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恐怖体験

「はあ?!サイッテー!」


居酒屋”はなぎく”の名物、ドデカえびてんを頬いっぱいに詰め込み、怒りをあらわにしてくれているのは、私の大好きなバイトの先輩の咲さんだ。

うんうん、ごもっとも。というような表情でたこわさをつつきながら大きく頷くのは丸山くん。箸の端で眼鏡を上に押し上げて、味のついているたこわさをわざわざ醤油をくぐらせてから食べている。塩分過多だ。


「え、私。有馬くんに言っておこっか?お前、してる事やべーよ、って」

「いや待て待て。まだ有馬くんそんな検挙できることしてないから危ないって。言いがかりだーって言われたらヤバイよ」


鼻息を荒くする咲さんを、隣の丸山くんがなだめる。


「うん…。そうなんだよね。まだ有馬くんにされていることといえばまあ、ストーカーギリ未満みたいなことだし」


私は、丸山くんに同意する。


「ギリ未満っていうか、毎回同じ電車乗って、律樹を見送ってから帰るって怖すぎん?あと丸山は敬語使え」

「あ、はい。有馬くんってそんな感じのやつだったんか。律樹ごめん、この前キューピッド!とか言って余計なことして」


そうやって僕…私の代わりに怒ってくれる二人。

丸山くんは余計なこともするし怠惰だけど、こういう時、雑なフォローを入れてくれるから大好きだ。

品を重んじる私でも、丸山くんの前では汚い言葉も使えるし、丸山くんに怒りをぶつけやすい。なぜなら、丸山くんにとって私の怒りなんて道に落ちてる石ころみたいなもんで、足元に転がってきても気づくことすらない時もある。それが心地いい。私の怒りが効かないから。

咲さんは後輩である私のことをとても気に入ってくれているようで、私が恋愛や嫉妬などの悩みがあるときに咲さんに相談すると、たいてい私の怒りを代弁してくれて、それがすっきりする。私はこの職場でも以前、何回かそういう面倒ごとがあったが、その時も咲さんは積極的に私のことを助けてくれた。私にしつこく言い寄ってきた常連さん…。


__いつも同じものを頼む彼。彼はいつも生姜焼き定食に単品でアジフライを追加して、生姜焼きのマヨネーズを多めに注文する。

注文を取ってる途中もかなりしつこく私の個人情報を聞き出そうとしてくるんだけど、軽く流していると、もう一度会話のチャンスを得るために、私が注文を取って厨房に戻った後、わざわざ厨房に来て私に直接「マヨ多めで!」と伝えてくる。咲さんがいるときは咲さんがわざと私の間に入ってくれて追い払うように「かしこまりましたーーーーー。」って圧をかけてくれるんだけど、いないときはみんな困り果てて結局話に付き合わされてしまうこともある。


この事例に関しては咲さんが店長に報告してくれて、店長がエリアマネージャーに報告、その客が入店したら私は厨房から出ないっていう対応をとった。それから警備員さんが巡回してくれたり、その人のオーダーは必ず男性が取る、っていう対応にしてから収まった。ただ、帰りにストーカーまがいのことをするような行為は収まらなかったので、収まるまでは丸山くんが一緒に帰ってくれたりした。

そんな感じで、この二人にはものすごーーく助けられているのである。あの彼、今は何しているんだろう。

私は幸い周りに恵まれていてあの人から離れることができたけど、どこかで被害者がいたら…。いや、私の想像の範疇を超えるところは考えても仕方ない。


こんな時、"個"なんてなければ、こんな面倒なことで悩まなくてもいいのに…。


みんなで見守りあえれば…。なんて思う。どうか誰も傷つきませんように。私の惑星にはない価値観だから、このこの惑星特有の悩みも尽きない。


「…つき」

「律樹!」


急に名前を呼ばれて思わずびくっとしてしまった。


「もう~。話聞いてなかったでしょ」

「あっ、すみません。ぼーっとしてて笑」

「前にもさ、あったじゃん。変なおじさんが律樹に付きまとってた事件。律樹ってああいう目に合うことほんとに多いよね〜」

「ありましたね。あの彼、今どうしてるんでしょうね」

「彼?オッサンだったじゃん」


丸山くんが口の周りに青のりを付けながら話に割って入ってくる。

そののりはどこからつけたんだ。


「ん?そうそう。おじさんだったね」


私にとってはただひとつの命なのでなんでもいいが、とりあえず呼び方を合わせた。

すると、咲さんが手をちょいちょい、と手招きして背中を丸め、周囲をチラチラと気にしながら小声で話し始めた。


「でさ、でさ。そのおじさんなんだけど。私そのおじさんの家知っててね。っていうのも私の帰り道の途中にあるんだよね。あのおじさんの家。別にストーカーした訳では無いんだけど。ここ、ここ重要だから。勘違いしないでね。特に丸山」


お行儀悪く咲さんは箸で丸山くんに注意をした。

丸山くんは目の前に箸の先が向けられたので、「おお。」とだけ呟いて、また話に集中し始めた。こういう、いやいや、普通もっと驚いたりツッコミいれそうだけどな。みたいなとこでテキトーな反応するのが丸山くんの良いとこなんだよね。雑すぎて。私は適当に笑って、それから咲さんの小さい声を拾うために身を乗り出した。


「あのおじさんさ。いつの間にかいなくなってんの。いや…。おじさんどころか…。えっと、あのおじさん家族いたみたいで、いつも一軒家に帰っているところ見てたんだけど…って、まじでストーカーじゃないから。通る道だっただけだからね」

「おけおけ、もういいから。話すのに集中してくんないすか」


丸山くんは一点を見つめるかのように卓の中央から目を離さず、早く続きを、と急かした。


「ごめん。そう、えっと、…そうそうそれでさ。その家、ついこの1週間前とかから誰も出入りしなくなってさ。家の明かりもつかないの。でも車もあるし、自転車もそのまま。でも人が一切出てこないんだよ。怖くない?なんかあったのかな」


咲さんは眉をひそめ、不愉快そうに話した。丸山くんは卓の中央から目をそらさず、口を閉じたまま、舌をゴロゴロと動かして口の中を掃除しながら話を聞いていた。

いつもならこのような恐怖体験に近い話やゴシップなど、気持ちが高ぶる話題を聞くと、話し終わるか終わらないかの間に丸山くんは早とちりして自分の考察を話し始めるのだが、今日は妙に黙って、静かに咲さんの話を聞いていた。その様子が私はなんだかものすごく不思議に思えて、つい丸山くんに話を振った。


「何。どうしたの。丸山くん珍しく黙ってるけど。なんか詰まってんの?」


丸山くんを面白おかしくいじってみると、卓の中央に留まっていた視線をゆっくり私に移し、そして口を開いた。


「…いや、俺もさ。恐怖体験的なことあって」


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