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奇妙な家系

★


みなみが4人分のドリンクとポテトサラダ、『当店自慢のアヒージョ』、『絶品トリュフオムレツ』をまとめて頼んだのちソワソワし始め、丸山くんの横顔を見つめながら「それで、本題なんだけど……」と話を急かした。丸山くんが手に持っていたお冷をひとくち飲んだのを見届けたのち、


「千秋って弟かお兄ちゃんいる、って話だった気がするんだけど」


と、みなみは目を真ん丸にして問いかけた。丸山くんはみなみのそんな前のめりな様子に戸惑いながらも、氷を見つめながら話し始めた。


「うーん。俺かなり酔ってたからそう言ってたのかもしれないけど、兄弟いないんだよね」

「いない?」

「うん。一人っ子」


そう。丸山くんは一人っ子だ。みなみはそれを知らないので、ますます混乱していた。

しかし私も事前に一人っ子ということは知っていたとはいえ、やはり引っかかってしまう。嫌なことを考えるが、もしかして、丸山くんには本当は兄弟がいて、流産してしまっていることも考えられるが……。

そうでもないと、あのドッペルゲンガーが丸山くんに執着する理由がない。私はその可能性を、聞きづらくはありつつも確かめる必要性を感じて伝えようとしたが、みなみによって遮られてしまった。


「あっ、お父さんは?」

「お父さん?」


いったいなぜ、というような感じで丸山くんが首を傾げつつ考える。


「確か、お父さんは一人っ子だよ」

「一人っ子かー」

「いとこに、小さい子いる?」

「いるよ。最近生まれたからまだ1歳とかだったかな」

「1歳かあ。…わからん…」


みなみは手当たり次第、丸山くんの家族や親戚の関係を聞き出していく。全く無礼極まりないが、致し方ない。丸山くんが危険な状態だからである。

しかし、先ほどからの丸山くんの回答を見るに、どれも当てはまらなそうだ。疑うとしたら最近生まれたいとこだが、この惑星に来たばかりの命が丸山くんに執着するほどの何かを抱えているとは考え難い。家庭環境にもよるが……。

答えがますます見えなくなってきたところで、お通しが届いた。お通しは意外にも夏野菜の揚げ浸しだった。てっきりイタリアンバルで統一しているのかと思っていたが、この規模のお店で、この客層で、この店主の好きなようにいろいろ出しているのだろう。

私がこの国に来て1位2位を争うほど好きな料理だ。だしの良い香りが鼻を通る。香りだけでご飯が食べられそうだ。

咲さんは、揚げ浸しのピーマンを頬張りながら訝しげな顔で私に問いかけてくる。


「さっきから何の話?丸山の家族構成そんなに気になる?」


確かに、今さっき出会ったばかりの相手に個人的な話をものすごい勢いで聞き出されている丸山くんを見て変だと思うのは正当だ。私も何も理由を知らずにこの現場を見たら明らかに不自然だと感じるだろう。


「そうなんです、ちょっと、なんというか、さっき2人が泥酔してるときに、か、家族構成が似てるよねみたいな話になって…」


無理があることはわかっているが、良い誤魔化しが思い浮かばない。しどろもどろになりつつ、適当な言い訳で通すしかなかった。

しかし、咲さんもまだお酒が残っているのか、「ふーん」と特に納得もしていないが、別に問い詰めるほどでもない程度の疑問だったようで、また揚げ浸しに視線を向けて箸でパプリカをつつき始めた。

ふと、パプリカをつついていた咲さんが、あれ?と首をかしげた。


「え?丸山んとこ、いとこ一人だけ?意外と少ない?そんなことないか」


私とみなみを挟んで、丸山くんが身を乗り出して咲さんのほうへ体を向け、大きく頷く。それから、指を折りながら何か数えるような動作をしながら、


「んー。まあそうっす。うちの家系、……えっと……おじ……あ。いや、ひいおじいちゃんか。ひいおじいちゃん以降赤ちゃんあんまり生まれないのと、生まれても一人っ子なんですよ。だから今回、親戚も超苦労してたみたいで、めちゃくちゃ盛大にお祝いした記憶があるんすよ」


何かがここに隠れている気がする。それはみなみも同じようだった。すばやく私に目配せをした。それから、話しっぱなしでまだ揚げ浸しを一口も食べることができていない丸山くんに対して、みなみはなんの遠慮もなく追加で質問をした。


「ひいおじいちゃんは何人兄弟だったの?」

「ひいおじいちゃんは双子だったんだけど、確か片方は亡くなっちゃったって聞いたな」


「“曽祖父”でいいんじゃない?」咲さんは、“ひい”はもう聞き飽きた、と呟く。

双子……。うん……。なんとなく、原因が近い気がする。みなみもその雰囲気を察していたようで、その部分を深掘りしたそうにウズウズしていた。早く詳細を聞かせてほしいと言わんばかりに前かがみになる。


「そうなんだ。で、そのひい……、曽祖父って……」


ついに聞き出そうとしたとき、お酒が届いた。店主が丁寧にバーカウンターに並べていく様子を、4人ともごくり、と見つめていた。やはりこの店主の手には魔法が宿っているようだ。何でも10割増で美味しそうに見えるのである。私たちの前にはビールが2杯と、ジャスミンハイが1杯、リンゴジュースが1杯置かれた。

「ごゆっくり」にこりと微笑んだ店主は、去り際にわざと喫茶店のウェイトレスのような言葉を残してさっとキッチン奥に姿を消した。グラスにはそれぞれ別々に描かれたかわいらしい動物のデザインが施されていて、ビールのグラスはうっすらと曇るほど冷やされていた。

