ドッペルゲンガーと出会ってしまったら
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当たり前に退店を要求された私たちは、三すくみの状態で絶妙な距離感で駅まで向かっていた。
丸山くんは酔いが覚めたのか、眉間にしわを寄せてなんだか考えている風だった。咲さんは退店してからすぐ丸山くんに謝り、それから現在に至るまで気まずさで一言も発していない。駅までは15分ほどでつくのだが、私がナビ権を有しているので(一番酔っていないから)、少し遠回りしている最中だ。
私が何か適当な話題を振ってもよかったのだが、咲さんと丸山くんのやりとりで、なんだか、何かが閃きそうで、ぐるぐる考えを巡らせていた。うーん…。殴り合い、か…。私はあまり納得できない意見だった。でも、納得できるかどうかの話であって、特に不快感はなかったな。
咲さんの発言に、悪意や支配を感じなかった。実際どうかは分からないが。カラッとしていて、私の”心”に生えたカビを、ゴオッと燃やして取ってくれたような、そんな爽快さがあった。
「パッションかあ…。」
思わず口に出してしまった。前を歩く咲さんが、不意に足を止めた。どうやら不快感を口に出したと勘違いしたようで、夜道でほとんど見えないが、悲しげな表情をかすかに捉えることができた。咲さんは目のふちに宝石のようなものをキラッと光らせて、
「嫌いになった?」
と言った。宝石だと思ったものは、涙だった。
…面白い状況なのに、とても綺麗だった。
涙は気持ちが具現化して、物質として目で見ることができるものだな。
咲さんがもし、地球のかけらの魔法使いなら、誰かを呪いから守るために、躊躇うことなく火を使うだろう。咲さんの炎は怖いかな?そもそも怖いのはなんでだろう。私が使ったことの無いもので、使い方を間違えるととてつもない破壊力を持ってしまうから?では、火星のかけらの魔法使いのみなみの炎は怖いかな?
…。
思考を巡らせれば巡らせるほど分からなくなってくる。そしてやはり恐怖心はずっと体の真ん中に居座り、痛みを広げるように脈打つように、存在し続ける。すると丸山くんが、ぐぐっと腕を空に向かって伸ばし、そのまま上体を後ろに反らせた。
「くぅ〜。決めた!」
「決めたって、何を?」
「俺、1回有馬くんとぶつかってみよっかな」
「えっ、なんで」
「いや、たまにはぶつかってみるのもいいかなって。なんかさ、さっきのでスッキリしたんだよ俺。分かんないけど。胸倉掴まれそうになった時、俺、そこまでやるか、って、結構腹立ったんだけど、なんかさ、目見たら咲さんマジだったし。本来なら咲さんの予備動作で察して逃げたりできたんだけど、なんか…。その熱を浴びたいと思って逃げなかったとこもあるし。この仲だからかな。熱さが身に染みた、みたいな」
「なるほど…」
「俺、頑丈だし有馬くんも頑丈だから殴り合って原っぱに寝そべって、お前やるな、お前もなみたいなことしたくなってきたかも。誰も巻き込んで、俺らだけで勝手にぶつかって勝手に打ち解ければ問題ないじゃん?」
「でも、その殴り合いって、僕のせいで、起こること、でしょ。それは申し訳ないよ。」
私は申し訳なさに、つい口を挟んでしまった。
「僕?…まあ、他にも腹立つとこあるし、律樹のことは別におまけみたいなもんだよ。別に律樹のために喧嘩するわけじゃない。てか、俺、友達と喧嘩って初めてかも。今までバランス重視だったからさ」
その言葉をトリガーに、ふと、八雲の言葉が頭をよぎる。
『炎も使いようだよ。』
『それって炎が悪いの?』
__炎は、ただそこに生まれただけ。炎が生まれた時、ただ炎のありのままの姿でいるだけ。それをどのように扱うのかは自分次第。私は…。私がどうやって炎を扱うか。私にかかってることが怖かったのかもしれない。とてつもない破壊力で燃え広がる炎が怖いんじゃない。それを引き起こしてしまった時、自分に責任がのしかかるのが怖かった。
だから、炎のせいにして、炎が怖い、炎が怖いと思っていたからなには閃かなかった。
炎を食い止める術も、燃え広げるよう作用させる術も知っている。今の私は、炎を扱うにはどちらの技術も未熟。しかし、時は待ってくれない。やらなくてはならないのだ。
