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「馬車にあなたの席はないわ」と継母が言うので、乗合馬車で夜会へ。隣に座ったのは公爵閣下でした【連載版】  作者: みれいぬ


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12/19

乗合の乗り方

 お茶会の朝、私は先代公爵夫人と並んで、客間の大きなテーブルに向かっていた。


 テーブルの上には、厚紙を細く切った名札が並んでいる。招いたのは、近ごろ緑に乗っている令嬢たちと、そのお母様方。名札を、どの椅子の前に置くかを決めるのが、今朝の仕事だった。


「どこに誰を座らせるかで、この家が誰をどう見ているかが、お客様に伝わるの」


 先代公爵夫人は、扇の先で名札を一枚ずつ指した。


「上座の近くに置けば、大事にしていると。遠くに置けば、それなりだと。お客様は、お茶を飲みながら、ずっとそれを読んでいらっしゃるわ」


 私は、名札を持ったまま手を止めた。


 三年、家の馬車の席を決めていたのは継母だった。私の名札は、どこにも置かれなかった。その私が今、人の席を決める側に座っている。


「この方は」


 先代公爵夫人が、一枚の名札を指で押し出した。モルヴァン侯爵夫人、と書いてある。


「若い奥様方の中では、いちばん格の高い方よ。そして、五年前、オクターヴの縁談を断った方」


「乗合の匂いのする方とは、とおっしゃった方ですか」


「あら、知っているの」


「乗合の噂は、乗合より速いのです」


 先代公爵夫人は、扇の陰で笑った。


「どこへ置くかは、あなたが決めなさい」


 私は、少し考えてから、その名札を、先代公爵夫人の右隣に置いた。格の高い方の席は、格の高い方に。それが決まりなら、私の気持ちで動かすものではない。


 先代公爵夫人の扇が、一度だけ縦に揺れた。


◇


 昼過ぎ、ドニーズさんが緑で、裏口に焼き菓子を届けに来てくれた。


 私が市場の店へ頼みに行ったものだ。籠を三つ重ねて抱えたドニーズさんは、公爵邸の厨房の広さにしばらく口を開けていたが、やがて声をひそめた。


「こんなお屋敷の裏口、生まれて初めてですよ。お嬢さん、本当にあたしの店のでいいんですか。王宮御用の菓子屋だって、あるでしょうに」


「ドニーズさんのが、いいの」


 ドニーズさんは、籠の布を直しながら、照れたように鼻をこすった。粉が、鼻の頭に白く付いた。


◇


 お茶会は、にぎやかだった。


 令嬢たちは、緑の話ばかりしたがった。昨夜は誰が一番奥の席を取った、侍女が銅貨を落として座席の下まで探した、車掌さんの鈴が素敵だった。


 モルヴァン侯爵夫人のジスレーヌ様は、紫のドレスで先代公爵夫人の右隣に座り、上品に焼き菓子を一つつまんだ。


「この焼き菓子、どちらの? 王宮御用の店にもない味ね」


 私は答えずに、お茶をすすめた。お茶会の半ばで、先代公爵夫人が私に目で合図をした。


 私は立ち上がって、乗合の乗り方の話をした。


 停留所では、手を上げて待つこと。段を上がる前に、裾をまとめること。座る前に、膝の上で畳むこと。空いていれば、奥から詰めること。籠や荷物を抱えた方には、入口の脇を空けること。夜勤に向かう方が眠っていたら、起こさないこと。


「それから、一番奥の席は、縁結びの席ではありません。たまたま公爵閣下が、時刻表を直していらした席です」


 令嬢たちが、どっと笑った。


「乗合の席は、明日も働く方々の席です。私たちは、それを銅貨二枚で、少しお借りしているだけなのです」


 何人かの令嬢が、さっそく自分の裾を膝の上へ寄せて、畳み方を試しはじめた。うまく畳めずに裾がほどけて、隣の令嬢と顔を見合わせて笑っている。お母様方も、扇の陰で娘たちの手元をのぞきこんでいた。


 そのとき、ジスレーヌ様が、カップを受け皿に置いた。


「乗合の乗り方など、わたくしたちが習うことかしら」


 笑い声が、少し小さくなった。


「わたくし、昔から、乗合の匂いというものが苦手で」


 ジスレーヌ様は、そう言いながら、二つ目の焼き菓子に手を伸ばした。


 先代公爵夫人が、閉じた扇を膝の上で軽く叩いた。


「それなら、ジスレーヌ様。その焼き菓子は、お口に合わないかもしれないわ」


「え?」


「東の市場のパン屋のものですから。毎晩、緑の乗合で、王宮へパンを届けている方のお店ですのよ」


 客間の令嬢たちの手が、いっせいに止まった。


 ジスレーヌ様の指が、二つ目の焼き菓子の上で止まった。そのまま、何もつままずに、皿の上へ戻っていった。


 テーブルの端のほうで、誰かがこらえきれずにぷっと息を漏らした。カップで口元を隠したけれど、その隣の令嬢も、肩を揺らしていた。


 ジスレーヌ様は、それからしばらくして、気分がすぐれないと言って早めに席を立った。お見送りに出た私に、ジスレーヌ様は扇の向こうから一言だけ言った。


「乗合で来たお嫁さんは、お茶会の開き方もお上手ね」


「ありがとうございます。乗合で覚えました」


 ジスレーヌ様の扇が、ぴしりと閉じた。


◇


 お茶会がお開きになるころ、令嬢の一人が、私のそばへ寄ってきた。王宮の開きの舞踏会の晩、壁際で最初に「乗合って、どうやって乗るの?」と聞いてきた人だった。


「クレマンス様。今夜、畳んで乗ってみます」


「ええ。きっと、隣の方が喜ぶわ」


 その夜、オクターヴ様と公爵邸前で緑を待った。


 坂を上ってきた緑の窓には、今夜もドレスの色が並んでいた。けれど、段を上がってみると、令嬢たちの裾は、どれも膝の上で畳まれていた。


 そして入口の脇の席に、籠を膝に抱えたドニーズさんが、ちゃんと座っていた。

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