ドキドキの初デート
「◾︎◾︎駅、◾︎◾︎駅 〜線ご利用のお客様はお乗り換えです」
「◾︎◾︎駅、◾︎◾︎駅 〜線ご利用のお客様はお乗り換えです」
夢でバッファローがアナウンスしている。今、俺は羊飼いならぬバッファロー飼いとなり、バッファローたちの組体操の出来をチェックしていたところだ。頂上の最も体重が軽く背の小さいバッファロー…の、上の、さらに小さなおじさんが、どこかの駅に到着したことをアナウンスしていた。
ん?
◾︎◾︎駅?って…待てよ、俺が降りる駅だ!
顔に水をかけられたかのように勢いよく飛び起き、開いた口を閉じ、緩んだ腕にかかったショルダーバッグを引っ掴んで電車を降りた。緩急が心臓に悪い。時計を確認すると、集合時間のきっかり15分前だった。
まだ時間に余裕があるため、駅のトイレ…いや、より清潔な駅直結のショッピングセンターのトイレに向かった。
とりあえず息を整えながら歩いていると、
ピコン、とスマホの通知が鳴る音がした。律樹からだ。
『すみません、引き継ぎ長引いちゃって、10分ほど遅れそうです( ; ; )』
遅刻か…。仕方ないか。しかし好都合ではある。店には連絡を入れて、とりあえず俺は身なりを整える時間を10分も多く確保できたわけだ。
鏡で自分の容姿を確認しながら、髪をセットし直す。ん?髭、伸びすぎじゃねえか? 35分ほどしか経っていないはずが、髭が伸びすぎである。
仕方なくマツキヨに寄り、在庫が残っていたバリューパックタイプの物を購入。他店舗を回っている暇はない。
トイレの石鹸でジェルのヌメリを補いつつ、確実に剃っていく。一体どこの区間で伸びたんだ。とりあえず見れるくらいには剃り、髪をセット。いい感じだ。汗の匂いもだいぶ分からないくらいには誤魔化せている。制汗剤で匂いを抑えたあと数分経ったから独特の香りも抜けているはずだ。ディナーに支障はない。
ただ1つ問題があるとすれば、バリューパックの膨らみくらいだ。
☆
時刻は既に退勤時間を5分も過ぎていた。
「っとにもおー、丸山ーッ」
丸山くんが倉庫にストックを取りに行ってからかなり経った。絶対にスマホをいじってる。私の業務を引き継ぎたいのにあいつは…!とりあえず咲さんを探し、丸山くんに伝言を頼む。咲さんはアハハ!と笑いながら
「アイツの給料から天引きしてやろーっと」
などと冗談を言っていた。他のバイトメンバーには引き継いであるが、既に出発予定を10分も遅れている。有馬さんがどんな人か想像つかないけど、さすがに15分とか遅れたらヤバそう…人として、なんというか信頼を失いそう…。それもこれも、丸山くんが帰ってこないせいなんだけども。
頭の中で文句を言いつつ、バイト終わりで若干崩れているメイクを直す。有馬さんに遅れる旨を連絡したら、もう一度鏡を見てビジュアルチェック。
「までも、バイト終わりにしては可愛いかも♩」
可愛くカールがかった髪をふわっと軽く整えて、カジュアルな服に着替えて退勤。人と会う時は、誰であろうと自分が満足する自分で会いたい。今日もいい感じ〜。
有馬さん、もう着いてるかな…。
そんなことを考えながら改札に向かう。電車に乗り、有馬さんに共有してもらった、集合場所の地図を確認する。
「へ〜、イタリアンか。美味しそう〜…しかもうちの店の最寄りから電車で2駅か。ありがたいなぁ。」
メニューを確認したくて店の詳細ページを開いてみる。
しかし、何度ページのリンクをタッチしてみても、文字化けしたサイトに飛んでしまう。
「ん?有馬さん、共有するリンク間違えてるのかな?」
文字化けしたサイトは1度ブラックアウトし、真っ暗な画面に切り替わる。
「えっ、何これ」
真っ暗な画面に焦る自分の表情が映り、しばらくすると何かしらのコードが羅列し始めた。おそらくどこかのサーバーに繋がったのか、OKという文字が一気に書き出されると、画面が切り替わる。
「びっくりした、ただのバグかな。」
上から徐々にイタリアンのお店のサイトが表示される。
【Concept】
【森に囲まれた美しい名店】
【ご予約はこちら】
【名店】
【名店】
【蜷榊コ?】
【メニューを表示】
それぞれの見出しの下に説明が書かれているが、見出しも説明文もバグで重複していたり、文字化けばかりで読みづらく、機械に疎い私は興味を失ってサイトを閉じてしまった。
色々いじっているうちに、もうお店の最寄りに着いた。
有馬さん、どこにいるんだろう。LINEで到着連絡するか。
『有馬さん、どこにいますか?もう最寄り駅に着きました』
すぐに返信が来た。
