奇妙な初デート
律樹と、とうとうバイト先以外で約束を取り付け、デートの機会をゲットした。これは絶対に逃せない機会。何が何でも印象に残らせる。
恋愛は”タイミング”なのだ。
行く道中、話を聞いていると、どうやら俺の認識とは違い、律樹はほとんど俺との会話を忘れていたがまあいい。店へ到着し、律樹をエスコートするように店内に案内すると、横切る時に律樹が俺の顔を綺麗に2度見してきた。さっきまで急いでいたし、横を歩いていたから、今日俺の顔をしっかり見るのはこの時が初めてだったのだろう。さすがに律樹も2度見してしまうような容姿なのだろうなと、我ながら誇らしい。席に通されると、律樹は瞳をきらきら輝かせてさっそくこう言った。
「私、こういうお店初めてです、あ、初めてだなあ」
無理やりタメ語を使おうとして失敗したようで、恥ずかしそうに俺を見て、それから目を逸らした。
「ふふ、いやいいよ。俺たちそんなに話してこなかったから緊張するよね?」
律樹はコクコク頷いて、店内を見て、そのあと俺に視線を合わせ、わくわくしたような表情を見せてくれた。
可愛い…。
正直、俺は今まで心から恋愛をしたことはない気がする。大抵、『まあこれくらいで充分か』と自分を納得させていた気がする。でも律樹は、妥協なんて言葉が初めから存在しなかったかのように、俺の好みドンピシャ、まさに俺が思い描いていた女性だ。何が何でも自分のものにしたくなる魅力がある。一目惚れというのはやはり、条件で判断するような脳で考えるよりも、脳のその更に上の方のセンサーが勝手にこの子に決めてしまう感覚、そういう感覚がある。俺の本能が、この容姿が好きでこの仕草が好きだ。理性が管理する領域を超えている。抗えない。
初めて対面で顔をしっかりと見た。おそらく脈は100を超えていただろう。いつも俺を見ながら別のことを考えているような律樹の瞳が、今は俺を見て、俺だけに集中している。その事実に興奮を抑えられずに、誤魔化すために咳払いをした。
「あの、今日なんで誘ってくれたの?」
律樹が頬をぽりぽりと掻いて、目を合わせづらそうに俺の頬と目を交互に見つめながら聞いてきた。
早速核心を突かれると思わず、言葉に詰まる。簡単に『好きだから距離を詰めたくて誘いました!』なんて言うものではない。初心者にも程があるし、女の子の立場を考えたら急に告白されるのは愛の押しつけで気持ちが悪くなるだろう。俺がイケメンであろうと、それは変わらない。少し考えてから、
「うーん、特に理由は無いかなあ。単純に、話したいと思っただけ笑」
と、恋愛感情なんて無いような素振りを見せた。まあ、この店を選んでる時点である程度察してしまうだろうが、今の俺は判断力が鈍っているため変な回答しかできなかった。回想してみると普通に気持ちが悪いし、みっともない。できれば時間を巻き戻してもっとセンスのある言葉を返したかった。
「そうなんだ!確かに、バイト先で有馬さんと話したことあんまり無いもんね?」
…ある。しかし律樹の記憶に俺はいないようだった。
「佐々木さん、同い年だから下の名前で呼んでもいい??苗字だとなんだか堅苦しくて。」
「うん、いいよ!有馬さんの下の名前は何?」
「シフト表に書いてあるんだけどね笑 サトルだよ」
「あっ、そっか、ごめんなんかさっきから失礼なことばっかりで…」
「いや、いいよ。佐々木さんの下の名前はりつ…りつさんだっけ」
知っているが、何となくしか知らない感を一旦出しておいた方が認知度のバランスが取れるだろうと、情けないプライドで覚えていないフリをした。
「うん、律樹 りつきだよ サトルくんもぼ…私の名前覚えてないじゃん!笑」
2人でけらけらと笑う。そうしているうちに、1品目が出された。軽めのコース料理なので品数も少ないはず。メイン料理が届くまでに恋愛の話を少しだけでも進めたい。メイン料理で美味しいものに緊張感がゆるんだ所で踏み込んだ話を軽くして、この関係は恋愛を含んでいることを察してもらいたい。初めから友達認定されたら困るからだ。
律樹が1品目を口に運ぶと、律樹はオーバーリアクションで喜んだ。
「美味しい!これ、なんだろうお酢の味かな 酸味がきつくなくて美味しい…!料理名が知りたいな」
律樹が美味しい美味しいと言いながら頬張るので、俺も早く手をつけたくなりひと口食べてみる。
…しかし、味がしなかった。緊張しているからではなく、事実として味がしなかった。味覚が鈍っているのかと首を捻り、もうひと口食べてみる。目の前で律樹は美味しそうに食べているが、俺には全くなんの味もしなかった。ふと、なんとなく右の方に目をやると、別のテーブルの男女が目に入った。彼らもこちらと同じようにコース料理が運ばれているのか、同じものを食べている。2人ともとても美しく、つい見つめてしまうほどだった。
味がしないのはおかしい、と、もうひと口、口に運ぼうとした時だった。
「美味しいね。」
「うん、美味しいね。久しぶりだね。」
「ね、久しぶりだね。」
彼らの会話らしき声が耳に入ってきた。感覚的に、テーブルとの距離はある程度あり、互いの会話は聞こえないくらいの距離感であるように思えるが、耳元で会話が展開されているような感覚になった。
「うーん、そろそろお米が食べたいなあ。あと、僕は最近はいかが食べたい!」
