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気になるあの子の前で、空振り三振

「ど、どうしたの、それ」

休日の、本来なら1番忙しいはずの13時。妙に人の流れが落ち着いているフロアで、メニューを消毒液の染みた布巾で拭きながら、奥のテーブル席で食事をする2人組に出すデザートのタイミングを見計らっていると、厨房で仕込みをしている咲さんが、誰かに向かって話していた。


おそらく中番の誰かが出勤してきたのだろう。今日はもともと出勤人数が多い日だし、そろそろ早番の私と咲さんはあがる時間だ。誰が入ってきたのか気になって、私はホールから厨房へと顔を覗かせた。

そこに立っていたのは、右の手と左肩にぐるぐると包帯を巻き、頬には大きなガーゼを貼り付けた、ボロボロの丸山くんだった。

あまりのひどい姿に言葉を失い、私はとりあえず、


「丸山くん、無理して来なくても…あっ、ま、まず大丈夫?痛い、よね…」


などと当たり障りのない言葉で場を繋いだ。

3日前の飲み会の夜から一変して、今日の丸山くんは大事故にでも遭ったかのような重症を負って出勤してきた。

騒ぎに気づいた店長が慌てて厨房から飛び出してきて、驚愕に目を見張りながら彼を上から下まで凝視する。


「丸山くん、だ、大丈夫。じゃないな。今日はこっちの人手足りてるし、なんだかわからないが、とりあえず家で休みなさい」


店長はそう言うと、丸山くんの背中を痛ましそうにさすった。本人は「せっかく来たんだから」と渋ったものの、どう見ても働ける状態の訳がない。私と咲さんも店長の説得に加勢し、最終的には半ば強制的に追い返されたのだった。店長は若干テンパっている様子で、アワアワしていた。


丸山くんが帰ったあと、咲さんはこそっと私に耳打ちした。


「ありゃ、派手に有馬くんとやりあったな?」


私も薄々そう感じていたが、アルバイト同士で大事があった、となると、店長に余計な心配をさせてしまうと思ったので黙っていた。私は目配せをして、「そうですね、これは、相当…」と同意した。

「今度、丸山が治りきったら事情聴取だね。とりあえず上がりの時に丸山にLINEしてギフト送っとくか」

「えっ、何でですか?」

「いや、私が煽っちゃった部分もあるからさ、申し訳ないし。あれでちゃんと仲直りまでできたんならいいんだけどさ。できてない場合、だいぶ気持ちが落ちてるはずだから励ますため、みたいなね。ま、私の自己満だけど」


咲さんがそう言うので、私もなんだか感化されてしまい、バイト帰りに咲さんと一緒に丸山くんへ送るお見舞いの品を選び、LINEで送信した。療養中で暇だったのか、送ってすぐに丸山くんから、『ありがとう、有馬くんも出勤したら優しくしてあげて笑』と返ってきた。

その画面を私に見せながら、咲さんは、「やっぱりね」と呟いた。有馬くんと私たちのシフトが被ることは、来週までない。

有馬くんとどのくらいの力の差でぶつかったのかは分からないけど、丸山くんの性格上、そんなに激しい仕返しとかはしなさそうだし、この傷から推察するに、丸山くんはきっと一方的にやられたのだろう…。そう思うと、なんだか痛々しくて胸が締め付けられる。

来週、有馬くんとシフトが被った時にでも、それとなく話を聞いてみよう。来週には、彼とのデートも控えている事だし。私は、そんなことを考えながら、バイト先の最寄り駅で咲さんと別れた。



☆



そしてデートの前日。有馬くんとバイトが被る日。



この日は遅番だったので、いつものように電車に揺られながら、ふと有馬くんのことが頭をよぎる。バイト先に着くと、まだ有馬くんの姿はなかった。

確か今日は有馬くんは私よりも1時間早く出勤しているはずだ。店長に聞いてみると、「体調が優れないので休む」と連絡があった、と言う色々と事情を聞きたかったし、この前のデートも中途半端になってしまったので、何か奢ってフェアにしたい気持ちもあったが、計画通りにはいかなかった。


今日は中番に清太もいた。洗浄と乾燥を終えたばかりの、まだ熱を帯びた食器の水滴を2人で拭いて食器棚に戻しながら、この前の早番を、清太が当欠していたことについて蒸し返していじったり、「本当はこれから出勤する深雪ちゃんとシフトを被りたいがために遅番希望で出したのに、店長に中番にされた」、などという清太の愚痴を聞かされたりした。


深雪ちゃんとは、清太が密かに想いを寄せている女の子のことである。清太も深雪ちゃんも私と同い年の21歳で、シフトが被ると仲良く話すような関係だ。


そんな他愛のない話をしていると、出勤時刻2分前に噂の深雪ちゃんがやってきた。

清太は急いで髪型をさっと整え、店長のいる厨房へと、そそくさと逃げ込んでしまった。

今日は平日で客足も落ち着いており、私たちはのんびりと雑談をしながら手を動かしていた。

清太が厨房へ消えたことにより空いた私の隣のスペースに、深雪ちゃんがテトリスのピースのようにすっぽりと収まり、一緒に食器を拭き始める。

深雪ちゃんはというと、恋の矢印は清太ではなく有馬くんに向いていて、店長に挨拶するついでに「今日は有馬くんは欠勤だ」と聞いてわかりやすく肩を落としていたのが、かわいかった。


