入れたこともほとんどこれが初めてだったが、
驚くことに彼の部屋にはほとんど物が無く、生活感が一切感じられなかった。窓際にベッドがぽつんと置かれ、紫や白の紫陽花が描かれたシアーカーテンで仕切られていた。
部屋の中央には真っ白な丸いローテーブルが据え付けられてある。
フローリングも壁紙も徹底して白く統一され、カーペットの類は敷かれていない。来客用の椅子やソファすら見当たらなかった。僕の部屋と同じ間取りなら、奥にもう1つ部屋があるはず……。視線を向けると、扉らしきものがある。ただしそこは、引き戸にリフォームされており、扉の隣には箪笥が置かれていた。箪笥の上には桃色の屋根の小さな家の模型が飾られており、入口のドアは半開きになっている。いわゆるシルバニアファミリーのグッズなのだろうか。気になって中を覗き込もうと、手を伸ばした瞬間、
「君は人の家のものを勝手に触るタイプなんだ」
と、腕をつかまれ、睨まれた。
「あっ、ごめん。つい。中、見ちゃいけなかった?」
八雲は何も答えず、ただ不敵ににやりと笑って、僕の腕から手を離した。彼の指先は驚くほど体温が低く、きっとこの部屋のエアコンが効きすぎているせいだろうな、などとぼんやり考えていた。
「てか、ホントなにもない部屋だよね、この部屋。失礼だけど、どうやって生活してるの?」
我慢しきれず尋ねてみると、八雲はシアーカーテンをザッと乱暴に開き、自分のベッドにどっかりと腰を下ろした後、「まあ座りなよ」とフローリングの床を顎で指し示した。
僕は床かよ。
ちぇ、と思いつつも家主の言う通りにローテーブルに肘をつき、彼の目の前の床にペタリと座りこんだ。
「君は俺の敵じゃないし、教えてもいいかなと思うから教えるけど、ここは俺の観察する部屋なんだよね」
「観察する部屋?」
「うん。今みたいに、律樹は人の家のもの勝手に触るタイプなんだー、とか」
「すみませんね」
「あとは、最初にどこ座るかな、勝手にベッドに座るやつは論外。それと、訪問相手が帰ったあと、この部屋の状態を見たりするんだ。俺が出した食べ物や飲み物が汚い残り方してるかな、とか」
「……。なんか、僕、なにかやらかしてないかソワソワしてきちゃったよ。僕のこと嫌いになってないよね?」
「んー。許容?かな」
「そうですか…」
八雲はニコニコしたり、かと思えば、次の瞬間には妙に意味深長な瞳でじっと見つめてきたりするから、本心がまったく読めない。
こちらの位置関係的にどうしても八雲を見上げるようなアングルになってしまい、八雲の持つ威圧感が余計に強調される。彼のその瞳は圧倒的な迫力をたたえており、ニーチェの言う”深淵”を覗き込んでいるかのような錯覚にとらわれる。
僕が八雲の胸の内を探ろうと同時に、八雲もまた僕の心の奥底を覗き込んまれているような感覚だ。
「てかまず、サトミ……?だっけ」
「ああ、サトルくんね」
「サトルに憑いてるのはきつねさんなの?」
「いや、違うと思う。ものすごくそっくりなんだけど、わざとらしいっていうか。ここ(日本)は、特に色んな神様?と呼ばれるものがいるけど、なんか……。わざとお稲荷さんっぽくしてる感じだったな。臭いもなんか、ものすごく臭くて。絶対あれ別の何かだよ」
僕なりの分析を伝えると、意外にも彼は食いついてきて、その黒々とした瞳をまっすぐこちらに向けて次なる質問を投げかけてきた。