炎…。行動力、決断力、攻撃性、怒り、情熱…。
「喧嘩もさ、悪くないよ。喧嘩することによって相手の本音が分かったりするし。ぶつかり合って乗り越えた時、信頼がさらに強くなることもあるもん。だから私、関係が壊れるリスクがあるとしても、譲れない信念のためなら。相手と関係を続けたいなら、避けては通れない道だと思ってる。少なくとも私の人生ではね」
咲さんが自分を取り戻したかのように、落ち着いて話す。確かに咲さんの交友関係を思い出すと、咲さんの周りの人は意志が強く、自分軸がしっかりとある人が多い。以前、職場に咲さんの友人が遊びに来た時も、特段目立つような動きはしていないのにも関わらず、存在感があった。彼女らと関係を続けるためには、彼女らの大切にする軸と自分の大切にする軸に曲げられないものがあったら、ぶつかって折り合いをつけて、関係を続けていくことを選択することも必要なのかもしれない。
「咲さんは怖くないんですか?大好きな友達や誰かと関係が破綻する可能性を知っていて、それでもぶつからなくてはならない時…」
咲さんは考える様子もなく、すぐに
「うん、結構怖いよ!」
と答えた。そして、
「関係が壊れたらそれまでかな。追うこともないかも。だって、お互い辛い思いしてまで一緒にいる必要なくない?友達なのに」
「えー、俺はビビっちゃうかもしれないっす。こいつとしか話せないみたいな話あるやん。それができなくなったらまじで俺辛いわ…」
「でも、喧嘩を避けて、辛くなってもいいの?」
「辛くなる?あ、…ですか?」
「うん。例えば、今回もそう。丸山は有馬くんと仲がいい。律樹とも仲がいい。でも、有馬くんは高確率で律樹を傷つける可能性がある。この時明らかに有馬くんに説得しなくちゃいけないし、丸山もその様子を知ってたのに、見ないフリして、辛くなってるじゃん」
丸山くんは下を向いた。咲さんは、なお続ける。
「私はさ、衝突を避けて味わう苦しみより自分の意志でぶつかって、その結果味わう苦しみなら、後者のほうがいいんだよね。丸山は違うかもしれないけどさ。」
丸山くんは近くに落ちていた石ころをこん、と蹴って、何か言いたげにもごもごしていた。
もしかして、丸山くんが自分の主張を咲さんにぶつけたら、丸山くんの苦手な喧嘩に発展してしまうと考えて言葉を控えてるのかな。丸山くんの様子を観察しつつ、次に咲さんが問い詰めるような口調になりかけていたら速攻、間に入って仲裁しないと、と身構えていた。
「俺さ」
丸山くんが伏し目がちになる。
「こういう時、どうすればいいのか分かんなくて。なんか、判断を誰かに委ねがちっていうか。よく考えてみたら、結構俺、交友関係でもリーダー気質の人と仲良くなること多いんよな」
咲さんは何も言わずに静かに頷いた。気が付くと私たちは駅に向かって歩くことをやめ、歩行者道路の端っこで立ち話に夢中になっていた。
丸山くんはいつものお調子者で軽やかな様子を一切見せなかったので、なんだか違う人と話しているみたいで不思議な気持ちになった。
「こういう、いわゆる議論?とかもあんま経験なくて。だいたい俺が適当に話を合わせて、相手を否定せずに話をこう…流すというか。そもそも俺の意見を聞かれることも少なかったな…。大体相手の意見を…悪く言えば押し付けられて、はいはいその通り、で終わりだったんだよね。別にあいつらのこと嫌いじゃないんだけどな。てか好きだし。今回初めてこういう話について考える機会になったっていうか。意見を求められるって、意外に全然ないかも俺、って今、今知った。それで、色々ぐるぐる考えちゃった」
丸山くんはぽつぽつ言葉を紡いで、ゆっくりと考えを話してくれた。
咲さんはただ静かに聞いていて、相槌を打っていた。まあ、なんだかんだ咲さんのほうが一個上だし、しっかりしてるし。感情のままに動くことはない、…とは、限らないか。でも、少ないはず。なんだか丸山くんのいい部分が見えた気がして、それを伝えたくなった。
「てことはさ、丸山くんってものすごい柔軟ってことだよ!」
丸山くんは私の発言に、「そう?だよな?ふふ。」と嬉しそうにした。咲さんも微笑んで、