ビールはもちろん咲さんとみなみだ。

いったん丸山くんの話を追求したい気持ちを抑え、4人はグラスを交わした。


「俺たちの出会いに乾杯!」


乾杯の音頭はなぜか一番面識のないみなみが執り行った。

咲さんも丸山くんも一気に飲み干してしまい、それからこの店の魔法の揚げ浸しに心を奪われていた。それから二人は追加でお酒を注文し、それと同時に続々とカウンターに注文した品々が届き、あっという間に渋滞を起こしていた。


「で、その曽祖父さん?って、まだいる?」


ありえない質問に、丸山くんはぷっ、と吹き出し、笑いながら、

「ふふ、いるわけないよ!いたら何歳?100歳超えてるか。いや、もっとか。ごめんごめん、馬鹿にしてるわけじゃなくて。ぷっ、ははは」

「あ、そっか。おい、笑うなよ」


2人はけらけらと笑いながらカウンターに伏せる。咲さんもお酒が入っていて、2人の笑い声につられて爆笑にまで発展していて、店内は賑やかになった。何かを閃いたみなみがハッと顔を上げた。


「あっ、じゃあ、おじいちゃんは?」

「おじいちゃんか……」


先ほどまで笑っていた丸山くんの表情が、一瞬少し曇ったように見えた。わずかな表情の変化だが、私は見逃さなかった。

丸山くんは俯きながら、


「おじいちゃんはいないんだよね」


とだけ言った。


「あ、ごめん……」


場の雰囲気が重くなってしまった。店内には軽快でノリのいいBGMが流れている。ジャズ?ポップス?なんだろうか、このジャンルは。丸山くんは両手をぶんぶん振って取り繕った。


「いやいや、気にしないで。まじで。まあ多分厳密にはどっかで生きてるんだろうけどさ。いなくなっちゃったんだよ」

「いなくなっちゃった?」


聞くと、丸山くんのおばあちゃんは“ほぼ”シングルマザーだったのだという。彼女は丸山くんの父のことを女手一つで育てた。というのも、丸山くんのおじいちゃんには失踪癖があったのだ。

丸山くんの父によれば、『自分の父を軽蔑している。無責任で子どもを捨てて逃げるクソ人間を親とは思っていない。だからこそ俺は絶対にそうはならないように、必死に千秋を育てた。』のだそうだ。丸山くんの父は父親像に対してコンプレックスがあり、丸山くんの母が出産を終えた後の授乳以外はほとんどすべて父がやったと、丸山くんの母が嬉しそうに何度も丸山くんに話していたのだと言った。


「だからお母さんとお父さん、今でもずっと仲良いんだよね。この前の週末にもイワナを釣りに行ってたな。俺はちょうどサークルのメンバーと花火見に行ってたからいけなかったけど」


私たち3人はすっかりのめり込んで聞き入ってしまっていた。私は今のアルバイト先での能天気で明るい丸山くんしか知らないし、家庭もいかにも順風満帆といった様子だったので、意外にも大変な歴史があったのだと知り、勝手に寂しくなった。丸山くんは語りで乾いた喉をレモンサワーでシュワシュワ潤し、さらに続けた。


「父方の家系は……まあ、暗い話になっちゃうんだけど。代々父親が逃げたり死んだり、そういうのばっかで、うんざりしてたんだろうね。俺、お父さんの怒ったところなんて、小学校の給食の残りのきなこ揚げパンをポケットに入れたまま忘れてそのまま洗濯しちゃった時くらいなんだけどさ。おじいちゃんの話をするときは、怒ったりはしないけど、なんていうか絶対に許すものかという憎しみなのか、ものすごく目が怖くなるんだ。あれはきっと、おばあちゃんがお父さんを育てるのにものすごく苦労してた様子を見て、何かしら思うことがあったんだろうね」


丸山くんはぐいっと残りのレモンサワーを飲み干す。「ごめん、暗い話して」

咲さんはすかさず「全然」と言って、後ろに上体を反らし、みなみと私を挟んで左隣にいる丸山くんの遠い肩をがっしりと掴み、「友達じゃん」と揺れながら言った。途中、ほとんどみなみに体重を預けていて、みなみも揺れていた。

今日、これ以上深掘りするのはなんだかよくないような気もして、それ以上質問するのはやめにした。

私がなんとなく話題を変えようとしていたら、店主が何も言わずカウンターに大きなシーフードピザをドンっと置いた。4人は驚愕して「こ、これは……」と息をのんだ。

店主は「サービス。まかないピザ。」

とだけ言って、再び恥ずかしそうにキッチンの奥へ隠れてしまった。その大きなピザは、しらすやホタテ、その他シーフードの切れ端や、たまに立派なものもとにかくたっぷりのせてあり、その隙間を埋めるようにチーズが敷き詰められていた。その上にはさらに温泉卵が乗っていて、うるうるとしている。温泉卵の上にかけられたオリーブオイルの香りが上品で、4人とも目をきらめかせてキッチン奥へ消えていった店主に向かって届くように「あ、ありがとうございます!」と身を乗り出して言った。店主は出て来なかったが、代わりにキッチンの料理人がにっこりと微笑み、「はいよ~」と言いながら手元に置いてある果肉入りのリンゴジュースを一口飲んでいた。


★


あのあと、別の話題でひと盛り上がりした後、4人は解散した。料理人たちはあのまかないピザにさらにアレンジを加えたものをキッチンで食べながら、お客さんに提供する料理を作っていた。外に出たとき、すでに時刻は深夜の26時。いや、午前2時を回っていた。

僕らは明日早い咲さんに合わせてさっさと解散した。

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