奇妙なサイトとサラリーマン
スタバに着くと、お気に入りの席は空いていた。ホワイトモカのSサイズを注文して席につくと、有馬さんから連絡が来ていた。
『ごめん、出れなかった!』
その後に着信。ちょうど移動中だったので私も出られなかった。
履歴をスクロールすると、さらに文が続いていた。
『キモかった?(;;)』
『嫌だったらごめん!』
その下には送信取り消しが二件。
なんだか可哀想になったのと、単純な興味で誘いに乗ってみることにした。もし変身を見られていたとしても、嘘をついて誤魔化す機会が欲しいし、勝手に噂を広められても困る。
「全然大丈夫ですよー」「ぜひご飯行きましょうー」
パパっと返信し、大好きなホワイトモカを飲みながらインスタで春物ファッションをチェックする。
(今年の春物は僕……私好みの色や柄が多くてテンション上がるなあ。今年の春物はこのスタイルでいくか…)
お気に入りのデザインをブックマークしていると、有馬さんから返信がきた。
『ありがとうー』『じゃあ今日夜19時からお店予約しとくねー』
業務連絡すらほとんどしたことのないトーク画面に、デートの約束が浮いていた。
☆
気づけば17:30を回っていた。何もない休日が突然の勝負日に変わり、服を新調したり律樹へのプレゼントを選んだりしている間に、もうこんな時間だ。一服しようと口にしたコーヒーは冷めて味が落ちていたので、悲しいがシンクに捨てた。ふと、今朝から溜まっている洗い物が目に入った。…律樹はこういう怠惰な部分も許してくれるだろうか。
妄想しながら髪をセットし、髭を剃る。我ながら整った顔立ちだ。清潔感は必須だし、律樹はセンスがいいから、俺もそれなりの格好をしなければならない。店の予約も、下手なところは選べない。しかし今日は休日、どこも満席だ。あの恋愛リアリティショーのスタジオ見届け人が「タイミング」などと煽るから、勢いでこんなことになった。とはいえ、誘いに乗ってくれたのは結果オーライだ。
それに、バイト先での会話を思い出せば、話題には困らないだろう。問題は店だ。中途半端な店ではセンスがないと思われる。全額支払っても懐が寂しくならず、かつ高級感のある店。律樹はパプリカと焼いたトマトが苦手だったはずだ。イタリアンにするにしても、それらがコースに含まれない店を探す必要がある。
条件を満たす店を血眼で探していると、とあるグルメサイトに行き着いた。
しかし、広告が邪魔で仕方がない。馬鹿しか引っかからないようなアダルトサイトのポップアップ。閉じても閉じても表示される。俺の知能指数を試しているのか?
ようやく良い店を見つけ、予約確定をクリックしようとした瞬間、また広告が入り、誤タップしてしまった。
「クソッ、邪魔すんじゃねーよ」
苛立ちながら飛んだリンク先は、神社の広告だった。
【関東で一番縁結びに効く神社】【森に囲まれた美しい神社】【どなたでもお立ち寄りください】
「縁結び」という言葉に引かれ、ついホームページを見てしまう。サッと見るつもりでスクロールしてみると、神社の歴史や由緒書きの下には、今時珍しい掲示板があった。
『ここは凄いです。空気が変わるのが肌で感じられます』
『周りに言えない問題ありまくりの恋愛でしたが、参拝してから半年で結婚しました。ありがとう△△神社!』
『☆1 二度と来ません、バーカバーカ』
『クチコミはじててかいたー。ここホンマにやばい』
50件を超える書き込みの中にはYouTubeのリンクもあった。霊感があるというYouTuberの動画だ。興味本位でリンクを開いてみると、大袈裟な演出が盛りだくさんの動画が再生された。
『僕、いわゆる霊感あるんですけど、そんな僕がオススメするガチモンのパワスポランキング1位、この前更新されちゃいました。そこは…気になりますよね…? そこはなんとなんと……!』
デン!大きな赤文字テロップと華やかなエフェクトが画面に映し出され、場所が発表された。
『関東某所にある△△神社です!』
『ここ、住所公開してないんですよね〜』
『ホントに霊感強い人はここの神様の声が聞こえるとか。僕は聞こえなかったですけど。ちなみに、選ばれてない人が行くと、交通渋滞で辿り着けないとか、大雨で行けないとか、友人にドタキャンされちゃうとか、そういう拒否のされかたをするみたいですよ。』
