イケメンの極端な思想
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今は何時だろうか。俺はカーテンの隙間からこぼれる太陽光の鋭さにやられて目を覚ました。確かスマホでアラームを13時にかけていたはずだけど。とりあえず眼鏡を探し、適当にかけて壁にかかっている部屋の時計を確認する。時刻は15時を指していた。
「あれっ、あれあれあれ、ちょ、ちょちょっと、うそでしょ?勘弁してよ!」
俺は見苦しくも時計に向かって不満をぶつけた。下からお母さんの「何やってんの!」という、大声を出したことのない人特有の少し裏返ったような声が飛んできた。俺はとりあえず「はあい」と心ここに在らずの状態で曖昧に返事をしたのち、急いでスマホを探す。
あれ、どこに落ちたんだ?ベッドの下かと思い覗いてみるが、それらしきものは見当たらない。うーん。しまった。これはまずいことになった。今日は有馬くんと深い話をしたかったのに。
…うっ。頬が急に刺したような痛みに襲われ、同時に口内が酸っぱくなった。やばい。来る。俺は急いで2階のトイレに駆け込んだ。
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胃がすっからかんになり、逆に元気になった(と錯覚した)俺は、とりあえずスマホを探すことにした。
さっき探していたところの続きを探してみる。くそー。どこにもない。乱雑に置いた洗濯済みの服の山の下にも、お父さんが誕生日に買ってくれたスイッチの下にも、積読状態になっている本の山の下にも、裏にも、ない!ない!ない!俺は途方に暮れて昨日の出来事を思い出した。
俺は自分の部屋でパントマイムのようにその時の動きをそのまま真似して動いた。
実に奇妙な光景になっていたと思う。しかし馬鹿にしてはいけない。それで思い出したのだ。
「そうだ!洗濯機の蓋の上だ!」
俺は急いで階段をダダダダッと駆け下り、洗濯機の蓋に置いてあるスマホをすぐ手に取って連絡を確認する。
今日、有馬くんとの予定は15時からだった。有馬くんが今日は授業があり、それが終わるのが15時だったからだ。
着信3件と、LINEが7件。やばい……。
絶対に怒っている。俺は恐る恐る遅刻の電話を入れることにした。電話は4コールぐらいしてガチャリと音が鳴り、有馬くんが出た。出たといっても、有馬くんは何も話さない。俺に怒っているからだ。有馬くんはたいてい俺に腹を立てているとき、黙り込む。
俺は額に冷や汗をじわりとにじませて、電話口の有馬くんに平謝りを続けた。しばらく謝罪し続けると、ようやく有馬くんは口を開いて、「じゃ、今日は丸山のおごりで」とだけ言って電話をブチッと一方的に切った。
俺はとりあえず大急ぎで階段を駆け上がり、自分の部屋の山のように積み上がった服の山から適当に(と言っても、あまりに適当な服装だと有馬くんはイライラするので、服の山の中でも上品なものを選んでいく。俺は結局、袖に白いラインの入った有名ブランドのポロシャツと、ストレートのラインの暗めの色のデニムをパパっと履いて)出て行った。やばい、怒らせたら一番面倒な奴なのに!
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大学近くのカフェにて待っていると、有馬くんから連絡があったので、俺はそのカフェに向かった。
簡単に“有馬くんから連絡が来た”と言うが、これもまたかなり面倒だった。有馬くんは電話を切るとき、自分がどこにいるかなんて一言も教えてくれなかった。だから俺はどうしたか。
ひたすら有馬くんに連絡を入れて、有馬くんのレスポンスを待っていたのである。改めて考えてみるとこれって友達とかじゃなくて奴隷?
