殲滅作戦
夜明け前、アルトライヒ帝国第一機甲中隊は、連邦軍領地のハルターボーデンへ向けて進軍を開始した。この中隊には、バルドルトが開発した戦車の試作車両が配備されている。この車両は、3層までの魔法陣展開が可能になるように改良された、試作型改良車両であった。
キャタピラが大地を噛む音だけが、静かな平原に響いていた。
バルドルトはこの戦車の開発者であり、この作戦の指揮官を任されている。彼は指揮車両の上から、敵陣がある丘を見据えた。
丘の上では、コル連邦軍が双眼鏡で監視をしていた。
ふと、一人の若い士官、が帝国軍の部隊を見つける。
「帝国の連中、またやってきました!」
葉巻を咥えながら上官が答える。
「懲りない奴らだ。まあ、前回みたいに叩き潰して終わるのがオチだがな」
「敵兵、中隊規模!前方には…なんだ、あれ…謎の鉄の塊が30個ほど配備されてあります!」
「奴ら、また妙な物を作りおって。大した技術者もおらんくせに」
若い士官が鼻で笑う。
その言葉を聞いていた一人の老兵は、双眼鏡を受け取り、ゆっくりと鉄の塊を覗き込む。
鋼鉄の箱。
太い筒。
そして、ゆっくりと丘へ進む履帯。
「…何とも、嫌な形をしている」
「おいおい軍曹、あんなものにビビってるのか?」
「そうですよ!あんな鉄の箱、魔銃で破壊してやればいいんですよ!」
周囲の士官たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「軍曹も年を取ったものだ。ただの鉄の箱に怯えるとは」
「帝国軍もネタ切れだな。あんなものを戦場に持ち込むとは」
上官も肩をすくめ、双眼鏡を老兵へ返した。
「安心しろ。魔術師隊の一斉射撃で鉄屑になる」
笑い声が陣地に広がる。
しかし、その老兵だけは笑わなかった。
双眼鏡を下ろしてなお、彼の視線は鉄の塊から離れない。
長年、幾度となく戦場を渡り歩いてきた経験が、
理屈では説明できない違和感を告げていた。
――あれは、これまでの兵器とは違う。
その胸騒ぎが現実となるまで、あと数分もかからなかった。
「目標、座標E1・E2」
「主砲魔法陣、第二層まで展開用意!」
「魔力充填率、70%を保て!」
バルドルトが指揮を出す。
「少尉!各車両の砲撃準備が完了しました!」
バルドルトは頷き、目標を見つめる。
「砲撃準備!撃て!」
彼が右手を振り下ろした瞬間、20両の戦車の砲身から魔法陣が展開され、眩い閃光の後、高威力の魔弾が発射された。
魔弾は見事に連邦軍の拠点へ命中した。
「…何があった…少尉!状況報告を速やかに行え!」
連邦の上官は声を荒げる。しかし、周囲からの応答はない。
「帝国の奴ら、何を使いやがった…」
隣では、傷だらけの老兵が青ざめた顔で帝国の中隊を見ていた。
「悪魔だ。帝国には悪魔の技術者がおるのだ。ここで奴を殺さねば、世界は終焉へ向かってしまう…」
老兵は旧式の魔銃と杖を取り、立ち上がった。
「こちら中隊指揮より斥候部隊、敵の殲滅状況を確認。オーバー」
「斥候部隊より中隊指揮、敵本部損傷率90パーセント。以上。オーバー」
「了解。斥候部隊は直ちに帰還し、殲滅作戦へ備えよ。アウト」
「こちら中隊指揮より各局。これより、殲滅作戦へ移行する。戦車を盾に、残兵を殲滅せよ!」
連邦軍に致命傷を与えた帝国軍は、殲滅作戦にとりかかった。
戦車が先行して丘を駆け上がり、それに歩兵が続く。
逃げ惑う者、祈りを捧げる者、勇敢にも戦車へ立ち向かう者。連邦の歩兵たちの反応はさまざまだった。しかし、戦車はそんなことなど意にも介さず、そのすべてを履帯の下へ飲み込み、轢き潰して進んでいった。
二時間後――戦闘は終わった。
砲声は止み、戦場は不気味な静寂に包まれていた。
吹き抜ける風が土煙をさらい、その先には無数の亡骸が横たわっている。
その中で、ただ一人。
老兵だけが立っていた。
深い皺の刻まれた顔。血に濡れた軍服。それでも、その眼光は少しも衰えていない。
鋭さの奥には、不思議と穏やかさすら宿っていた。
その異様な佇まいに、バルドルトは思わず息をのむ。
ゆっくりと魔銃を構え、その銃口を老兵の額へ向けた。
「……お前で最後だ」
老兵は微動だにしない。
「何か、言い残すことはあるか。」
しばらくの沈黙の後、老兵は静かに口を開いた。
「……では、長くなるが。」
老兵はバルドルトを真っ直ぐ見据え、告げた。
「私の昔話を、聞いてくれぬか。」




