入身投げ
第二話 入身投げ
「なんじゃ、あの技」
稽古が終わったあと、坂本龍馬が直人のところへやってきた。
「どの技です?」
「さっきのじゃ。わしの腕を取って、ぐるっと回したやつ」
「ああ」
直人は笑った。
「入身投げです」
「いりみなげ?」
「はい」
龍馬は自分の腕を見た。
「えらい振り回されたぞ」
「そう見えるだけですよ」
「そう見えるだけ?」
「はい。実際には、坂本くんの身体を振り回してるわけじゃないんです」
「ほう」
龍馬の目が少し細くなる。
興味を持ったときの顔だ。
「じゃあ、もう一回やってみます?」
「おう」
直人は龍馬の右手首を取った。
「ここを持ちます」
「うむ」
「で、一歩入る」
直人が龍馬の前へ入る。
腕が持ち上がる。
「ここから身体を回します」
直人がゆっくりと転換する。
龍馬の腕が頭上を通り、身体が自然についていく。
「待て待て」
龍馬が笑った。
「もう変じゃぞ」
「まだ何もしてないですよ」
「いや、足が動く」
「そうなんです」
直人はそこで動きを止めた。
「ここ」
「ん?」
「もう崩れてます」
龍馬が足元を見る。
「……」
踏ん張ろうとする。
しかし、妙に力が入りにくい。
「ああ」
龍馬が納得したように声を出した。
「ここで身体が崩されるわけか」
「そうです」
「おもしろいのう」
「でしょ?」
直人が少し得意そうに笑った。
「力で倒してるわけじゃないんですよ。先に立てない形にして、それから落とす感じです」
「ふむ」
「だから、力いっぱいやる必要もない」
龍馬はまた自分の腕を見る。
「もう一遍やってくれ」
「いいですよ」
今度は反対の腕。
直人がゆっくり入身投げへ入る。
龍馬は今度、わざと踏ん張った。
「お」
直人が笑う。
「抵抗します?」
「そりゃするじゃろ」
「じゃあ、ちょっとだけ速くしますね」
「おう」
直人が一歩入った。
身体を回す。
龍馬の腕が上がる。
「おっ――」
踏ん張るはずだった足が、勝手についていく。
気がつけば身体が反っていた。
直人は投げずに止めた。
龍馬が笑う。
「なるほどのう」
「力入れると、逆に分かりやすいでしょ」
「なんでじゃ?」
「力の向きがはっきりするからです」
「力の向き?」
「押してくるのか、引いてくるのか。踏ん張るのか」
直人は龍馬の腕を離した。
「相手が頑張ると、こっちも『ああ、そっちに行きたいんだな』って分かるんです」
龍馬が声を上げて笑った。
「おまん、相手が嫌がる方へ連れていくがか」
「いやいや」
直人も笑う。
「行きたい方へ行ってもらうんですよ」
「同じじゃろ」
「全然違います」
「何が違う」
「気分です」
龍馬がまた笑った。
しばらくして、直人は道場の端に置いてあった木刀を手に取った。
龍馬がそれを見る。
「剣でも同じことをするがか?」
「だいたい同じです」
「どういうことじゃ?」
直人は木刀を軽く振った。
「ボクの場合、剣は腕の延長なんです」
「腕の延長?」
「はい」
直人は左腕を前へ出す。
そのまま木刀を持った右手を伸ばした。
「手でやっていたことを、ちょっと遠くでやるだけ」
「それで、さっき剣で人を投げちょったのか」
「そうですね」
龍馬は木刀を借りると、直人の真似をするように構えた。
「こうか?」
「そんな感じ」
「これで入身投げもできるがか?」
「できますよ」
「ほんまか」
「やってみます?」
「やる」
龍馬は即答した。
直人は笑った。
「坂本くん、こういうの好きだね」
「おまんに言われとうない」
二人は再び向かい合った。
その日、千葉道場の片隅では、剣術とも柔術ともつかない妙な稽古が、しばらく続いた。
そして龍馬は、何度も同じことを言った。
「おもしろいのう」
直人も、そのたびに同じように笑った。
強くて、好奇心があって、話していて面白い。
それだけで十分だった。




