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「馬車にあなたの席はないわ」と継母が言うので、乗合馬車で夜会へ。隣に座ったのは公爵閣下でした【連載版】  作者: みれいぬ


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夜半の席【オクターヴ視点】

 夜半の緑の帰りの便は、十二の席が全部空いていた。


 客のいない乗合を、私は初めて見た。御者台にジョス、後ろの段に私、一番奥にクレマンス。入口の脇に侍女とバルナベ。乗っていたのは、走らせている側の者だけだった。


 それでも、クレマンスは鈴を鳴らした。


 誰も待っていない停留所の前で、雪に向かって「公爵邸前ー」と呼んだ。三年の癖だと、後で彼女は笑って言った。


 段の上で、私はその声を聞いていた。乗合を始めた日から、私が聞きたかったのは、ああいう声だったのだと思う。誰も待っていなくても、そこに停留所があると呼ぶ声だ。


◇


 翌日の昼、施療院の院長が礼を言いに来た。


 院長は、応接の間の椅子に浅く腰かけて、ゆうべの母親は熱が下がったと言った。言い終えると、院長は声を落として続けた。


「冬の夜は、運びこまれる者の多くが、手遅れでございます」


 夜半に辻馬車は来ない。雪なら、なおさら来ない。来ても、下働きの給金では払えない額を言う。施療院の門が開くころには、間に合わない者が多い。


「それに、夜の門は、医者の書き付けか後ろ盾の家の名がなければ開けられない決まりでございまして。お恥ずかしい話ですが、名のない者が門を叩いても、門番は朝まで待てと申します」


 院長が帰ったあと、母が居間で言った。


「ゆうべ、あなたが乗合の段に立ったことは、今日のうちに王都じゅうが知ることになるわよ。看護婦たちの口は、乗合より速いのだから」


「困りますか」


「いいえ。見直しの評議の前に、いい噂だわ」


 母は扇を閉じたまま、私の顔を見た。


「あの子を連れていったのね。雪の坂を、歩いて」


「止めても、来た」


「止めなかったのでしょう」


 答えなかった。答えなくても、母には分かっていた。


◇


 その日の午後、乗合の事務所へ出かけて、帳場の者を呼んだ。


 冬のあいだ、夜半に一便だけ、緑を走らせる。最終便の後、東の市場の車庫を出て、川沿い、楡通り、噴水広場の施療院の裏を回って、王宮前まで。帰りも同じ道を戻る。御者と車掌は、夜の仕事に慣れた若い者を新しく雇う。


 費用は乗合の帳場ではなく、公爵家の帳場から出す。夜半の便で運賃の帳尻が合うことは、まずない。


 それから、施療院と話をつけた。夜半の便の車掌に、公爵家の名の入った木札を持たせる。病人を乗せた夜半の便が施療院の裏に着いたら、門番はその札を見て門を開ける。


 帳場の者は、筆を走らせながら、一度だけ顔を上げた。


「旦那様。見直しの評議の書面にも、これを」


「入れる」


 あの晩の緑は、許しの外で走らせた。決まった道を決まった時刻に走る、という許しの外だ。評議で問われたら、持ち主の私が答える。


 楡通りの停留所を残せ、と言うだけでは足りない。乗合が、最終便の後の雪の夜に何をするのか。それを、評議の間に持ちこむ。


 事務所の裏の車庫のそばに、ジョスの家がある。帰りに寄ると、ジョスは暖炉の前の椅子で、膝に毛布を巻いていた。ゆうべ雪の中で御者台に座りっぱなしだったせいで、膝が腫れたのだという。


「坊ちゃん。御者台は、やっぱりいいもんですな」


 毛布の上から膝をさすりながら、ジョスは嬉しそうだった。


「夜半の便を出す。御者と車掌は若いのを雇う。ジョスは、夜の便のままでいてくれ」


「へい。若いのには、楡通りの小声を教えときますよ」


 それから、ジョスは私の顔を見て、にやりとした。


「あの晩、お嬢さんが誰もいない停留所で鈴を鳴らしたのは、御者台で聞いてましたよ。坊ちゃんが段の上でどんな顔をしてたかは、背中越しで見えませんでしたがね」


「なら、いい」


「見なくても、分かりますがね」


◇


 事務所からの帰りに、ジョルジェットという洗濯女のことを考えた。


 モルヴァン家の洗濯場に、川沿いから通っている。毎朝、楡通りの停留所で降りる。楡通りの停留所を外せと願いを出した屋敷の主の、その屋敷の湯を沸かし、布を洗う手だ。


 モルヴァン侯爵は、自分の家の洗濯女がどこから通ってくるのか、たぶん知らない。ジスレーヌ夫人も、知らないだろう。


 私も、つい先日まで、朝の楡通りを知らなかった。


 雪の中を歩きながら、私はもう一つ、別の夜のことを思い出しかけた。ずっと昔の、馬車の来なかった晩のことだ。


 それは、まだ誰にも話していない。話す相手ができたことだけは、分かっていた。


◇


 屋敷に戻ると、書斎の前で、クレマンスが待っていた。


 手に、評議の書面の写しを持っていた。私が昨夜、一行足したものだ。


「オクターヴ様。お願いがあります」


「何だ」


「評議の付き添いの席、四つとも、乗合のお客様にお譲りしたいのです」


 予想していた頼みだった。母の居間でアンセルムが付き添いの席の数を言ったとき、クレマンスの目が動いたと、母から聞いていた。


 けれど、一つだけ、予想していなかったことがあった。


「四つとも、か」


「はい」


 私は、彼女の手の書面を見た。それから、彼女の顔を見た。


「君の分は」

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