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ドッペルゲンガー

青のりを右前歯にオシャレにデコレーションしながら神妙な面持ちで話し始めた。私は指で自分の右前歯をトントンと示し、”取れてないよ”とジェスチャーした。丸山くんは手で口元を隠し、少しもごもごした後にニッと私に向かって微笑み(歯の確認をして、という意味だ)、青のりは消えていたので、その旨をグッジョブのジェスチャーで伝えた。


「いや、俺もね。先週の土曜、友達と飯食ってたんだけどさ。たまたま有馬くんの家の近くだったんだよ。俺何回か有馬くんちで飯食ったことあるからあいつの家知ってんだけどさ」


丸山くんは急に声のボリュームを落とした。そのせいで私と咲さんはふたたび背中を丸めて、前のめりになって話し声に集中することになった。


「俺、ドッペルゲンガー?見たかもしれない」


「ドッペルゲンガー?!」


あまりにも唐突な話題だったので、思ったよりも大きな声で復唱してしまった。にもかかわらず、丸山くんはそのあとも淡々と続けた。


「俺、さっき言った通り、有馬くんと何回か有馬くん家で飲んだことあるんだけどさ」

「えっ。仲いいな」


咲さんが意外そうな表情でこぼした。


「意外と馬が合うんだよね。有馬くんと。まあその話はまた今度。一旦置いておくとして、今回話したいのがさ。この前友達と飯食ってたらさ、たまたま友達んちが有馬くんの家に近くて。あれ、ここら辺有馬くんちの通りじゃんと思いながら友達と談笑しつつ歩いてたわけよ。そしたらさ、駅前にコンビニがあるんだけどね。そこに有馬くんがいて。で、誰かと話してんのよ」


丸山くんは持っていた箸をパチッとテーブルにたたきつけた。どうやら佳境に入ったようだ。


「それでよ。えっ、誰と話してんだろー。友達かな?なんか俺に背格好似てんなー。とか考えながら歩いてたら。近づけば近づくほど俺なんだよね。えっ、怖くない?なんかドッペルゲンガーに会ったら死ぬみたいな話聞いてたから俺やばいかもと思ってとっさに友達の後ろに隠れたんだけどさ。隠れながら特徴観察してみたら2日前の俺なんだよね。2日前って、有馬くんと飯食った時で。えなんか、変なとこ行ったっけとか幻覚?とかいろいろ考えたけど全く分かんなくてさ」


丸山くんはここまで一息で話したかと思うと、力が抜けたように、居酒屋の簡易的な椅子のカチカチの背もたれに寄り掛かった。(背もたれがあるだけ、いいか。)3人とも、何て返せばいいかわからず、各々天井を仰いだり、グラスの結露を指で拭いたり、おしぼりを丸めたりするしかなかった。

なんだか妙な雰囲気になり、しばらく沈黙が続いた。私も、有馬くんについては思い当たる節があるので、言うべきか、言わないべきか迷っていた。それにしても、ものすごく嫌な感じだ。まるで呪いが広がっているかのように、周りの人にも影響が出始めている。


沈黙が続いたなか、


「山盛りとろたくでーす。これ取り皿です」


店員さんがタイミング良く、料理を運んできた。私たちはちょうど話題に困っていたので、飛びついて「美味しそう〜!」と言ってみたり、「やば、まじで腹いっぱいなんだけど。俺食えねーよ。誰頼んだの?あっ、俺か!なんちて!」と、空回りしてみたり、とにかく大袈裟に反応してみた。

ふと、取り分けるお皿が2つしか無いことに気づき、店員さんを見上げた。


店員さんの顔は、粘土に写真を貼り付けたようなあの魔物にそっくりだった。



私は目が離せなくなり、言葉に詰まり、ただ見上げることしかできなかった。顔は本当に2Dで、悪口とかではなく、本当に写真が貼りつけてあるようだった。

ところどころノイズがかかっているようにも見え、それもまた不気味だった。なにか嫌なことが起きるかもしれないと身構えていると、その粘土人間は私を見つめたまま、「お皿、持ってきますね。」と言って厨房に戻って行った。

私、なにも頼んでいないのに…。まさか、わざと2皿しか持って来ないようにして、自分の顔を見てもらおうとしていたのか?2人は全く気付かず、とろたくに夢中で美味しい美味しいと騒いでいた…。


なんだか平和なこの風景と、その近くに何をしてくるかわからない魔物がいる緊張が相まって、気持ちがざわついて収まらなかった。この人たちが傷つけられそうになった時、私はどうするんだろう。今の私の金星の力だけでは対抗できないようなあの魔物、そしてそれに対抗できる私の中の火星のかけら。果たして使うのか、使いこなせるのだろうか。


