評議へ行く便
評議の朝、私とオクターヴ様は、早めの下りの緑で東の市場へ向かった。
手帳の上で組んだ便には、始発から乗りたかった。誰がどこで乗ってくるのか、自分の目で見ていたかった。
東の市場の車庫の前で待っていると、組んだ便の緑の段に、ジョスさんが立っていた。昼の便を、また若い人に代わってもらったのだという。膝の腫れは引いたらしく、今朝は腰掛けを畳んだまま、背筋を伸ばして段に立っている。
「今朝は、座りませんよ。評議に行く便ですからね」
市場の停留所で、ドニーズさんが乗ってきた。いつもの粉だらけの前掛けを外して、よそ行きの茶色の外套を着ていた。籠は持っていなかった。手ぶらのドニーズさんを見るのは、初めてだった。
「手が寂しくって、しかたありませんよ」
ドニーズさんは、入口の脇に座りかけて、それから首を振って、一つ奥へ詰めた。
「今日は、入口の脇は空けときましょう。誰が籠を持って乗ってくるか分かりませんからね」
◇
「川沿いー」
ブノワさんが乗ってきた。石の粉を払ったらしい上着は、それでも肩のあたりが白かった。髪を水で撫でつけて、ひげを当たっていた。
「公爵家の用ってのは、ひげまで当たらなきゃならねえもんですかい」
「当たらなくても、よかったのよ」
「早く言ってくださいよ」
車内が笑った。
緑が楡通りへ上る坂にかかった。私は、窓の外に目を凝らした。
楡通りの角の停留所に、ジョルジェットさんが立っていた。
大きな洗濯物の包みは、抱えていなかった。両手を前で握り合わせて、こちらを見上げていた。
ジョスさんが、段の上で鈴に手を掛けた。それから、その手を下ろした。
「……楡通りー」
鈴を鳴らさずに、声だけで呼んだ。
小声のつもりの声は、やっぱり通りの屋敷の窓まで届くくらいよく響いた。車内のドニーズさんが吹き出し、ブノワさんが膝を叩いた。
「ジョスさん、それじゃ鈴より大きいですよ」
「やかましいや。練習中だ」
包みを持たない洗濯女が、小さく笑いながら段を上がってきた。
「洗濯の日を、ほかの人に代わってもらいました」
「来てくれたのね」
「どのみち、ですから」
それだけ言って、彼女はドニーズさんの隣に腰を下ろした。
◇
「噴水広場ー」
施療院の前の停留所から、夜勤明けの看護婦さんたちが乗ってきた。目の下に、うっすらと影ができている。年かさの看護婦さんが、私に向かって片目をつぶってみせた。
「評議が済んだら、帰って眠るわ。それまでは、起きてる」
その後ろから、ドレスの裾を膝の上でまとめた令嬢たちが、侍女を連れて乗ってきた。茶会の令嬢と、その友だちだ。
残っていたのは、ドニーズさんが空けておいた入口の脇の一つだけだった。令嬢たちは目配せし合って、そこには座らず、腰掛けのあいだに立った。裾を畳んだまま、吊り革もない車内で、隣の令嬢と腕を組んで、揺れに耐えた。
「乗合の客ですもの」
茶会の令嬢が、私にそう言って笑った。
十二の席は、入口の脇の一つを残して埋まっていた。ドニーズさん、ブノワさん、ジョルジェットさん、看護婦さんたち。市場と川沿いの客たち。
オクターヴ様と私は、入口のそばに立っていた。一番奥の席に座るつもりは、今朝は二人ともなかった。
揺れる車内を見回して、オクターヴ様が低い声で言った。
「君の組んだ便だ」
「乗っているのは、乗合のお客様です。私は、どの便なら乗れるかを聞いて回っただけ」
「それを、組んだと言うんだ」
オクターヴ様は、腕を組んで立っている令嬢たちと、ひげを当たったブノワさんと、手ぶらのドニーズさんを順に見て、また私に目を戻した。言葉は、それで足りたらしかった。
「公爵邸前ー」
門の前の停留所で、マルトとバルナベさんが乗ってきた。マルトは立っている私を見ると、黙ってその隣に並んだ。
父は、この便には乗っていなかった。
伯爵家として評議に呼ばれた父は、たぶん、継母と同じ辻馬車で来るのだろう。雪の坂を、辻馬車が上れればの話だけれど。
◇
「王宮前ー、終点でございます」
王宮の門をくぐり、西の翼へ向かった。ドニーズさんは、王宮の中に入るのは初めてだと言って、廊下の天井ばかり見上げていた。ブノワさんは、床の石の継ぎ目ばかり見ていた。
「この床は、いい仕事だ」
評議の間の大きな扉の前に、人だかりができていた。
毛皮の襟の外套を着た、背の高い男の人。モルヴァン侯爵だろう。その隣に、紫の外套のジスレーヌ様。後ろに、楡通りの屋敷の主たち。
その列の端に、濃い紅の外套の継母と、外套の襟を立てた父がいた。
私たちの一行を見て、ジスレーヌ様の足が止まった。
継母が、ドニーズさんを見て、ブノワさんを見て、看護婦さんたちを見て、最後に、ジョルジェットさんを見た。
ジスレーヌ様の扇が、ぱちんと閉じた。
「……ジョルジェット?」