「この前、有馬さんが私に話しかけてきてくれて、それで完全に好きになっちゃったの」


深雪ちゃんは頬をぽっと赤らめてそう言った。私は、(やめておいたほうがいいんじゃ…)と、複雑な思いを飲み込みつつ、意見を求められるまではおとなしく聞いておくことにした。

私たちがそんな恋愛トークに花を咲かせていると、先ほどまで厨房にいた清太が、たまたまここに用があって…。というわざとらしい態度でのそのそ出てきた。(かわいらしい)


「あ、おつかれーっす。おお、深雪来てたんだ」

「お疲れ~。清太は中番?」

「そうそう」


清太はわかりやすく嬉しそうに、話しながら笑みがこぼれまくっていた。

清太は深雪ちゃんのいる日は絶対に欠勤しないし、シフトもなるべく被るように、深雪ちゃんのいる遅番をシフト希望に出すことが多い。(それでもたまに、早番を依頼されていることもあるけど。)


「お2人は、なんの話してたんすか」


わざとかしこまった口調で話しかけてくる清太は動揺しているのか、深雪ちゃんが拭き終わった皿を、あろうことかもう一度自分の手元に引き寄せて拭きなおしている。ここにいるために何かしらしていないと市民権が得られないと思っての行動だろうが、だったら拭き終えた皿を棚に戻してほしいけど。


「恋愛トークだよ。清太も参加する?」


ホールを見渡すと、さきほどのデザート待ちの客も、既に誰かがデザートを出してくれたのか、いつの間にかいなくなっていて、客もゼロ、待ちもゼロだったので、この雑談をまだ続けてもいいと判断した私は清太にも会話に入る隙を与えてやろうと、ボールを投げてやることにした。


「まいいけど。どうせしょうもないこと話してんだろ。”イケメンが好き~”とか」


清太はちらちらと深雪ちゃんの様子を伺っている。Noと言ってほしいのだろうか。しかし、深雪ちゃんの回答は容赦なく、直球だった。そのぽってりとした唇から、残酷なまでに正直な言葉が飛び出す。


「うん、私イケメンが好き!いい匂いのする人も好きだし、あとは見た目に気遣ってる人が好き。清潔さとか、センスが滲み出てないと、知ろうと思わなくない?」


深雪ちゃんはおっとりとした口調のまま、ケロッと言い放った。

事実、彼女はモテる。このバイトを始めてから、深雪ちゃんに告白して玉砕して辞めた子は何人も見てきたし、大学でもモテているようだし、常に彼氏が途切れない。

見せてもらった写真の男の子たちは、もれなく皆、身なりを整えていて清潔感のある人たちばかりだった。

なんの迷いもなくイケメン好きを公言された清太は、氷のように体を硬直させ、1分ほど固まったかと思うと、つまらなそうに、「…あっそ」と呟きそっぽを向いた。

清太は自分のことを見込み無しの不細工だと思っているのだろうか。磨けば光るのに。深雪ちゃんはそんな清太の様子に気づいているのかいないのか、マイペースに話を続ける。


「有馬さんとはね、この前シフト被ったとに、今日暇だねえ、とかわざわざ私に話しかけに来てくれたり。私が重いもの運ぼうとしたら俺が代わるよ、俺のほうが力あるしって、代わってくれたり、その時すっごい近かったんだけど、いい匂いで、はあ、しかもね、まつげがすごく長くてうっとりしちゃった。肌もきれいだし…有馬さん、ほんとに今日来ないのかなあ」


深雪ちゃんは、有馬くんの話をする間、ずっとそのきれいな瞳にきらきらと星をきらめかせて、うっとりと、楽しそうに話した。対照的に、清太の顔はみるみるうちに曇っていく。


「はあ?そんくらい自分で持てよ。てか、雑談くらいなら誰でもできんだろ」


と、拗ねているからなのか若干トゲのある強めの口調で深雪ちゃんに突っかかる清太。

しかし深雪ちゃんは依然として目をきらめかせながら、


「違うの。私のためになにかやってくれようとする、その仕草が、好きなの。仕事だからそうしてくれたのかもだけど、でも、だとしてもね、コミュニケーションも仕事のうちじゃん。そういう細やかな気遣いができるところが、周りを見て、私のところに駆け付けてくれるところとか、もうほんと、かっこいいし、超超超タイプ!」

「あっそ。深雪ってああいうのがタイプなんだ」

「うん。良い匂いで、綺麗で、家庭的な人…」


「「家庭的な人……?」」


思わず私と清太の声が重なった。有馬くんが家庭的?そうか?私にはそんなようには微塵も思えない。むしろ自己中心的で、ナルシストで、自分の意見を押し通したいタイプ。家庭で能力を発揮できるタイプだとは思えない。それは清太も同じように思ったらしく、


「ど、どこが家庭的なんだよあんなの」


と、本音をこぼしていた。深雪ちゃんはそれに反論することもなく、清太に微笑むだけであった。まあでも、今までの深雪ちゃんの恋愛遍歴を思い出す限り、彼女の言うような、家庭的で穏やかな人をちゃんと掴んでいたので、もしかすると…深雪ちゃんの有馬くんに対する見たても、あながち外れていないのかもしれない。

……あるいは、深雪ちゃん史上初のダメ男を経験するフラグでないと良いが。

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