告白と脅迫
納得のいかない清太は、さらに攻撃を続けた。
「あんなん、顔だけだろ。別にいい匂いじゃねえし。魅力はあれだろ、稼げるかどうかじゃねえの?それに…」
「そんなこと言っても、私は有馬さんのこと、嫌いにならないもん。私が求めてる人は別に、稼げる人じゃないの。私の需要は家庭的な人にあるの。別に収入は私と同じかそれ以上なら問題なし。とにかく私が好きになのは、料理がおいしくて、掃除できて、細やかな気遣いができる、そんな人なの!清太は汗臭いからそのほうが嫌。飲食店でバイトしてるんだから、せめて無香料の汗拭きシートぐらい使えば」
その一言が決定打だった。
清太はまるで捨てられた子犬のような目で、ガックリと肩を落とし、何も言わずにすごすごと厨房の奥へと姿を消して行った。
私はいたたまれなくなって、深雪ちゃんにまあまあ、となだめた。
「いやよいやよは大嫌いだもん。あんなこと言われて、じゃあ清太を好きになりますって、なるわけないじゃん。私、有馬さんのこととやかく言われるの、嫌いなんだよね。別に何の疑いもなく有馬さんのこと全肯定、ってわけじゃないんだもん」
「そっかそっか。だよね。意地悪はよくないからね。確かにそれもそうだ」
そのあと、業務関係以外で清太は深雪ちゃんとは話をせずに、深雪ちゃんも特に会話を振ることもなく、時間は過ぎていった。
間もなく清太は退勤時間になると、寂しそうに背中を丸めて帰宅していった。私たちも、そのすぐあとからディナータイムのピークに突入し、次々とやってくるお客さんの対応に追われ、無我夢中で働いているうちに、いつの間にか手に札束を握りしめてレジ締めをしていた。
クタクタのまま締め作業をこなし、レジ金が230円足りず、原因追及に思ったよりも時間を要してしまい、時刻は22時20分を回っていた。21時30分から締め作業をしていたので、あとは店長がやるからと、私と深雪ちゃんは帰された。
☆
深雪ちゃんは地下鉄で別の改札口から帰るので、店の前で解散し、私はひとりで自分の最寄り駅へと歩き始めた。
次回シフトが被った時に清太には慰めの言葉をかけてやろうかな。きっと清太がいる日には深雪ちゃんもいるだろうから、恋愛観を聞いたりしたいな~。興味深い、の方の意味で面白い話が聞けそうだし。
そんな呑気なことを考えながらショルダーバッグを肩にかけ、駅のほうへ向かおうと体を向けた時だった。
ふと視界の端に”ずっと動かない影”を確認し、なんの気なしにそちらへ視線を向けた。
車道を挟んだ向こう側の歩道に、ひとりの男の人がぽつん、と立っていた。
こちらを、じっとこちらを見つめている。
もう夜も深まってくる時間なので、周囲の店はどこもシャッターを下ろしている。開いている店と言えば向かいの歩道の並びにある家系ラーメンくらいで、街灯も少ないため、男の人の顔も、闇に溶けてほとんど見えない。
家系ラーメン店から漏れるわずかな光が彼の左半身をぼんやりと照らしていて、ほんの少し顔の作りが認識できるくらいだ。
影の輪郭を見る限り、顔に凹凸はあるし、粘土人間ではないはず。であれば、人間…?