「あの、さ」


気づいたら言葉に出ていた。何を言うかなんて全くまとまってないのに。何もまとまっていないけど、何もまとまっているほうがいい気もして、もう、そのまま全部話してしまおうと思った。


「ふたりは、もし私が傷つけられたらどうする?」


唐突な質問に、二人は目を丸くして私を見つめた。そして、そのあと、咲さんが先に口を開いた。


「傷つけられたら…?」

咲さんはみるみる整った眉を吊り上げて、


「殺す!」


と大声を出し、こぶしは固く握られていた。


「というか、傷つけられる前になんとかする」

「なんとかって?」


丸山くんがのほほんと咲さんに問いかける。


「何とかだよ!」


丸山くんが余計なことを聞くので、より咲さんの目の中の炎を大きくしてしまった。


「律樹が傷つく前に私、動くし、丸山も協力するし、傷つくことは前提にしないで。頼って」

「うん。俺巻き込まれたけど、巻き込んでいいから。俺のこといくらでも盾にしな!なんちて!」


軽快に笑う丸山くん。咲さんは依然として瞳をめらめらと燃え上がらせていた。


咲さんは、まだ続けた。


「私は、律樹のことが好き。好きな人が傷つくのは私は許せない。絶対にね。もちろん丸山もそうだよ。なんかキザだけどさ」


咲さんの表情はやわらかく、瞳の炎はあたたかかった。その考え方がどこで形成されたのか興味が湧いた。


「咲さんは、どうしてそんなに面倒見がいいんですか?」


咲さんは、少し考えてから、


「私は…」

「なんだろうね。夢がデカすぎんのかも」


と呟いた。それから、恥ずかしそうにそっぽを向いた。丸山くんも、珍しく茶々を入れずに、咲さんが話すのをゆっくり待ち、にこやかに話をただ聞いて、頷いていた。


「夢…?」

「うん。律樹や丸山だから…。まあ、バカにしないで聞いてくれそうだから言うけど。いや、やっぱ…。恥ずかしいな…。キモいし…」

「何何、教えてくださいよ!そこまで言ったなら」


丸山くんが肘でつつくような仕草を取る。咲さんは少し笑った後に、


「私は、みんなでみんなを守るみたいなそんな感じの、なんか、なんて言うんだろ、社会っていうか、恥ず…。いや、まあいいか。良くないか。やっぱり無し!無視して!」


唐突な大規模な夢に、一瞬驚いてしまったが、僕も、私も同じことを考えていたので、心から何か湧き上がるものがあった。


「いや、馬鹿になんてしないですよ。俺も恥ずかしい話するんで、話してくださいよ」


私は少し茶化しながら話の続きを聞こうとしたが、意外にも丸山くんは笑ったりせず、真剣に話を聞く姿勢を取ったので、何も言わずに同意の相槌を打つことにした。咲さんはちょっとの間黙って、決意を固めたかと思うとまた迷って、を繰り返し、ようやく口を開いた。


「別に、なんか不幸があった訳じゃないのよ。昔から正義感強いだけで。不幸なニュースが流れるとさ。なんか、なんで誰も、助けてあげられなかったんだろうとか、誰かが傷ついてからじゃないと助けが来ない状況とかがすごくモヤモヤして…。なんかさ、昔はホント、クラス内でボスみたいな感じで意地悪なやつと喧嘩したり、不誠実な先生に反抗したりしてたんだけど。ココ最近、ついに社会にまで反抗心湧いちゃって。うわー、どうしよう。これ、世の中に反抗しようとしちゃってるわ。どうにもならない。最悪、ここまで来ちゃった。って思ったんだよね」


咲さんは前髪をかきあげて、それから額に手を当てて考え込む姿勢を取った。それを見た丸山くんは、


「なにも最悪じゃないですよ。いいじゃないですか大きい夢。俺、でかい夢好きですよ。120点目指さないと100点取れないじゃないですか。目指しましょうよ!120点」


と、陽気にフォローを入れた。お酒が入っているからか、妙にゴキゲンにエイエイオー、と盛り上がる丸山くん。

あたたかい炎。うーん。続きがなにも分からない。なんか、深いところでなんか良いアイディアが閃いてるんだけど、それを頭まで持ってくほど理解はできてない感じ。

あたたかい炎。だからどうとか、今はなにも閃かないけど、この何とも言えない納得感は覚えておきたいなと、思った。


「丸山、盛り上がってんねー。その調子で、あんたの恥ずかしい話も聞かせてよ」


そう言う咲さんも、頬が赤らんでいて、相当酔いが回っている様子だった。丸山くんも丸山くんで酔いが回っていたので、咲さんの言葉に乗っかってついに暴露し始めた。


「俺はやっぱラブだね!ラブ足りないやん今!」

「何?恋愛したいの?」


咲さんが、なんだそんな事か。というような表情で丸山くんを見る。既に目はとろんとしている。咲さん、何杯飲んだっけ…。


「いやいや、そうじゃなくて、俺自分で言うのあれだけど、めちゃくちゃ両親に愛されて育ってきて、友達にも恵まれてきたからさ。電車で足踏まれたり、ホームで肩ぶつけられたりすると、ラブ足りてねえなーって思うんだよね~」