「君はそうなんだ。私は甘いものが好きだよ。帰りに寄りたいね。」
「うん、寄ってもらおう。」
会話を盗み聞きしているつもりは無いが、嫌でも耳に聞こえてきてしまう。しばらく盗み聞きしてみる。
「そろそろウチに寄って欲しいけどね」
「うん、どうしたらウチに寄ってくれるかな」
「私は、継続が大事だと思うよ」
「そうだね、ウチに寄ってくれさえすれば、あとは簡単だもんね」
「うんうん、はやく来てくれないかなあ」
この言葉を最後に、ぴたりと会話が止んだ。不思議に思い、ちらりと彼らの方に目を向ける。
気づくと、彼らは2人ともこちらを見つめていた。片方はわざわざ体を捻り、こちらに向き直って。
驚くことに、2人とも同じ顔をしていた。
同じ顔というより、それは俺の顔だった。
そして彼らの食べていたものはテーブルには無くなっていて、何も無いテーブルの上でカトラリーを動かしているだけだった。
額から血の気が引くのを感じ、気持ちが悪くなり、目を逸らした。なにかやばいものを見たのかもしれない。いや、…ただの妄想だろう。
はっと、律樹との会話がおざなりになっていたことに気づき、急いで律樹の方に視線を向けると、律樹はじっとこちらを見つめていた。
「りつ、」
「出よう。お腹いっぱいになっちゃった。」
「え?」
「あと、高いし。もっと安いところで心置き無くご飯食べたいな〜。ここ最高だったけど!」
「いや、まだメイン来てないし、もう少しいない?」
俺がぼーっとしている間にもしかしたら律樹は何度も俺に話しかけていたのかもしれない。俺は無視してしまったのかもしれない。今日はとても重要な日だったのに、これで解散?
なんとか律樹を留まらせようとあれこれ考えていたが、あっさりと律樹から
「うん、帰る。」
と言われてしまった。
撃沈……………………………。
ウェイトレスに事情を告げて代金を支払うと申し出ると、
目を丸くして「あ、はい… 」とだけ答えた。そりゃそうだ。メインも食べていない客が急に帰ると言い出したら厨房の料理人はブチ切れたくなるだろうし、ウェイトレスは気でも狂ったのかと思いたいだろう。彼らへの申し訳なさと、律樹の常識の無さに驚愕しており、俺は言われるがまま店を退店することになった。店を出ると、律樹は現金を俺に渡してきた。ちょうど半額だった。
「ごめん。歩きながら話してもいい?」
「その前に、お金はいいよ。次会う時に律樹が少し出してくれればいいよ。」
さすがに俺から誘った上に格好を付けたい気持ちだったのでお金の受け取りは拒否をした。このマナーのなって無さだけではさすがに好感度全てを減点するような俺ではないし、その程度の恋心でもないので、次の予定も取り付けたい。
律樹も「ごめんね」と言いながら財布にお金をしまう。そして続けてこう言った。
「急に申し訳ないんだけど、サトルくん、何か見えてたよね?」
「な、なんかっ、て?」
思わず言葉に詰まる。
「いや、何もないなら大丈夫なんだけど、あの店なんだか変な感じだったからさ、サトルくん、気づいてそうな素振りがあったから気になって。」
俺はオバケとかオカルトとかそういう類は一切信じないタイプの人間なので、さっき見えたものも、見間違いだと思っていた。しかし律樹もなんか変な感じがあったと言う。正直、ここで本当にあったことを伝えておけばよかったが、俺が怯えているなんていうのは情けないと思い、口に出すのを辞めた。
「いや、なにもないよ。それよりこのあとどうする?」
「このあと?」
「うん、ご飯も途中だったし。」
「この後はもう帰るかな。ちょっと考えたいことがあるの」
正直ショックと怒りが少し湧いていた。せっかく一生懸命店を探して、髪型もセットして、変な現象にも耐えてここまで来たのに、今日は本当、なんなんだ。というか俺との約束を適当にするなんて有り得ない。どうせ変な店とかいうのも、早く俺と別れたいだけの口実だろう。そんなに俺の受け答えは良くなかったか?というか何様のつもりだよ。苛立ちを抑えきれず、ついに言葉が漏れ出してしまった。
「それは勝手じゃない?」
キッと律樹を睨みつける。律樹は表情を変えずに続ける。
「そっか…。それはごめん。やっぱりなんか変だったよ。入るとしてもどっか、もっと…普通の感じの…私が次は探すからさ、私の選んだお店入る?」
と、案外すんなり要求を受け入れてくれた。ただ、なんだか俺がわがままを言っているような気分になり、また苛立ってきた。このまま律樹の提案する店に入るのもなんだかダサいというか。”わがままを聞いてもらっている感”は俺のプライドが許さない。
「いや、やっぱりいいや。今日は解散しよう。次いつ会える?」
苛立ちを抑えながら聞いてみると、律樹はにこやかに答える。
「次〜、は…んーっとね、再来週の水曜日、空いてるよ!」
再来週の水曜日…スマホでスケジュールを確認するが、水曜日は丸山とご飯の予定だった。まあいい。コイツはいつでも予定を合わせられるだろうから、律樹にこの日の予定を合わせてやる。【丸山 飲み】と書かれている予定を削除し、【律樹】に変更する。
「うん、空いてる」
「そしたら、また水曜日!今日はごめんね」
謝るくらいなら、もっと引き留めてくれよとも思いつつ、情けなくこちらからすがるような形になるのもプライド的に許せなかったので、名残惜しいが別れることにした。




