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継母が私の刺繍を義妹の作品だと偽って披露会に出した結果、真実が明らかになりました  作者: 九葉(くずは)


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第4話 その針目に見覚えが

染めの間には、藍と木の実の匂いが染みついている。


棚に並んだ壺の中で、糸束が静かに色を吸っている最中だった。


窓の外では、庭木の影が壁にゆっくりと動いている。


商館からの遣いが屋敷を訪れたのは、朝の早い時間だった。


染めの間で糸を整えていたエルシーのもとに、家令が来客を告げに来る。


家令はめずらしく、少しばかり改まった口ぶりだった。


「ウィンター商会の方が、糸の見本をご覧になりたいそうです」


染料の壺が並ぶこの部屋を任されているのは、家の中でもエルシーだけだった。


刺繍そのものの評判はノラのものとして回っていくが、糸を染める仕事だけは、誰も欲しがらなかった。


地味で手間のかかる作業だと思われているからだ。


配合を間違えれば一釜分まるごと駄目になる仕事を、面倒だと思う者の方が多い。


グレースもノラも、染めの間に立ち入ったことはほとんどなかった。


エルシーにとっては、それでよかった。


誰にも取り上げられない仕事は、静かに自分のものでいられる。


そのことに、不満を覚えたことはこれまでなかった。


案内されて入ってきたのは、旅装の埃をまだ落としきっていない、背の高い男だった。


年の頃は三十に届くかどうか。


歩き方には、長旅を苦にしない者特有の落ち着きがある。


物腰は柔らかいが、部屋の壺や棚を一瞥する目には、商人らしい抜け目のなさがあった。


「ウィンター商会のセオドア・ウィンターと申します。急な訪問をご容赦ください」


「エルシー・ダグラスです。糸をご覧になりたいと伺いましたが」


セオドアの背後には、供の者が一人控えているだけだった。


「ええ。この地方でしか出せない色があると聞いて参りました」


言葉遣いは丁寧だったが、値踏みをするような視線は感じられなかった。


エルシーは棚から見本の束を取り出し、卓の上に並べていく。


数にして二十はある見本の中から、セオドアは迷わず数枚を選び出した。


セオドアはそれを一枚ずつ手に取り、光にかざしては色の沈み方を確かめた。


「深い緑に、わずかに青が差しています。染料は藍を?」


「藍と、山で採れる木の実を合わせています。配合は季節ごとに変えていますが」


「季節で変える理由を伺っても」


「湿度で発色が変わりますので。同じ配合では、夏と冬で色が違って見えます」


セオドアは手を止めて、エルシーの顔を見る。


「商人でもなかなかそこまでは答えません」


「毎日見ているだけです」


「見ているだけで分かるものではないと思いますが」


エルシーは短くそう返し、次の見本を差し出した。


卓の上にはまだ、藍と茜以外の見本も並んでいた。


「では、こちらの茜の系統は」


「根を掘り出す時季で、赤みの深さが変わります。今の時季のものは、少し渋みが強く出ます」


「その渋みを、あえて残しているということですか」


「はい。派手な赤よりも、長く色褪せない方を選びました」


「褪せにくさを選ぶ染め手は、案外多くありません」


セオドアはそう言って、見本を光にかざしたまま、しばらく黙って眺めていた。


窓から差す光の中で、埃の粒がゆっくりと漂っている。


染めの間に射す光が、時間の経過とともに角度を変えていくのが分かった。


「派手さより、長持ちの方に値打ちを置く方でしたか」


「派手さは、いずれ見飽きられますので」


セオドアは一つひとつの答えに頷きながら、帳面に短く書き留めていく。


やり取りが十を数える頃には、卓の上の見本はあらかた見終えていた。


セオドアはその見本を受け取りながら、視線だけを卓の隅へ向ける。


そこには、まだ仕上げの途中らしい刺繍の縁飾りが置かれていた。


染めの合間の気晴らしに、少しずつ針を入れていたものだった。


「これは、御館の意匠でしょうか」


「私の手すさびです。人に見せるものではありません」


「拝見しても」


エルシーが頷くと、セオドアはその布を丁寧に持ち上げた。


蔦の葉先の縫い方を、指先でなぞるように追っていく。


その手つきは、値踏みというより、何かを確かめる職人の手つきに近い。


しばらくの間、部屋には糸を巻く音だけが響いていた。


「以前、王都の商会で見た刺繍と、運びがよく似ています」


エルシーの手が、一瞬だけ止まった。


「同じ図案は、この国のどこでも見かけるものかと」


「図案ではなく、糸の運び方です。葉脈の先端で、針を返す角度が独特なので」


セオドアの声には、詰問めいた響きはない。


ただ、事実を確かめるだけの静かな調子だった。


「偶然、手癖が似ているだけかもしれません」


「そうかもしれません」


セオドアはそれ以上、深くは踏み込まなかった。


布を静かに卓へ戻し、代わりに見本の話へ戻る。


「この緑と、先ほどの藍の見本を、それぞれ十束ずついただけますか」


「かしこまりました。すぐに手配いたします」


「値の相談は、後日また改めて」


急ぐ様子もなく、セオドアはそう言って帳面を閉じた。


セオドアは帳面に何かを書きつけ、それから初めて、値踏みではない目でエルシーを見た。


「独学ですか」


「母から教わりました。母は、もういませんが」


短いやり取りの中でも、その一言だけは、少し違う響きで出た。


「そうですか」


セオドアの声が、わずかに落ち着いた響きに変わる。


「亡くなられた方の技を継ぐというのは、簡単なことではないと思います」


「教わったものを、そのまま守っているだけです」


それだけ言うと、セオドアは深追いしなかった。


代わりに、来訪の礼を丁寧に述べ、帰り支度を始める。


染めの間を出るとき、セオドアは棚に並んだ壺の一つひとつに、もう一度目をやった。


商談の相手にそこまでする商人を、エルシーはこれまで見たことがなかった。


玄関先まで見送りに出たエルシーに、セオドアは馬車に乗る前にもう一度振り返った。


「良い染めでした。また伺います」


「お待ちしております」


「次に伺う頃には、その縁飾りも仕上がっているでしょうか」


「気が向けば、程度ですが」


セオドアは小さく頷くだけで、それ以上は何も付け加えない。


セオドアは静かに礼をし、去り際にもう一度だけ、その手元に目をやった。


短いやり取りだけで、馬車は屋敷の門を出ていく。


エルシーは、この短い時間の中で、自分の仕事をきちんと言葉で問われたのが久しぶりだと気づいた。


こうして正面から尋ねられることは、これまでほとんどなかった。


答えを急かされることも、聞き流されることもなかった。


染めの匂いが染みついた指先を、エルシーは無意識に見下ろす。


朝の空気は、まだ冷たさを残していた。

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