評議の席
楡通りから戻ると、オクターヴ様が書斎で待っていた。
私は、見てきたことを順に話した。上りの朝の便が一台着くたびに、両手の指で足りないほどの下働きが降りること。洗濯場の人、厨房の小僧さん、庭番のおじいさん。屋敷の窓の灯りは、その人たちが裏木戸に消えてから点くこと。モルヴァン家の洗濯女のジョルジェットさんのこと。
それから、父のことも話した。下りの緑の列に父が並び、一番奥の席に座って、東へ行ったこと。
オクターヴ様は、父のところでだけ、ペンを置いた。何も言わずに聞いていた。
「楡通りの停留所を使っているのは、願いを出したお屋敷の、下働きの方々です」
私は言った。
「お屋敷の主の方々は、たぶん、それをご存じないのだと思います。夜明け前に、ご自分の家のお湯を沸かす人が、どこから来るのかを」
「私も、知らなかった」
オクターヴ様が、低い声で言った。
「夜の便ばかり見て、乗合を知っているつもりでいた」
◇
その日の午後、先代公爵夫人の居間で、アンセルムさんに評議の仕組みを教えてもらった。
評議は、王宮の西の翼にある街路院の評議の間で開かれる。正面に長官の席があり、その前に、願いを出した側の長椅子と、乗合の側の席が向かい合う。乗合の側の席には、公爵と、付き添いの者が四人まで座れる。
「話すことができるのは、席に座っている方と、長官がお呼びになった方だけでございます」
アンセルムさんが言った。
「下働きの者や、乗合のお客は」
「壁際に立って、聞くことはできます。ですが、話すことはできません。席がございませんので」
席がない。
私は、膝の上で手を組んだ。
評議では、楡通りの停留所の話をする。その停留所で毎朝降りる人たちの話を、その人たち抜きでする。屋敷の主たちは長椅子に座って、うるさい、品がない、騒がしいと言う。停留所を使う人たちは、壁際に立って、黙って聞いているしかない。
三年前、門の前で泣いていた私と、同じだった。行きたい場所に、席がない。
けれど、席がないと言われたら、私は乗合で行く。別の道を探す。
「付き添いの席は、四つですね」
「はい」
「その四つに、誰を座らせるかは」
「公爵家がお決めになることです」
答えたのは、先代公爵夫人だった。扇を膝に置いて、私の顔を見ていた。
「付き添いの席に誰を座らせるかは、家が決めることよ。家令でも、侍女でも、出入りのパン屋でも」
扇の陰で、先代公爵夫人の目が細くなった。私が何を考えているか、分かっていらっしゃるのだ。
「長官様は、お怒りになるでしょうか。付き添いの席に、乗合のお客様が座っていたら」
アンセルムさんが、少し考えてから答えた。
「今の長官は、決まりに書いていないことでは、お怒りになりません。そのかわり、決まりに書いてあることには、たいそう厳しいお方です。付き添いを誰にするかは、どこにも書いてございません」
「では、書いてあることは」
「評議の間で、嘘をつかないこと。それだけは、きつく」
私は、願いの写しの三つの理由を思い浮かべた。どれも嘘ではない。ただ、半分しか書いていない。
◇
夕食の後、私はもう一つ、オクターヴ様に話した。
「鈴のことです」
「鈴?」
「楡通りのお屋敷の方々の言い分のうち、一つは本当です。朝の暗いうちの鈴は、本当にうるさいのです。今朝、停留所で聞いて、驚きました。お屋敷の壁に当たって、跳ね返るのです」
オクターヴ様は、黙って続きを待った。
「でしたら、楡通りでだけ、鈴を鳴らさなければいいのではないでしょうか。車掌さんが、声で停留所を呼べば」
オクターヴ様は、私の顔をじっと見ていた。と思うと、急に笑い出した。肩を揺らして、片手で目元を押さえた。
「停留所を残すか、外すか。私は、それしか考えていなかった」
「外さずに、静かにすればいいのです」
「そうだ。そのとおりだ」
オクターヴ様は、笑いながら書き物机に向かい、評議に出す書面の下書きに、一行足した。
◇
その夜、夜会の帰りの最終便で、ジョスさんにも話した。
ジョスさんは、腰掛けに座ったまま、白い口ひげをしごいた。
「楡通りだけ、鈴なしで。声だけで、楡通りー、ですかい」
「ええ。少し、小さな声で」
「小声で停留所を呼ぶのは、わしの柄じゃありませんがねえ」
そう言いながら、ジョスさんは段の外へ顔を出して、誰もいない夜の通りに、ためしに小声で呼んでみせた。
「……楡通りー」
小声のつもりの声が、雪の通りに思いのほかよく響いた。車内の看護婦さんたちが、くすくす笑った。
ジョスさんは咳払いをして、空を見上げた。雪の粒が、昼よりずっと大きくなっていた。
「今夜あたり、本降りですな」