丸山くんは、話に感情が乗ってきたのか、ものすごく饒舌に語りだした。なんか、丸山くん、私より金星だな。てかこんなに熱い心を持っていたのか。


「心配とか、気を付けてね、とか、これ落としましたよ、とか。こういうとこ嫌いだけど、ほっとけないから一緒にいてやるか、とかさ。

理屈で理解できるけど、人間だからこそ感情のせいで面倒事って分かってて飛び込んでしまうとか、そういうラブ!恋愛だけじゃなくてさ。俺はラブを世の中に充実させたいね。恥ずいけどさ。誰にも言うなよー」


丸山くんは、後半から恥ずかしさが勝ったみたいで、目を瞑りながら話していた。気づくと耳は真っ赤になっていた。丸山くんは、手に持っていた、溶けまくった氷でかさ増しされた、味なんてほとんど感じられないだろうハイボールを流し込み、ダン、とテーブルに空いたグラスを置いた。


そして彼もまた、ぼんやりした目でおつまみを見つめ出した。しばらくゆらゆら視線を動かしたかと思うと、今度は突然涙を流し始めた。


「俺、有馬くんが律樹のこと好きなの、知ってたんだよ」

「ハア?」


急な発言に咲さんがすっとんきょうな声を上げた。私も驚いて言葉が出なかった。


「俺、有馬くんと仲が良いからさ。どのくらい律樹を想っているかとか、わかっちゃうんだよ。…はあ。有馬くん、律樹にストーカーしたらどうしよう。俺、どうすればいい。有馬くんのこと友達として好きだけど、律樹も同じくらい、友達として好きだ。俺、有馬くんのこと嫌いになりたくないよ~」


酒を飲むと弱気になるのか?珍しく丸山くんが悲しい顔をしていたので、オロオロしてしまう。丸山くんの涙なんて、初めて見た。いつもニコニコ楽しそうにしているから、余計に動揺してしまう。そんな具合で驚いていると、咲さんがまだ7割残っているビールを一気にぐいっと飲み干し、


「そんなもん、有馬くんのことてめーが殴って分からせるしかねえだろ!」


と、興奮気味に言った。今にも胸倉を掴みかかりそうな勢いで丸山くんに怒鳴るので、私も思わず咲さんの腕にそっと手を添える。丸山くんはまだ泣き続けている。どうやら、丸山くんはお調子者に見えて心に熱いものがあり、それでいて感受性が豊かなんだろう。


「殴るって…。そんな簡単な話で片付かないだろーー」


丸山くんは目から大粒の涙を流して鼻をすすりながら対抗する。醤油が染みたおしぼりで目を拭こうとするので、私の近くに置いてあった紙のタオルを渡した。丸山くんは「さんきゅー」とつぶやいて、涙を拭かずにテーブルの端に置いたかと思うと、間もなく紙のタオルはグラスの結露でできた水溜まりをゆっくりと吸収し、紙タオルの中央に円を作った。その様子を見ながら、丸山くんは相当酔っぱらっていることを確信した。咲さんは涙を流し続ける丸山くんにさらにこう続けた。


「話してみて、それで片付かないんなら、友達ならこぶしで行け!」

「咲さん倫理観が」


お店の人もちらちらとこちらを気にかけている様子だった。そういえば、さっきまでいた粘土人間の店員は、いつの間にか見当たらなくなっていた。見間違いだったか、それともどこかに行ってしまったのか…。考える間もなく、咲さんがついに立ち上がった。咲さんは止まれない。私が一瞬目を離した隙に、とうとう丸山くんの胸倉をつかんでいた。


「いい?丸山。泣きながら聞け!一方的な要求の押しつけはハラスメントになる。力関係が不釣り合いなものもハラスメントになりうる。しかあし!同程度の要求を押し付け合い、お互いに押し付けまくり、観念して妥協案を出し合う、または…同レベルの力で殴りあえるのは喧嘩になるんだ!丸山と有馬の力関係はどうなんだ!同程度に張り合えるなら喧嘩してみろ!しろーー!」

「うわあぁああん」

「殴り"合い"は、パッションだ!」

「お客様!!」


危険だと判断した店員さんが、2,3人飛び出してきて、咲さんを羽交い絞めにした。その隙に(と言ったらアレだけど…。)念の為もう一度、粘土人間を探したが、やはり居なくなっていた。


咲さんは終始、「丸山!泣きたいだけ泣け!」と叫んでいた。


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