YouTuberは自分は選ばれたとでも言いたげの表情で語る。
普段なら信じないが、妙に惹きつけられて20分見入ってしまった。△△神社……俺は選ばれるだろうか。いや、そんな場合じゃない。というか、どうでもいい。ページを戻り、店を予約し、準備を急ぐ。
神に祈ってる暇があったら行動あるのみというのが俺の持論だ。自分で選択し、その責任を取る覚悟ができずに他人に頼り、頼った結果、良い成果がなかったら他人のせいにしたい、そんな他責思考の人間がこういうのに縋るんだろう。俺とは縁遠い。
結局時間が迫り、洗い物はそのままにして部屋を出た。
駅までは徒歩10分。店までは電車で25分。余裕を持って家を出た。高まる気持ちを抑えて歩いていると、どこかで見たような森が見えた。こんな場所にあったか? 不思議だが立ち止まる余裕はない。夏だから景色が違って見えるのだろうと気に留めなかったが、そこから10分歩いても駅に着かない。おかしい。
ふと横を見ると、先程見た森がある。ついでに、さっきより大きく見えた。不気味だ…。時計を見ると、10分経った感覚なのに2分しか経過していない。もう一度歩き、十字路を左に曲がる。その突き当たりに駅があるはずなのに、また森が見えてきた。
「一体どうなってんだよ」
律樹との約束に間に合わないかもしれない不安と、この奇妙な現象のストレスで冷や汗が出てきた。
「最悪だ! 汗かいたら清潔感もクソもねえじゃねえか!今会っても汗っかきの汗臭いバイト先のイケメン枠になって終わる!」
辺りには誰もいないので、つい、声を出してしまった。焦ってGoogleマップを開こうとした時、声がした。
「道に迷いましたか? お手伝いしますよ」
声のするほうを確認すると、森の中に人が立っていた。
「お疲れでしょう、お米食べますか?」
「はい?」
「お手伝いしますよ!」
的外れな親切。てか誰?森の中に突っ立っている。
「すみません、聞こえないです」
わざと聞こえないふりで通り過ぎようとすると、「お疲れでしょう? 中でゆっくりしませんか」と、遠くにいるはずの声が耳元まで近づいて聞こえた。さすがに気味が悪くなり、その場を離れる。さっきっからなんなんだよ腹立つな…!
早歩きで進むが、しばらくするた、また森が見えてくる。とうとう俺は病気になったのか…。
病気か、あるいは夢か。
判断がつかなくなった時、ドンと肩を叩かれた。
「あのっ!!」
「うわぁあああ!! なんですか!!」
驚愕して叫ぶと、そこには塗装の剥げたブリーフケースを持ったサラリーマンがいた。
「あの、大丈夫ですか?」
不気味とでも言いたげな表情で問いかけてくる。しかもなんと、俺に軽蔑の目を向けて後ずさりしている。
「大丈夫って、なんで、ですか?」
意味がわからず、質問で返してみると、サラリーマンは続けた。
「いや、さっきからあなたブロック塀の前をウロウロして、一人で話してるので」
「え?」
血の気が引くような感覚がした。
「僕も色々あって、そういう時期があったから。声をかけさせてもらったよ。君もそういう時期なのかい? 両親は? 大学生?〜〜。〜!」
ショックで後半はほとんど耳に入らなかった。硬直している俺をよそに、ズカズカと人のプライバシーに足を踏み入れようとするサラリーマンについ拒否反応を示してしまい、
「いや、本当になんでもないんで! すみません!」
と、大声でリーマンを振り切り、駅まで走った。ブロック塀に話しかけていた? 俺が? 完全に不審者だろ…!そんなことある訳ない、だってさっきまでこの道を何度も……!……、……。
「おお! 足が速いねえ!行けえ!」と叫ぶリーマンの声を背に、俺はようやく駅に辿り着いた。時間は、電車が来る一分前。急いで階段を上り下りし、電車に乗り込んだ。
呼吸を整え、空いている席に腰を下ろす。
車窓に映る俺は最悪だった。心做しかほうれい線に影が濃く落とされていて、しかも汗臭く、髪もボサボサ。どっと疲れが押し寄せ、気づけば目を瞑っていた。大丈夫、この電車に乗れば15分前には着く。汗を拭き、セットを直せばまだ巻き返せる。
そう考えているうちに、俺は深い眠りに落ちていった。




