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継母が私の刺繍を義妹の作品だと偽って披露会に出した結果、真実が明らかになりました  作者: 九葉(くずは)


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第5話 ロザリンド審査員の問い

王宮の大広間には、国じゅうから集められた意匠が、卓ごとに整然と並んでいた。


朝から続いた設営の慌ただしさは、開場と同時にすっかり鳴りを潜めていた。


刺繍、レース編み、彩色硝子、細工物。


天井の高い窓から差し込む光が、それぞれの卓を等しく照らしている。


シャンデリアの下を、着飾った令嬢たちが連れ立って歩き、卓の前で足を止めては小さく歓声を上げていた。


楽団の音色が、遠くの回廊からかすかに流れてくる。


給仕たちが銀盆に果実酒を乗せ、招待客の間を静かに行き来していた。


グレースは会場を一巡し、他家の出品に一通り目を通してから、ノラの卓へゆっくりと戻ってきた。


隣の卓には伯爵家の令嬢のレース編みが並び、その隣には子爵家の彩色硝子が飾られている。


さらに奥の卓では、侯爵家の刺繍が金糸をふんだんに使い、周囲の視線を集めていた。


それらと並べても、ノラの縁飾りは見劣りしないはずだった。


蔦の縁飾りをまとった正装は、ノラの背丈に合わせて美しく仕立てられている。


灯りを受けるたびに、糸の緑がわずかに深みを変えた。


朝の光の下で見るのとは、また違う表情を見せている。


「殿下の後見人の方々が、まもなくこちらへいらっしゃいます」


案内役の言葉に、グレースは小さく頷いた。


会場の空気が、心なしか張り詰めるのを感じる。


「大丈夫よ、ノラ。あなたの腕なら」


「はい、お母様」


ノラの声は、いつもよりわずかに硬い。


けれどグレースは、それを緊張の範囲だと思っていた。


これまでも、大きな催しの前には誰でも同じような顔をする。


支度部屋の外で待つ間も、同じような硬さの顔をよく見てきた。


終わってみれば、いつも通りに収まってきた。


今回だけが違う理由は、どこにも見当たらなかった。


そのはずだ。


しばらくして、後見人一行が近づいてくる。


その足取りは静かで、けれど周囲の招待客が自然と道を空けるだけの重みを持っていた。


先頭に立つのは、白髪を結い上げた初老の婦人だった。


その歩みは、急がず乱れず、堂々としたものだった。


会場の誰もが、自然と道を空けている。


ロザリンド夫人。


意匠の巧拙を見る目にかけては、社交界でも一、二を争うと評判の人物である。


これまで幾人もの令嬢の作品を、褒めるべきところと直すべきところに分けて評してきたと聞く。


グレースはその名を耳にしたとき、内心では誇らしさすら覚えていた。


これほどの目利きに見てもらえるなら、なおのこと箔がつく。


今日という日を選んで良かった、とさえ思っていた。


これでリンドグレン家との縁談も、いっそう確かなものになるはずだった。


ロザリンド夫人は卓の前で足を止め、ノラの縁飾りをしばらく無言で眺めた。


周囲の貴婦人たちも、その視線の先を追うように集まってくる。


「これは、見事な仕上がりですこと」


「恐れ入ります」


グレースは代わりに礼を述べ、ノラは頬を染めてお辞儀をした。


ロザリンド夫人は身をかがめ、蔦の葉先の縫い目に目を近づける。


指先で布を軽く持ち上げ、裏側の糸の運びまで確かめていた。


裏地に落ちる針目の粗さまで、見逃さない目つきだった。


その手つきは、ただ愛でるためのものではない。


長年、数えきれないほどの意匠を見てきた者だけが持つ、静かな精密さがあった。


「葉脈の先端、この返し縫いの角度が独特ですね。どちらで学ばれましたの」


「家の中で、代々受け継いだ技法でございます」


グレースはよどみなく答えた。


そのくらいの受け答えなら、これまで何度も繰り返してきている。


ロザリンド夫人はゆっくりと頷き、もう一度布に目を落とした。


その沈黙が、いつもの品評の間合いに見えた。


グレースは、ここまでは順調だと思っていた。


「では、この縁取りの返し縫いを、今この場でもう一度見せていただけますか?」


会場の空気が、わずかに変わる。


ロザリンド夫人は悪意のかけらもない、ただ確かめたいだけの声でそう言った。


周囲の視線が、期待をこめてノラに集まる。