暗くてよく分からないが、直立不動のまま、微動だにせすこちらを見据えているのが分かる。肌が粟立つような、不気味さを覚えた。
あまり気に止めてはいけない。気づいていないふりをしなければ。
そんな直感が働き、足早に駅へと向かった。
しばらく歩くと、信号待ちで足止めを食らったため、ふと横目で先ほどの男がどこにいるか確認してみる。
ついてきている。
車通りもほとんどない夜道で、向こうがその気になればいつでも距離を詰められる状況なのが不安を煽る。最寄り駅まで徒歩7分。今いる地点からはあと4分くらいだろうか……。
信号が青に変わり、小走りで帰ろうと足に力を入れた瞬間だった。
向かいの歩道にいた男が、車道を突っ切るようにして、まっすぐ小走りで渡ってきた。
心臓が跳ね上がり、私は恐怖で全身が冷たくなるのを感じた。腕から指先までがじんじんと痺れる感覚に襲われ、私はもう、全速力で逃げようとした。
「律樹!待って。ごめん、驚かせたよね!待って」
男は私の名前を知っていた。聞き覚えのある声だった。街灯の光が、男の顔を照らし出す。
____そこにいたのは有馬くんだった。
彼の頬や右手には白いガーゼが貼られ、半袖のシャツから剥き出しになった腕にも、生々しいあざや切り傷が目立つ。私は”知っている人だった”という安堵と、この状況の意図が全く読めないという気味の悪さで激しく混乱した。とりあえず刺激してはいけないと思い、作り笑いを貼り付けて対応することにした。
「ああ、有馬くんか!ど、どうしたの。今日お休みじゃなかったっけ?」
有馬くんのこの傷の具合から見て、丸山くん、結構本気で有馬くんと喧嘩したんだ。この前の丸山くんの様子と、今、目の前にいる有馬くんの様子を重ね合わせれば、結果は明らかだ…。ただ、それにしても痛々しすぎる。
有馬くんのいつもの余裕綽々とした態度とは打って変わり、今日はなんだかぎこちないような、かと思えば不気味なほどフラットで、チグハグだった。服装はいつも通りセンスがいい。明るすぎないティファニーブルーのシャツに、グレーのインナーを重ねたレイヤードスタイルで、ローライズのダメージジーンズを合わせている。……ただ足元だけはボロボロのサンダルで……しかも、足の爪の隙間まで泥まみれだった。いったいどこに行ってきたんだ。手首には革のバングルにシルバーの太めのバングルを身に着けていた。その金属の下にも紫の痛々しいあざがある。
……あ、もしかして、明日の予定をキャンセルしたいとか、そういうことかな。いや、そのためにわざわざバイト先に来るのは変か。そんなことを考えていると、有馬君は少し照れくさそうに、しかし決意を秘めた目でじっと下を向いていた。
ボロボロなその姿と、ばっちりと決めた服はアンバランスさが、かえって不気味だ。
有馬くんはふう、と一呼吸置いたかと思うと、まっすぐに私を見据えた。
「す、好きです。付き合ってください」
突然のことに、頭が追い付かなかった。確かに彼の好意のかけらが時々見え隠れしていたのは確かだ。というか、もしも私や八雲の推測通り、彼が私のストーカーをしていたのだとしたら、”見え隠れしていた”……どころではないと思うが、もしもストーカーが私の勘違いであったとすれば、やはりあまりにも唐突だ。
私は回答に困った。
どう返すべき? ここで当たり障りなく話を濁してその場を切り抜けるべきか。それとも、彼を刺激しないように人の多い駅まで歩きつつ、隙を見て逃げ出すべきか。またはキッパリとお断りするか。……いや、それはダメだ。変に刺激して逆上される可能性が考えられるのなら、危険な行為は避けるべきか…。私は当たり障りのない会話で濁すことにした。
「ありがとう、あのね、有馬く」
「好きです。付き合ってください」
私の言葉を遮るように、彼は再び愛の押しつけをした。これは本当に大変なことになったと思う。私は平常心を繕って、別の会話で軌道修正を図る。
「えっと、一旦歩きながら話さない?」
私が誘導するように少し歩き出す。有馬くんは黙ってついてくる。歩いた先の街灯の下で、有馬くんは急に止まり、冷えきったトーンでこう続けた。
「俺、ようやく気付いたんだ。2つの事実に。 」
街灯の光を背中に受け、逆光で彼の表情が読み取りにくくて、とても怖い。
「2つの事実?」
彼は相槌を打つことすらなく、淡々と続けた。
「1つは、俺が律樹に心を奪われていること、それがもう、引き返せないくらいに好きで、律樹が俺のものにならなかったらもう………………あっ、まあ、そんな感じで」
”もう……”の後の、まるでドラマを一時停止したかのように一切動かなかったその間が、得体の知れないなにかを感じ、恐怖する。
どう回避してもバッドエンドにしかたどり着かない、ハッピーエンドなんか初めから用意されていないホラーゲームみたいだ。私がどうやって話を逸らそうとも、この告白を真に受けなくては逃れられない絶望感。怖くて、次の言葉なんて聞きたくない。彼は、再生ボタンを押したかのように、再び動き始め、逆光で薄暗い彼の表情に、不敵な笑みが浮かぶ。
「2つ目は、律樹も俺と同じ気持ちだってこと」
有馬くんの目が、まるで太陽の光すら届かないような、深い闇をたたえている。
そこに引きずり込まれるのではないかと恐怖するほどに、暗い目つきで私をじっと見つめるのだ。
それは告白ではなく、脅迫だった。