「確かに、私みたいな自己主張激しい奴は、丸山みたいな柔軟性がある奴と相性いいかも。なんかありがとうね」
さっきまで微妙だった雰囲気が、なんとなくほんわかした。
「もう一軒行くか?私のおごりで!」
咲さんがいつもの調子を取り戻し始め、丸山くんも「おごりなら行くー!」と、乗り気ハイテンションでぴょこぴょこ跳ねていた。
私もなんとなくまだ帰る気はしなくて、誘いに乗る気で彼らの後について行こうとした。
…その時。駅の方向に向かう咲さんの方に向くと、遠くのほうに丸山くんと佇まいがそっくりな人が見えた。
いわゆる本能的に、やばい。と感じた。見間違いなどのレベルではなく、私の肉体が怯えていた。
先ほどの丸山くんの話や、咲さんの話、そしてさっきの粘土人間の店員のこともあり、心拍数が上がる。
____まだ、私は炎を使う決心はついていない。
それに、私の金星はこの肉体ではまだ使いこなせない。開放できていないから…。それに、この場で魔法を使ったとして、果たして勝てるかどうか…。
とにかく、あれに気づかれたらまずいので、見間違いだとしても、一旦移動して身を隠すことにした。
「駅のほう、居酒屋少ないみたいなんで、もっと繁華街のほう…こっち、こっち側の商店街に移動しましょうよ!」
とりあえず、どんな理由でもいいから無理やり2人を連れ出そうとするが、
「え?俺駅前に何個かおいしくて安い居酒屋知ってるけど。案内しよっか?」
と、丸山くんが気を利かせてくれた。なんともタイミングの悪い奴だ。咲さんも、「おっ、安いと助かる~」と、そっちに行く気満々になってしまい、駅のほうへ進み始めてしまう。
「ちょ、ちょ、ちょっと!待ってください!私今、甘いもの食べたくて。ほんとはセンスのいい夜カフェを案内しようとしてたんです」
無理な話だと分かりつつ、とにかく駅には行かせまいと脳みそフル稼働で必死に逆方向にある商店街へ誘導する。あれに気づかれる前に、とにかく早く。なかば強引に咲さんと丸山くんの肩を掴んで方向転換をしようとする。駅のほうを向いていた咲さんたちを無理やり商店街の方へ方向転換させると、咲さんが突然、
「え?え?」
と、驚いたような声を上げた。続いて、丸山くんも、
「えっ」
と、何か衝撃的なものを見たかのような声で、そのまま言葉を失っていた。私が異常事態に気づき、すぐさま咲さんたちの方へ体を向けた。途中、視界の端に駅の方面が映ったが、丸山くん似の人影を捉えることはできなかった。嫌な予感を一瞬で察知してしまう。二人と同じ方向に体を向けると、すぐ目の前に、丸山くんがいた。
正確には、丸山くんのおそらくドッペルゲンガー。
だって…だって私の右腕は、丸山くんの肩を抱いているはず。左には咲さん。しかし今、目の前には丸山くんがいる。目の前の丸山くんは、まず私を見て、それから咲さんのほうへ視線を移動させ、ニコリと笑う。その挙動は丸山くんはしないので、ますます気味が悪い。
丸山くんの姿をしているのに、その中に丸山くんらしさを全く確認できない。丸山くんの皮を被った別の何か。途端にその不気味さに、みぞおちのあたりがスッと寒くなるような感覚に見舞われ、手先が冷たくなる。
目の前の丸山くんは、先ほどまで笑顔を貼り付けていたのに、途端に能面のように表情が無くなった。続いて、私の右腕の中にいる本物の丸山くんに視線を移動させた。そして彼の頭からつま先までじっくりと観察し、それから自身の体と照らし合わせるように、自分の体と、丸山くんの体を交互に観察し始めた。
何をしてくるかわからないのと、最悪の事態になった場合、この場に守らなくてはならない命が2つも存在するため、なかなか身動きをとることができず、ただ丸山くんのドッペルゲンガーの動きを見つめているしかなかった。
今の私は本来の力を発揮できない。この体にまだ慣れきっていないというのもあるが、何より、金星以外の惑星のかけらが自分の核の部分に存在するため、かけらが互いに影響しあい、なかなかバランスを掴めないでいる。
そんな状態で一人で戦うのはあまりにも危険。他の魔法使いに助けを要請したいところだが、今、スマホを取り出してチャットを開くなんて危険だ。