……なあんて。まあ、こんな扱いも今日で終わらせるために、俺は有馬くんを誘ったのである。約束のカフェに到着すると、有馬くんは涼しげな顔でテーブル席のゆったりとした革のソファーに寄りかかってスマホをいじっていた。
やはり彼はスタイルが良いので目を引く。無造作に見える髪の毛はおそらくアイロンを通してあるだろうし、その髪の隙間から見える大きく横に広がる目はとても意味深い印象を受ける。鼻筋もすっと通っており見栄えが良い。Instagramなんかその気になれば彼はかなり多くのフォロワーを抱えることができるだろうな。そんなことを考えながら、俺は本物の無造作なヘアに、汗をかいてじっとりとした背中に風を送るべく、シャツの裾をペラペラとつまんであおぎながら、有馬くんの前の椅子に座った。
「ご、ごめん……」
やはり、怒っている人に話しかける初めの言葉はこれに尽きる。
有馬くんは姿勢を崩さず、視線だけ俺に向けた。
「なさい……」
てっきり俺は詰められるかと思い萎縮していたが、有馬くんはぱっと表情を明るくし、「おお、待ってたよ」とにこやかに言った。姿勢を崩すと、何を飲むかと俺に聞いてきて、メニューを見やすいようにこちら側に向けてくれた。
何を考えているか分からなくて怖い。もう許してくれたのか、はたまたまだ“察しろ”の段階なのか。
とりあえずメニューを受け取り、胃にあるものを全て空にしたとはいえまだ不快感は残っているので、胃に優しそうなオレンジジュースを注文することにした。
有馬くんはすでにアイスコーヒーを注文していたようで、アイスコーヒーの結露が激しく、底に紙のナプキンを敷いていた。そのナプキンもぐっしょり濡れ切っていて、ますます申し訳ない気持ちになった。
しばらくすると、俺の元にはオレンジジュースが運ばれてきた。ウェイトレスは流れ作業のように持ってきたが、「お待たせしましたー」と有馬くんの方に視線を移した途端、はっとした表情で二度見をし、急に背筋をぴんとさせたかと思うと「オレンジジュースです……」と有馬くんの方へオレンジジュースをそっと丁寧に置いた。
有馬くんはウェイトレスの目を見て、わざとらしく「ありがとう」と言い、訂正はせずに受け取った。ウェイトレスは耳を赤らめ、名残惜しそうに視線を離したあと、俺には目もくれずに厨房へ帰って行った。有馬くんはウェイトレスが去ったのを見送ってから、何も言わずに俺の前にオレンジジュースを置いた。
その一連の動作はあまりにも自然で、普段からこういう扱いを受けていることがすぐに分かった。彼の態度は、ずっと許されてきたからなのだ。俺はそんな切ないオレンジジュースを一口飲むと、好奇心で有馬くんに質問した。
「有馬くんって、いつもあんな感じで対応されてるの?イケメンは得だなあ〜」
正直、有馬くんの機嫌を取りたかったのもあった。この発言で気分を良くしてもらえればラクなんだが。有馬くんは少しニヤリとして口を開いた。その表情から、このあとあまり良いことを言わなそうだなと察することができる。案の定、有馬くんの口から出た発言は気分の良いものではなかった。
「あ〜。まあそうだな。あれがデフォだね。今のは30点くらいだから、Instagramの交換とか求められたら無視するレベルかな。お前レベルなら交換するだろうけど」
……。こいつに友達はいるのだろうか。頼むから俺だけが友達であって欲しい。そして俺が離れて、孤独になって欲しいところだ。有馬くんは基本的にこのように人を見下しているので、俺や通行人の、すれ違っただけのサラリーマンにも平気で点数を付ける。
昨日の咲さんたちとの会話で俺の意見を再確認する機会ができて、なおさらこいつが嫌になってきた。というか、今まで俺は無感情でよくこいつと付き合いができたな。そのくらい嫌なやつだ。俺はじわじわと嫌悪感が膨らんできて、今までのモヤモヤが今、一度にせり上がってくるような感覚に陥った。ただ、ここで大喧嘩するつもりはないのでいつも通りを装い、適当に相槌を打つことにした。
「へえ。確かに、俺だったら喜んで!って感じだけどなあ。100点でしょ!超可愛い子だったし!」
あえてバカっぽい雰囲気で話す。
「100点……?少なくともお前のこと無視するくらいの女なんだから、100ではないだろ。ま、いいけどさ」
……。
良い奴なのか、悪い奴なのか。きっと有馬くんには彼なりの曲がった軸があるんだろう。
「ハハハ。確かに……。有馬くんはいいな、モテて、彼女も途切れたことないし。羨ましいよ」
「質の悪い彼女がいても意味無いだろ。モテたことのないお前は想像できないかもしんねえけどさ」
「……お、おもしろ……。いいなあ。どうやったらモテるのか教えてよ」
「うーん。まずはこの顔がないと意味ないけど。強いて言うなら女が求める言葉や行動をしてやる事かな」
ん?口は悪いが、内容は意外とそれっぽい。レクチャーをしてくれるのか。
「あ、そうなんだ。有馬くんも意外とそういうところあったんだ。誰かに合わせてあげるとか」
「どういう意味?」
「いや……。尽くしてあげるとかできるのかなって」
「いや違ぇよ。だからモテないんだよ丸山。いいか?支配されたがってるやつに、それをしてやるだけ。罰してもらいたがってるやつを罰してやるだけ。俺は尽くさない」
「へ?ど、どういうこと?」
有馬くんの発言があまりにも突発的で極端で、俺は理解が追いつかなかった。
「大抵の女は支配されたがってるだろ?」