『佐々木さん、お疲れ様ー』
『俺は南口にいるよ!場所言ってくれれば佐々木さんのところに向かうよ!』
南口、南口…。うわ、ここ北口か。反対方向だ。
『すみません、北口にいます(>_<)』
『確かお店、南口から出てすぐですよね?そっちに行きます』
急いで連絡し、移動しようとすると、すぐに返信が来た。
『全然大丈夫!そのくらいの手間笑』
『そんな距離ないしそっち行くよ〜(^^)』
悪いなと思いつつ、これ以上会話を続けてもお店に着く時間に影響がありそうなので、素直に優しさを受け入れた。
『ありがとうございますーすみません』
とりあえず連絡を入れて、さっきのお店のサイトを確認する。LINEで送られたリンクから飛ばず、今度は自分で店名を検索し、サイトを開いてみると、今度は問題なくお店のサイトを確認できた。
ふーん…綺麗な店内…。メニューは…。えっ、めちゃくちゃ値段高いじゃん。私今日どのくらい持ってきたっけ。まあこのAコースを頼めばギリ行けるか…。困ったな。次があるとしたら、今度は私が店決めよう。金銭感覚が合わないかも。
若干焦りつつも、財布と相談してなんとか行けそう(無理な場合、咲さんか、丸山くんに借りることも検討)。いつも咲さんと丸山くんと行くお店はかなり庶民的で、派手に飲み食いしても1人3000円くらいのお店なので、有馬さんが選んだお店のクオリティに若干のプレッシャーを感じた。この人は普段からこんな店で食べてるのかな?それともやっぱり…。騒がしくて雑然とした店だと話せないような…かしこまった感じの…例えば、昨日の、変身の話とかするつもりなのかな…。一気に緊張し、帰りたい気持ちに駆られていると、
「佐々木さん!いたいた」
有馬さんが背後から声を掛けてきた。
「あっ、お疲れ様です!」
驚いて、今日は有馬さんは休日なのに「お疲れ様です」なんて間抜けな言葉を掛けてしまった。
「お疲れ様です?笑 まあいいや、お店行こう?」
有馬さんがにっこり笑いながら案内してくれる。
有馬さんってちゃんと顔見たこと無かったけど、こんな感じの人だったんだ。確かに丸山くんが言うみたいに端正な顔立ちではあるかも。目尻が長く、目は特に印象的な大きな目。目尻は若干つり上がっていて、鼻が高い。眉は目に近く、綺麗に整えられている。唇は薄めで、歯は生まれつきか矯正したのか、綺麗に並んでいた。髪の毛は美容院帰りか問いたい程に丁寧にセットされており、毛流れも綺麗だった。そういえば丸山くんは以前、ツイストスパイラルパーマ?とかいう髪型をしていたけれども、(最初の5日間くらいはオシャレでいい感じだったような?)短期間でやめちゃったんだよな…。理由を聞いたら、確か有馬さんに『お前は手入れが雑で汚らしく見えるから変えろ』と助言されてストレートのセンター分けにしたという話を聞いたな。この人がその有馬さんか…。
横を歩く有馬さんの容姿を、横目で眺めて確認する。女の姿だと、私の頭ひとつ分は身長が高いな。
確かにこの見た目の人に助言されたら、丸山くんが素直に聞き入れるのもわかる気がする。とはいえ、そんなに清潔感が無いような印象は、当時の丸山くんからはしなかった気がするけど。男の姿の僕が有馬さんと出会ったら、同じように助言されるのだろうか…。そんなことを考えながらお店へ向いると、有馬さんがこちらをじっと見つめてきた。チラチラ見ているのがバレたか、または昨日の話をもう始めようとしているのかと、ぎくっとしたが、案外ラフな質問が投げかけられた。
「佐々木さんって、何で俺に敬語なの?」
「あっ、あれ?そうでしたっけ?あ、そっか…有馬さんとそんなに話した記憶がなくて…年齢も分からなくて…」
「…そっか 佐々木さんにとっては俺はモブのうちの一人かあ笑」
なんだか申し訳なくなり、焦って次の言葉を探していると、
「俺、佐々木さんと同じ年齢。丸山とも同じ。だから敬語じゃなくてタメで行こうよ」
と、有馬さんがカバーしてくれた。
「ここ、ここ!ちょっと遠かったね、ごめんね」
歩いて5分も経っていない気がするが、社交辞令だろう。有馬さんが、「お先どうぞ」とドアを開いて待っていてくれたので、有馬さんの前を横切るようにして店内に入る。有馬さんからは良い香りの香水の匂いに混じって、獣臭とガソリンのような臭いがした。気のせいだと思ったが、横切る時に有馬さんの顔が全く別の人の顔に見え、驚いて2度見する。2度見した時には有馬さんの端正な顔立ちと、爽やかな香水の香りのみが残っていて、やはり私の気のせいなのだろうと自分を納得させた。




