さな子
第三話 さな子
千葉さな子は、しばらく熱を出して臥せっていた。
ようやく身体が戻り、久しぶりに道場へ顔を出した朝。
道場の中では、坂本龍馬と見知らぬ男が、何やら妙なことをしていた。
二人とも木刀を持っている。
だが、剣術の稽古には見えない。
「おもろいぜよ。なんで、おまん、姿が見えんくなる?」
「見えなくなってないですよ」
男が笑う。
「たぶん、足さばきだと思います。普通、木刀で受け止めるか、さばくかするじゃないですか」
「うむ」
「こう受け流して……」
男が龍馬の木刀を外へ流す。
そのまま一歩入る。
一瞬、男の姿が龍馬の正面から消えたように見えた。
次には、龍馬の側面にいる。
「ここです」
木刀の先が、龍馬の首筋に触れていた。
「ほら!」
龍馬が楽しそうに笑った。
「やっぱり消えたぜよ!」
「だから消えてませんって」
さな子は眉を寄せた。
「龍さん、何を遊んでるんですか?」
「ちゃっちゃっちゃ」
龍馬は人差し指を左右に振り、さな子へウインクした。
「すごいぜよ。やってみるか?」
「やりません」
さな子はぷりぷりしながら、そのまま道場の奥へ向かった。
直人は、その後ろ姿を見送る。
そして、そっと龍馬へ顔を寄せた。
「かわいい子ですね」
「ほう」
「ここの練習生ですか?」
「ちゃっちゃっちゃ」
龍馬がまた指を振る。
「千葉道場のお嬢のさな子さんぜよ」
「ふーん」
直人は、もう一度さな子を見る。
さな子は他の門人と稽古を始めていた。
速い。
剣先がぶれない。
動きが直線的だ。
一人目の相手に、鋭く一本を入れる。
「おっ、すごいね」
直人が言うと龍馬は軽く頷く。
次の相手は身体が大きい。
力も強い。
さな子は押される。
だが、すぐに相手の剣先をさばいた。
身体を入れ替える。
一本。
「強いね」
「じゃろ」
龍馬が嬉しそうに笑う。
そのとき。
さな子がこちらへ歩いてきた。
「あなた」
「はい?」
「さっきから見てるだけで、稽古しないなら出ていきなさい」
「えっ」
追い出されては大変だ。
直人はすぐに笑顔を作った。
「じゃあ、さなちゃん。ボクの相手をしてくれますか?」
「……さなちゃん?」
「え?」
「いま、なんて?」
「さなちゃん」
「……」
「名前、さな子だよね。だから、さなちゃん」
さな子の顔から、みるみる怒りがにじみ出る。
直人は少し後ずさった。
「えっ? 地雷踏んだ?」
謝ろうと口を開く。
だが、その前にさな子が言った。
「いいわ」
「え?」
「相手してあげる」
さな子は道場の中央へ向かった。
直人は木刀を手に取る。
龍馬へ軽く手を振った。
「行ってきます」
「絞られて来い」
龍馬が笑った。
二人は道場の中央で向かい合った。
一礼。
構える。
直人は、身体の力を抜いた。
先に動いたのは、さな子だった。
右斜め上段。
鋭い。
木刀が振り抜かれる。
直人は正面から受けない。
さな子の木刀に、自分の木刀を合わせる。
そして――くるり。
円を描くように回した。
「え?」
直人の剣先が、さな子の手首付近へ差し込まれる。
そのまま、さな子の力の流れに合わせて持ち上げる。
「なっ……」
重心が浮く。
さな子の踵が床から離れた。
つま先立ちになる。
自分の木刀を握っているのに、何もできない。
そのまま前へ引かれる。
次の瞬間。
今度は下へ送り込まれた。
「きゃっ!」
身体が前へ崩れる。
「ダメダメ、頭引っ込めて!」
直人の声が飛ぶ。
「おへそ見て!」
さな子は反射的に顎を引いた。
身体が前へ回る。
くるり。
そのまま前転して、畳へ。
さな子は座り込んだまま、目をぱちくりさせていた。
「……」
直人が木刀を置き、近寄る。
「大丈夫ですか?」
さな子は直人を見上げた。
「あ……」
「はい?」
「あなた……何者?」