こういう場では、時折こうした所望があるのだと、グレースも聞いたことがあった。


腕に覚えのある令嬢なら、むしろ見せ場になる。


針と糸束が、すぐに用意される。


侍女が恭しく卓に置いたそれを、ノラは震える手で受け取った。


ノラは布の余り布を手に取り、針を構えた。


グレースは何も疑っていない。


いつも通り、少し時間はかかっても、それなりの形にはなるはずだった。


会場の何人かが、興味深そうにこちらへ視線を向けている。


けれど、針を持つノラの指先は、そこで止まった。


葉脈の先端へ向かう返し縫いの、最初の一針から動かない。


「ノラ」


グレースは小さく声をかけた。


促されて、ノラは針を持ち直し、もう一度試みる。


けれど糸は布の上で絡まり、意図した角度には少しも届かなかった。


指先が小さく震え、針先が布地の上で迷うように動く。


三度目に構え直したとき、糸はとうとう結び目になって布の上で固まった。


ノラは結び目をほどこうと爪の先で糸を弾いたが、余計に絡まるだけだった。


指先の震えは、もう隠しようもないほど大きくなっている。


その震えを見て、グレースは初めて胸の底が冷えるのを感じた。


「あの、これは、いつもは」


ノラの声が、震えを帯び始める。


周囲の貴婦人たちが、扇の陰でひそひそと囁き合っているのが、グレースの耳にも届いた。


「いつもは、こう、もう少し落ち着いた場所で」


言い訳めいた言葉が、ノラの口からこぼれる。


その声は、自分でも何を言っているのか分からなくなっているように聞こえた。


会場に集まった視線の数だけ、沈黙が重さを増していく。


誰かが小さく息を吸う音まで、グレースの耳には届いていた。


グレースは何か言わなければと思った。


けれど、何を言えばいいのか分からない。


これまで、この場面を想定したことなど一度もなかった。


ノラの腕を疑ったことも、疑う必要を感じたこともなかったからだ。


物心ついたときから、ノラの仕上げは常に美しく、褒められることが当たり前だった。


その裏側で何が起きていたのかを、グレースは考えたことすらない。


夜遅くまで灯りがついていた部屋のことも、糸の色がいつも間に合っていたことも、当然の光景として見過ごしてきた。


「今日は、少し緊張しているようですわね」


ロザリンド夫人は静かにそう言うと、それ以上は追及しなかった。


けれどその目には、すでに答えが映っているように見えた。


「去年の作品とは、少し勝手が違うのかしら」


近くにいた別の夫人が、誰にともなく呟く。


会場のざわめきは、次第に大きくなっていく。


誰かが小声で、去年の作品と比べてみましょうか、と口にするのが聞こえた。


グレースはその声のする方を見ることができなかった。


言葉を探そうとしても、口から出てくるものが何もない。


家族として大切にしてきた、と言えるだけの根拠を、今この瞬間に問われている気がした。


けれどその根拠を、グレースは一つも持ち合わせていなかった。


これまで幾度となく、社交界の場でノラの腕を誇らしげに語ってきた。


親族の集まりでも、茶会の席でも、その話題は常にグレースの得意なものだ。


その言葉のひとつひとつが、今この瞬間、足元から崩れていくのを感じる。


この数年、褒め言葉はいつもノラの元に届き、疑問を差し挟む者は誰もいなかった。


その積み重ねが、今この一瞬でひっくり返ろうとしている。


誰の手が本当にこの意匠を支えてきたのか、グレースは今になって初めて考えた。


考えたところで、この場で答えられるものは何もない。


背中に、他家の招待客たちの視線が突き刺さるのを感じる。


助け船を出してくれる者は、誰一人としていなかった。


こういうとき、家族というものは互いに何もできないのだと、グレースは初めて思い知った。


ノラは針を握ったまま、もう指を動かそうとはしなかった。


肩がわずかに震え、俯いた顔から目元だけが見えている。


侍女がそっと布を引き取ろうとしたが、ノラはそれにも気づいていない様子だった。


会場のどこかで、控えめな笑い声が漏れるのが聞こえた。


悪意からというより、気まずさをやり過ごすための笑いだった。


けれどグレースの耳には、それすらも刃のように響く。


会場の視線が一斉にノラへ集まり、グレースはその静けさの意味を悟った。

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