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「馬車にあなたの席はないわ」と継母が言うので、乗合馬車で夜会へ。隣に座ったのは公爵閣下でした【連載版】  作者: みれいぬ


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11/17

お一人に一席でございます

 次の晩も、夜会があった。


 公爵邸前で緑を待つあいだ、オクターヴ様は時刻表の直しを詩集の表紙に挟んだまま、一度も開かなかった。私も、ドニーズさんの言ったことを考えていた。


「公爵邸前ー」


 段を上がると、車内はゆうべと同じように、夜会のドレスで埋まっていた。


 ただ、ゆうべと一つ違っていた。


 一番奥の席に、淡い金の裾が広がっていた。広げに広げた張り布の上に、裾が二人分の席を覆っていて、その真ん中にアンブルが座っていた。楡通りから乗ってきたのだろう。アンブル付きの侍女は、入口の脇で、膝を抱えるようにして小さくなっていた。


 令嬢たちのささやきが、ゆうべとは違う色を帯びた。


「あれ、ベルクール家の下の……」


「お二人のお席に」


「招きもないのに、夜会のドレスで?」


 アンブルは聞こえないふりをして、顎を上げた。それから私を見つけて、にっこり笑った。


「お姉様。ここ、譲って。私も、ここに座りたいの」


 車内が静かになった。


「お姉様は、もう縁があるでしょう。だったら、次は私の番よ」


 オクターヴ様は、何も言わなかった。入口の段の脇に、ゆうべと同じように籠を腰に載せて立っているドニーズさんの隣へ行き、自分もそこに立った。帽子の職人さんが、その後ろに音もなく立った。


 公爵閣下が立っている。それに気づいた令嬢の何人かが、慌てて自分の裾を寄せはじめた。


 私は、一番奥の前まで進んだ。


「アンブル。そこは、譲れないわ」


「どうしてよ」


「私の席だから。それに、あなたの裾は、席を二つ取っているわ」


 私は自分の裾を持ち上げて、膝の上で畳んでみせた。


「こうして畳むの。そうすれば、あなたの隣に一人座れるわ。ドニーズさんだって、座れる」


 アンブルは、私の手元をちらりと見て、鼻で笑った。


「お姉様みたいな、貧乏くさい乗り方はしないわ」


 後ろで、鈴が一つ鳴った。


 ジョスさんが、段の上から車内へ一歩入ってきていた。帽子を胸に当てて、アンブルの前で、丁寧に腰をかがめた。


「お嬢様。乗合には、いつでも席がございます」


「知っているわ。だから座っているのよ」


「ただし、お一人に一席でございます」


 ジョスさんの声は、穏やかだった。


「裾で二つ席をお取りになるのでしたら、運賃も、お二人分を頂戴いたします」


 アンブルの顔が赤くなった。侍女に何か言いつけると、侍女が慌てて小さな財布を差し出した。アンブルはそれを開け、中を見て、口を結んだ。銅貨が一枚、手のひらに転がり出た。それで全部だった。


(伯爵家の今は、そういうことなのね)


「……こんな乗合、降りるわ」


 アンブルが、裾を両手でつかんで立ち上がった。ちょうどそのとき、御者台の御者が、いつもの間合いで手綱を入れた。緑が、がくんと動き出した。


 アンブルは、自分の裾を踏んだ。


 よろけた体が入口のほうへ流れ、伸ばした手が、ドニーズさんの籠のふちを叩いた。籠の上の布がめくれて、パンにまぶしてあった粉が、ぱっと舞い上がった。


 淡い金のドレスの胸から裾にかけて、白い粉が一面に降りかかった。


 車内が、息をのんだ。


「あらまあ」


 最初に声を出したのは、ドニーズさんだった。籠を下ろして、前掛けのポケットから手巾を出すと、アンブルの裾を、とんとんと叩きはじめた。


「パンの粉は、払えば落ちますよ。じっとしてらっしゃいな」


 ドニーズさんの声には、怒りも笑いも混じっていなかった。毎朝、店先で子どもの服の粉を払ってやるときと、同じ声だった。


 入口の脇の隅で、ブノワさんがぶふっと吹き出した。それを合図にしたように、令嬢たちが扇の陰で肩を震わせた。


 ジョスさんが鈴を鳴らして、緑を止めた。まだ公爵邸前の門の灯りの下だった。


「お降りでしたら、どうぞ」


 アンブルは、白くなった裾を抱えて段を降りた。侍女が後を追った。門の灯りの下を、主従は楡通りのほうへ、坂を下って歩いていった。


 あの屋敷の門の前を、自分の足で歩いて帰る。招きのなくなった家の娘が通るには、長い坂だった。


◇


 アンブルが空けた一番奥の席に、オクターヴ様と私が座った。入口の脇の侍女の席と、令嬢たちが慌てて裾を寄せて空いた隙間に、ドニーズさんとブノワさんが座った。ブノワさんは粉の付いた上着のまま、令嬢の隣に、どすんと腰を下ろした。令嬢は少しだけ眉を上げて、それから、自分の裾を膝の上へ引き寄せた。


 その晩の車内で、いちばん楽な顔をしていたのは、たぶんあの二人だった。


 けれど私は、笑えなかった。アンブルのことではない。乗合が、乗合でなくなりかけている。誰にでも席があるはずの馬車で、籠を抱えた人が立ち、夜勤の人が歩き、人の分まで席を取る人が出てくる。


 夜会から戻って、居間で先代公爵夫人にそう話した。


「令嬢方は、悪気があって乗っているのではありません。乗り方を知らないだけなんです。知る場が、ないんです」


 先代公爵夫人は、扇を膝に置いて聞いていた。それから、あっさりと言った。


「それなら、知る場を作りましょう」


「知る場、ですか」


「お茶会を開きます。若い方々と、そのお母様方をお招きして」


 先代公爵夫人は、扇の先で私を指した。


「クレマンス。女主人の役は、あなたがなさい」

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